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ワルツ文具堂飄奇譚  作者: 実茂 譲
水花火のガラス文鎮
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文鎮は 長野でつくられ さんきゅっぱ

 文具店を嫌う人間がいるだろうか?

 特に新しいものと古いものが程よく混ざった文具店を。

 表に『コクヨ事務用品取扱店』の琺瑯看板をかけ、中央の学生向けコーナーにはハンティングワールドが期間限定で販売したゴムバンド留めの厚紙製ペンケースを置いているような店を。

 ドイツ製の高級万年筆と宝尽くし柄のがま口を同じ棚に置く店を。

「おじさん、こんちは」

 柳の挨拶に仙太郎は読んでいた「予告された殺人の記録」から目を上げて、首を振る。

「お兄さん、だろう。僕はまだ二十七歳だ」

「ねえ、まだあれ、あるでしょ?」

 柳は仙太郎の注釈めいた年齢を無視してたずねた。すると、仙太郎は、

「売れちゃった。つい今さっき」

「ええっ!」

「嘘だよ。ちゃんと取り置きしてる」

「もー。そんなウソばかりついて。有名だよ」

「何が?」

「ゲス真面目」

「懐かしい呼び名だ。あの高校は十年近く前に卒業したやつのことをまだ噂してるのか? 他に気にしなきゃいけないことはないのかな? この分だと、僕を含めた三馬鹿のこともさんざんやられているな」

「いろいろダメな連中だったって」

「人間、ちょっとくらいダメなほうが味がある」

「はいはい。で、例のブツは?」

「うちの商品のこと、ヘロインみたいに呼ぶのやめてくれないかな」

「まー、以後、気をつけるよ」

「それならいいけど、どっかの間抜けが本気にするといけない」

「もしかして、何かやったの?」

「べつに。このクソ暑いのに黒のジャンパーにサングラスかけて、帽子も黒いのをかぶって、ビニールパックに詰めた片栗粉を落として、慌ててバッグにしまいなおすって動作をいくつかの駐在所の前で試してみた。だれも僕を逮捕しないなんて、ちょっとここの警察はたるんでるな――ん? 後ろのきみ、ここは初めてだね?」

「あ。は、はい」

 突然話しかけられて、じろやんは妙に緊張した。柳のことはほとんど何でも知っているつもりだったが、こんなふうに馴染みにしている文房具店があることは初めて知った。

結月仙太郎ゆづきせんたろう。ここで文具を商っている。あと、国際的な片栗粉密売組織のボスでもある」

「じろやん。この人の言うこと、信じちゃだめだよ。半分、いや、七割は嘘だから」

「いや、六割七分は本当だよ」

「五割三分」

「もうちょっと、六割四分」

「五割七分」

「六割二分」

「五割八分二厘」

「単位に厘を出すとな? じゃあ、僕も六割一分八厘」

「五割九分。これ以上はゆずれない」

「それなら僕も六割二厘。これ以上はゆずれない」

「じゃあ、帰る」

「待った。じゃあ、六割ジャスト。これ以上は無理ってもんだ」

「五割八分二厘」

「わかった。五割八分二厘でいいよ。きみを気に入っているから、この数字で通すんだよ。ところで、これ、何の数字だっけ?」

「それよりも、アレ。はやく」

「はいはい」

 仙太郎が後ろの鍵付き棚から出したのは拳大のドーム型のガラスの塊だった。透き通ったガラスのなかには金色に光る小さな玉が三つ、宙に浮くようにして封じ込められている。

「水花火入りのガラス文鎮。一点ものだよ」

「わあ、きれー」

 柳は童心に返ったような顔でガラス文鎮を見つめていた。

 どれどれ、とじろやんもガラスのなかを覗く。

「あれ?」

 じろやんがそうこぼし、目をこすってから、もう一度ガラスの文鎮を見た。

「これ、なかは水なんですか?」

「いや。ガラスだよ」

「でも、これ、この小さな玉、振るえてますよね?」

「そら振るえるよ。花火なんだから」

「正確には線香花火」

 と、柳が付け足す。

「そう。線香花火。ほら、水中花ってのがあるだろう? それの花火バージョンだよ。これは行商人から買ったやつでね。まあ、連中の売るものはハズレが多いんだけど、ときどきこういうのを持ち込むんで、門前払いにもできない」

「えーと――どうやって作ったんですか?」

「長野に工場があるときいた。真っ赤に焼けたガラスに線香花火を垂らす。それだけだが、そこは職人の技で鰻を焼くみたいに修行がいる。だから、数は出回らない」

「もし、割れたら……火事になったりしないんですか?」

「だって、線香花火だよ?」仙太郎はせせら笑った。「線香花火で家が焼けたなんて話きいたことがない――おや、こいつ。怒ったらしい」

 見ると、ドーム型のガラスのなかで三つの火の玉が本物の線香花火のようにバチバチと火花を散らしていた。たとえ防火処理された壁材だろうが、燃やしてみせるぞと気概を示しているらしかった。

「ふむ、かわいいところもあるな。で、これを買うのかい?」

「あ、そうだった」

 と、柳。そして、ずるっぽい顔をじろやんに向けてから、

「いくら?」

「定価は五九八〇円だけど――お、青い顔してるね、少年よ。まあ、ケリー・バックが欲しいとか言い出す前の先行投資だと思うんだね。テストでいい点とったそうじゃないか? じゃあ、僕からもご祝儀ということで三九八〇円でどうだ?」

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