使命と生きがい
翌日の舞千新聞の第一面は舞打千軒の不動産王、黒田武光の逮捕で飾られた。容疑は不動産詐欺、脱税、銃刀法違反その他もろもろ。
「で」と文具堂のカウンターに座った道雄が仙太郎にたずねる。「その逮捕の決め手になった帳簿。どんなのだった?」
「期待してるようなものじゃないよ」仙太郎は言った。「ありふれた紙。上質紙ってだけで面白みもないボールペン用だった」
「そりゃいかんな」道雄が腕組をする。「仮にも不動産王を名乗るなら、きちんとしたバンクペーパーの帳簿じゃなきゃいかん。そんなことだから捕まるんだ」
「そんなもんなの?」
「ああ、そんなもんだ。怪盗を捕まえるつもりが、自分が捕まるなんてトンチキなこと――ん? 仙太郎、お客だ」
桐島七美がガラス戸に突っかかっていた。だが、それも最初だけですぐガラス戸は滑らかに動いた。
「お、だいぶ慣れてきたな」道雄が話しかけた。
七美はぺこりとお辞儀して、近所の珈琲店とドーナッツ屋がコラボしたレターセットを買って帰った。
帰り道、七美は、はーっ、と息をついた。
今回は危なかった。
あと少しで正体がばれるところだった――それもクラスメートに。
仙太郎の顔を見ていると、あのときのドキドキが思い出される。
そもそも〈アナスタシア・ロマノヴァ〉があの邸になかったという情報不足も問題だった。もっと気をつけることと、情報の精度を上げるために新しい方法を考えないといけない。
あの日、少し気を引き締めるつもりで、自宅へ戻って、地下の『封印室』と向かい合った。そのなかにはこれまで怪盗レインボーが盗み、そして、封印した文具たちが保管されている。
フランス革命でサン=ジュストが死刑執行書にサインするとき使った羽のペン。
ティムールの墓の蓋だった翡翠でつくったハサミ。
アウシュヴィッツ収容所の概要を書きなぐったヒトラーのノート。
人によってつくられ、人によって呪われた文具たち。
こうして扉の前に立っているだけでも不安な気持ちが湧き上がり、恐ろしくなる。
でも、ここにあるのはほんのわずか。
世界にはこうした文具がもっとたくさんある。
それを封印するのが、わたしの役目。
と、昨夜のことを思い出し、気を引き締める。
が、さっき買ったレターセットを見ると、七美の表情が、つい、ふわっと緩む。
封筒にプリントされたドーナッツはちょっと食べられていたり、チョコスプレーがかかっていたりして、かわいい。
便箋は珈琲店の受け持ちだったようで、薄いチョコレート色の紙に珈琲の湯気が罫線になっている。それが緩やかなカーブを描いていた。
便箋の一番下は珈琲店のカウンターをバリスタ側から見た感じで、淹れたばかりの珈琲と銀色のエスプレッソマシンが右端に並んでいる。
持っているだけでうれしくなる。使うのがもったいない。
でも、ここにあるのはほんのわずか。
世界にはこうした文具がもっとたくさんある。




