現在は製造されておりません
「なつかしのスーパーカー消しゴム。今ならセットでお安くしておくよ」
仙太郎が勧めたのは、かつて日本の小学校という小学校を席巻したスーパーカー消しゴムである。シャーペンやプラスチックの定規で弾き合い、相手のスーパーカーを机から落とすという遊びが流行った。おまけにこれはあくまで消しゴムなので、教師たちのいらだちをよそに、合法的におもちゃを学校に持ち込むという爽快感まで味わえることで大ブームとなったのだ。
もちろん、ブームは昔の話で今は小学生でもスマート・フォンを学校に持ち込むご時世。スーパーカー消しゴムは忘却の彼方、ワルツ文具堂の倉庫に忘れ去られていた。
「ぼくが欲しいのは、呉服正札だよ」
と、返したのはぽわ光だ。今は呉服屋の若旦那で着流し姿、表の柳がさらさら鳴ると、涼し気な木綿がふわっと風を噛む。
二人がいるのは、ワルツ文具堂――ではない。
ワルツ文具堂から近いところにある古いゲームセンターである。
どのくらい、古いかといえば、ストⅡが置いてない。パックマンが置いてない。インベーダーゲームが置いてない。
置いてあるのはピンボール・マシンだけ。
ピンボール・マシンが狭い店内にずらっと並んでいる。
二人がやっているのはジュラシック・パークをテーマにしたもので、ボールがあちこちにぶつかっては、ズキュン、ボキュボキュ、ギャースギャースとうるさい音を立てている。
「ぼくが欲しいのは、呉服正札」マシンに面と向かったまま、ぽわ光が言った。
「きこえてるよ」と、仙太郎。もちろん、マシンから目をそらさない。
「スーパーカー消しゴムは欲しくないんだ」
「なんだ、お前。スーパーカー消しゴム、バカにするのか?」
「そりゃ、スーパーカー消しゴムは尊いさ。でも、着物姿にスーパーカー消しゴムって変じゃない?」
「全然、変じゃない」
「例えばだよ、もしぼくがきみからスーパーカー消しゴムを買って、それを袂に入れて、うちへ帰ろうとする。その途中でぼくが車にはねられて死んだら、警察はどう思うかな? 着物の轢死体にスーパーカー消しゴム。きっと事件の匂いを嗅ぎつけるね」
「バカバカしい。一ノ瀬じゃあるまいし。だいたい、ここの警察なんて、権藤警部みたいなやつばかりなんだから、たとえお前がスーパーカー消しゴムを額に貼りつけて死んでても、ちょっと靴の先でつついて終わりさ。それにたとえ事件になったからって、それがどうした? 人間、ちょっとばかしの謎を残して死ぬのも悪くない。おれのじいちゃんなんて死に方が突発的だったから、いまだに老人会のミステリーとして、死にかけた年寄りたちに楽しい謎かけを提供してる」
「でも、スーパーカー消しゴムはなあ――」
「じゃあ、スーパーカー消しゴムと呉服正札をセット販売する」
「なんで、そんなにスーパーカー消しゴムを売りたいんだい?」
「できるだけ、早く手放したいんだよ。スーパーカー消しゴムを見てると使いたくなってウズウズしてくるんだ。でも、ノートに一こすりしたスーパーカー消しゴムはもう、それだけで無様だろ? そんな無様を許しちゃ、文具屋失格なわけだ――あっ、くそ!」
仙太郎のボールはティラノサウルスにぶつかって、そのままフリッパーのあいだへまっすぐ落ちてしまった。
「スコア更新ならず」
ぽわ光が小気味よさそうに笑った。




