稀有な客
ガタガタとガラス戸を鳴らしながら入ってくる客を見ながら、言い訳を考えるが、『バカ』『パンツ』『ハゲ』の三つが浮いていて、それを相手に虫取り網で戦っている姿はどう頑張っても弁明のしようがないと気づくのに十秒も必要なかった。
この際、徹底的に無視するという手もあった。つまり、『バカ』『パンツ』『ハゲ』なんて言葉は浮いてませんよ。それはあなただけに見えるのでは? と、しらばっくれるのだ。
よし、この手でいこう、と決めたとき、客が言った。
「すいません。ノートをください」
「え? ノートってこれですか?」
その客――四十代の会社員らしい男は『MUDABONE NOTEBOOK』を欲しがっていた。
仙太郎は困った顔で頭を掻きながら、
「このノート、普通のノートとちょっと違うんですよ」
「字が浮くんですよね?」
だって、ほら、と客は店のなかを飛ぶ『バカ』『パンツ』『ハゲ』を指差す。
客が続ける。
「ここを通りかかったとき、ノートに書かれた字が飛び上がるのを見たんですよ。それでぜひ欲しいな、と思って」
「でも、このノート、何も書き残せませんよ。ごらんのとおり、書いたそばから字が飛んでいくから」
「それでいいんです」
いえ、と客が付け足す。
「それだから欲しいんです」




