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ワルツ文具堂飄奇譚  作者: 実茂 譲
文人墨客消しゴム
33/52

俗、ぞく、ゾク、Zoku

「結局、買わされちゃった」

 袂のなかにはスーパーカー消しゴムがぎっしり。こうなると、ぽわ光にできることは帰り道、車に轢かれないよう、全身全霊で気をつけることだけだ。

 旧町のほうにある呉服屋は町屋造りで、以前、テレビの取材を受けたことがあった。

「うわあ、二十一世紀にもなって、こんな古い家に住んでる人がいるんですねえ」

 自分では機知のある辛口批評をしていると勘違いしているレポーターが知性のなさを顔面に遺憾なく発揮しながら言った。

「知ってました? あなたは生きる化石ですよ」

「それはどうも」と、ぽわ光。彼が着物を着ると、まるでお嬢様学校の女生徒のような透き通った清楚さを感じさせた。

「わお、しかも、着物なんて売ってる! 視聴者の皆さん。着物ですよ、着物! これ、食ってけるんですか?」

「食ってける、とはどういう意味でしょう」

「は?」

「ですから、食ってける、というのは、食べていけるか、という意味ですよね。つまり、買った反物をこの場で海苔巻きみたいに食べていけるのかたずねてるんですよね。それなら答えはイエスです。当店の着物は食べることができます」

「あの、ちょっと――」

 ぽわ光はレポーターを無視して続けた。「ちなみにビジネスを拡大して、食用着物のためのドライブスルーを設置する予定です。簡単販売、簡単清算。現金掛け値なし。やがてはフランチャイズ展開で、全国に食用着物を販売して、クールジャパンに便乗して海外進出だって――」

 それは生放送だった。

 店に戻ると、呉服正札を帳場の裏の引き出しに補充し、いそいそと自分の部屋に戻り、袖のなかからスーパーカー消しゴムをごろごろ落とした。

「ん? なんだ、これ?」

 よく見ると、スーパーカー消しゴムのボンネットやルーフに、

『俗』

 の、字が書きつけられていた。小さな字だが非常に達筆で、これだけの腕があるなら、駅前の習字教室で一財産築くこともできるはずだが、いかんせん字が小さすぎた。

「でも、変だなあ」

 仙太郎からスーパーカー消しゴムを買ったときはこんな言葉は書いてなかった。

 そのとき、スーパーカー消しゴムの山がごぞごぞ動き、なかから虫――いや、小人のようなものが現れた。

 仙太郎の文具屋で変なものをつかまされるのはこれが初めてではないが、どうも今回は輪にかけて変なものをつかまされてしまったらしい。

 ぽわ光はその小人を見るため、顔を近づけて、目を細めた。

 大昔の中国の詩人みたいな恰好をしている。だが、素材はゴムでできていて、色は青一色だ。

 そのとき、小さな詩人の右腕がしなった。

 冷たいものを額に感じる。

 鏡を見ると、墨でぽわ光の額に『俗』の文字が書き綴られていた。

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