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ワルツ文具堂飄奇譚  作者: 実茂 譲
文人墨客消しゴム
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ぼんぼり寺の骨董市

 骨董市が開かれると、町じゅうの人々がタラバガニ漁師のように一攫千金をもくろんで、あちこちの露店に出没した。値打ちのあるお宝をタダ同然の値段で手に入れ、利ザヤを稼ぐことにうつつを抜かしている人々は、そもそも売り手が油断ない骨董商であり、楽して儲ける相手の心理につけ込んで、在庫処分をさせようとしていることに気づかなかった。本当のお宝はきちんと金庫にしまい込まれ、一部のお金持ちのためにだけ、見せられる。

 骨董市はぼんぼり寺の境内からはみ出して、破れた屏風だの、小札がほつれた具足だのがあちこちで道を塞いでいた。音の割れたスピーカーはひっきりなしに迷子のアナウンスを流し、市の騒音に一役買っていた。

 ぽわ光がやってきたころには黒山の人だかりで、掘り出し物をみつけることは週末を犠牲にする十分な理由になると思っている人々があちこちで電卓を叩きながら、値段のやり取りをしていた。

 アスベストがこびりついた旧式ヒーターや蕎麦をこねるのに使う大きな漆の皿のあいだには、また別の道があり、ハクモクレンの樹が並ぶ石の道には切り取られた過去が静かに息づいていた。

 ぽわ光の手のひらに乗った文人墨客消しゴムは市に並ぶ書画骨董を片っ端から『俗』と見なした。野趣と雅趣をもってして清趣を貴ぶ消しゴムから見れば、五十万円の清代の壺も、ルネサンス期の鎧も、脇差とセットで売っている日本刀も『俗』なのだ。ぽわ光もうっすら分かってきたことだが、文人墨客消しゴムが『俗』と判ずるものは蛇足が原因なのだ。いい塩梅で出来上がった『古』はよけいな一手間のために技巧を殺され、『俗』になる。

 茶道で言うところの不足の美に通じているのかもしれないと思ったが、だとすれば、前途は暗い。茶器はわびさびの意味を問い直したくなる高値でやり取りされているのだ。この好みのうるさい消しゴムのことだから御物か国宝クラスのものでないと満足しないかもしれない。

 だが、ぽわ光はこの消しゴムのために、二千円以上は使わないつもりでいた。

そのせいか、骨董市を隅々までまわったが、『古』なるものは見つからず、足は棒のようになり、背中は板のようにこわばった。

 最後の一軒は小さなスペースにおちょこを大量に並べたおちょこ専門で、どれでも三つで千円、七つで二千円と書いた段ボールがぺったり倒れて、境内を吹き抜ける風に煽られて、パタパタ鳴った。

「お酒、好きなんですか?」

「死んだ主人が好きだったんだよ」店番の老婆が言った。「でも、下戸でねえ。なぜか、おちょこばかり集めたけど、こんなにあっても、邪魔なだけさ。人間、何も残さず、きれいに死ぬのが一等なのさね。で、買うのかい?」

「そうですねえ」

 ぽわ光はちらりと左手の消しゴムに視線を落とした。

『古』。

 すっかり目を輝かせた文人墨客消しゴムはぽわ光の手のひらに古古古古古古古古古古古古古古古古と古を書きまくった。

 こいつ、ひょっとしたら、李白のんべえなのかも。

 そう思いつつ、ぽわ光は財布から二千円札を取り出した。

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