消しゴムと交渉する呉服屋
自慢の黒電話でワルツ文具堂に電話し、説明を求めると、ノークレーム、ノーリターンを繰り返して電話を切られた。
ぽわ光がもう一度かけると、仙太郎の裏声が、
「ぴー、この電話番号は現在使われておりません」
「せめて、どういうものか説明してくれよ」
「それは文人墨客消しゴムだな」
「文人墨客?」
「趣味のいい中国人のことを昔はそう言ったんだ。説明書によると、風雅を好み、趣味にうるさく、ダメなものには『俗』、いいものには『古』と書くらしい。へえ、これまで消しゴムは大量に売ってきたが、懐古主義の消しゴムを売ったのは初めてだ」
「このままじゃ、店と言わず、家と言わず、俗だらけにされる」
「古なものがあれば、満足するんじゃないの? まあ、健闘を祈る」
ガチャン、と切られた。
部屋に戻ると、ノートパソコンが開いていて、文人墨客消しゴムがネットサーフィンをしていた。推定するに明の時代の文人と思われる消しゴムがなぜパソコンを立ち上げ、ネットを見られるのか、不思議だったが、今は余計なことを考えて、消耗したくなかったので、黙って、消しゴムが指さす、アンティーク販売サイトを見てみた。
「硯一つが一千万円! ダメダメ、そんなん買えない」
すると、消しゴムはノートパソコンの画面に俗の字を書きまくった。
「あーっ、この馬鹿!」
ぽわ光が画面を拭いているあいだ、消しゴムは昔使っていた缶ペンのなかに始皇帝の兵馬俑みたいに閉じ込められた。
ポルターガイストみたいにガタガタ揺れる缶ペンをよそにぽわ光は店へ戻った。
午後五時を過ぎるころに部屋に戻ると、缶ペンは少し弱くなっていたが、それでもまだカタカタ揺れていた。
「うーん」
呉服屋をしていると、迷信深くなる。得意先に出かけるとき、火打石を首のうなじに切らせたり、霊柩車が走ってくると、迎え葬式がゲンがいいなど、いろいろ注意する。
この生意気な消しゴムも考え方いかんによっては、消しゴムを憑代にした神さまの一種かもしれない。なら、大切にしたほうが無難だ。一千万の硯は無理でも近所の骨董市くらいならいいだろう。
「おい、缶を開けるぞ。それと話がある。いきなり俗を乱れ書きにしないでよね」
缶ペンをゆっくり開けると、冠を正した文人墨客消しゴムが腕組をして、ぽわ光を睨み上げていた。
「あの硯は無理だけど、骨董市の硯だったら、買ってやれる。ただし、安いやつだ。それがいいものか、どうか、きみが教えてくれるなら、骨董市に連れて行こう。どうだい?」
文人墨客消しゴムは少し考えてから、ぽわ光を見上げて、うなずいた。




