廃線の夜空
舞打本線の終点『本宮駅の二番ホーム』。
それが市長室のカードに書かれていた目的地だった。廃線になって四半世紀が経とうとしている駅舎は日光に脱色され、白茶けていた。駅から逸れたレールが大きな扉のある倉庫につながっていて、途中が水に浸かっていた。水面が映す空の色は杏子色で、紫の雲が吹き流されながら、過ぎ行く町へ最後の挨拶を送っていた。
駅は青々とした芒に囲まれていて、浩平が自転車を止めると、あっという間に見えなくなった。芒はプラットホームの高さにその柔らかい未熟な穂を伸ばしていた。風が鳴るたびにプラットホームは芒のおしゃべりをきくことになった。
駅から見えるのは芒の海、錆びたスクラップ工場、数軒の空き家、そして、誰にも手を入れてもらわずに深い森のなかに閉じ込められた小さな神社が見えた。路線が廃止されただけでこうまで寂れるかとも思えたが、ここまで来るのに自転車で田舎道をどれだけ漕いだか思い出すと、町は鉄道と一心同体であることがストンと納得がいった。
少し物思いにふけているあいだに、日は落ち、星が空にかかった。まわりにはろくに人家がないから、プラットホームからうっかり落ちたりしないよう懐中電灯をつけなければいけなかった。円錐形の光が投げ出され、浩平は線路をまたいでいる立体橋を渡り、二番ホームに降りた。シャッターが閉じられたままの売店のそばに墨ドル銀貨のカード立てがあった。
『ゴール! おめでとう。宝物がきみを待っている』
浩平にはさっぱり分からなかった。一日じゅう、町を引っぱりまわされ、こんな寂れた駅に来させられて、しかも宝物がここにあるという。どういうことだろうか?
浩平を空を仰いだ。市街地では見ることのできない星たちがかかっていた。あまりにも、たくさんの星がかかっていたので、しょっちゅう星が転がり落ちて、流れ星になっていった。
宝物と思えば、そう思えなくもない美しい空だったが、最初のとき、自分は満天の星空を見たいと願をかけただろうか? どうも違う気がした。
空から転がり落ちた小さな星が駅に通じる道を走っていた。間抜けな星もあったものだと思っていたが、それは星ではなく、自転車のライトだと分かった。風下にいたから、自転車をこぐ音がよくきこえた。懐中電灯をつけた黒い人影がプラットホームによじ登り、立体橋を渡って、二番ホームへ降りてきた。
「相良くん?」
間宮恭子は驚いていたが、浩平はその百倍は驚いていた。




