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ワルツ文具堂飄奇譚  作者: 実茂 譲
MUDABONE NOTEBOOK
30/52

どこにでもいける、どんなことでもできる

 少女は海にいきたかった。

 色鉛筆をノートに走らせると、美しい熱帯魚やイルカが紙から飛び出し、気持ちよさそうに病室のなかを泳いだ。

 赤いサンゴは居心地のよい日なたに座った。

 透明なガラスの管のように美しい魚が矢のように素早く泳いだ。

 ヤドカリがイソギンチャクをくっつけて、カサカサ動いていた。

 マグロの子どもがびゅんびゅんと泳ぎまわり、ヒラメはゆっくり床で休んでいた。

 病室が水族館みたいに海の生き物でいっぱいになると、少女はかわいらしいペンギンを描いた。

 少女はペンギンが大好きだった。テストや友達との交換日記では自分の名前を書くとき、必ず最後にペンギンを描いた。お腹が白く、背は黒く、くちばしと足がオレンジ色のペンギンに必ず魔法のステッキを持たせた。ステッキの先には金色の☆がついていて、まだかかったことのない素敵な魔法をかけてくれる。

 少女は歌も好きだった。

 音符をいくつもいくつも描いた。音符たちは最後の一つが描かれるまで、ノートの上にじっとしていた。もう間もなく死のうとしている少女には文房具だって敬意を払うのだ。

 最後の音符を描き終わると、ペンギンが魔法のステッキを一振りした。すると、ノートの罫線が五線譜となって音符を乗せて流れ出した。

 そして、病院じゅうが少女の歌で満たされた。

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