表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワルツ文具堂飄奇譚  作者: 実茂 譲
万年筆〈アナスタシア・ロマノヴァ〉
24/52

ヒーローは遅れてやってくる。馬鹿は馬鹿なりに急いでやってくる。

 カルテット馬鹿は巻き網に囲まれたブリの群れみたいにぐるぐると円を描いて走っていた。

 途中、宮島警部補とも何度かすれ違った。体じゅう足跡だらけにされ、おまけに眼鏡がなかったので、カルテットのことは見えていないようだった。

 最後に顔を合わせたとき、四人は寝室もワイン貯蔵室も露天風呂も個人用プラネタリウムも踏破して、あとはどこに行けばいいだろうと悩んでいた。

 警部補は絨毯のたるみに躓いて、大きな鏡に頭からぶつかって跳ね返り、そのまま仰向けにぶっ倒れた。

「どうする?」仙太郎がたずねた。「手錠かけちゃう?」

「うーん、どうせならもっと大物を狙わない?」

「注目!」

 早紀の声に三馬鹿が振り向く。

 見ると、警部補がぶつかった鏡がゆっくり扉のように開いていくところだった。これはまるで――、

「隠し扉みたいじゃない」

 扉の先は下り階段になっていて、五メートルくらい下ると、まっすぐな通路にあたった。ブルーの絨毯と打ちっぱなしのコンクリート壁という材質の喧嘩した通路はまっすぐ長く続いていて、それは邸の外れにある高い塔まで続いていた。

 塔は外からでは出入り口がなく、空いている窓は二十メートルの位置にあり、登るにしても、すべすべしたコンクリート製だったので、足も引っかからない。

 そんな塔の地下にまで通路はつながっていた。

「螺旋階段だぁ」欧助が号令する。「のぼれぇ、のぼれぇ」

 塔のてっぺんまで来て、階段の終わりはマホガニーの両開き扉にぶち当たるように飛びかかり、部屋へなだれ込む。

 すると、三馬鹿はまずミニ・バーにかけられたガウンやシャツやズボンの類を拳銃もろとも窓から捨ててしまった。

「な、なんだ、貴様ら。いったい、ここで――」

「捕まえたぞ、怪盗レインボー!」

 三人は一斉に黒田氏に飛びかかり、後ろ手に手錠をかけた。

「貴様ら。おれを誰だと思ってる」

「パンツ一丁のおっさんに変装した怪盗レインボーに決まってるじゃねえか」

 と、欧助。

「この馬鹿野郎!」黒田氏がわめく。「怪盗レインボーはおれじゃない! そこのベッドにいるやつが――おい、貴様、何してる?」

「大丈夫かい?」と仙太郎がたずねつつ、七美の手足につながっていた鎖の鍵を次々と解いていく。

「だから、そいつが――」

「見苦しいわよ、おっさん!」早紀が推理を披露する。「怪盗レインボーがあんなふうに簡単に手足つながれて、ベッドの上に固定されてるわけないでしょ。あの子は、ほら――ぽわ光、こういうときなんて言うんだっけ?」

「模倣犯」

「そう、模倣犯よ。バットマンでもあったでしょ? バットマンに憧れた民間人がバッドマンの格好をマネするの」

「で、あんたがジョーカーだ」と、仙太郎。

「おれはジョーカーなんかじゃない!」

「そうだった。お前はレインボーだもんな」

「だから、レインボーでもないと言っているだろ!」

「往生際の悪いやつだな。じゃあ、証明するチャンスをやる」

「チャンス?」

「そうだ。あんたをこの窓から突き落として――」

「何がチャンスだ、このクソガキども!」

「ここから落ちて、飛べたらレインボー。そのまま落ちたらジョーカーだ!」

 三人がかりで黒田氏を窓から落とそうとしているところで、権藤警部がやってきた。

「ちぇっ、マイケルは見失うわ、邸で道に迷うわ。警部補は下で伸びてたし。報告書になんて書こう?」

「お、おい、そこの刑事!」黒田氏は喉も枯れよとばかりに大声を出した。「助かった! こいつらからおれを解放してくれ」

「今度は何をした、お前ら?」

「いえ」と、ぽわ光。「ちょっとした実験です」

「こいつら、おれをここから落とそうとしてるんだ!」

「なんてことありません」ぽわ光は柔和に笑って見せた。「だって、レインボーだったら、たとえ手錠で後ろ手にされていても、いつものトリックか何かで空を飛べますもんね」

「落ちたら?」と、警部。

「この世からジョーカーが一人消えるだけです」

「お前ら、ババ抜きでもしてたのか?」

「『ダークナイト』見たことないんですか?」

「ちょっと担いだだけだ。そう、驚愕の表情をせんでもいい。だがな――」

 警部は顎の不精髭を触りながら、

「そいつはレインボーじゃないぞ。本物のレインボーはつい今さっき、大きな風船に捕まって、この塔の窓から逃げた」

「え?」

 四人はベッドを見た。人の形の浅い窪みを残して、少女は消えていた。

「ってことは――」

 権藤警部は肩をすくめ、手錠の鍵を仙太郎に放ってよこした。

「ま、そういうことだ」

 黒田氏は南の島のゾウアザラシのように床に倒れたまま、この恨みは晴らすだの、このままじゃ済まさないだのと脅迫文句を並べ立てていた。

 仙太郎がしぶしぶ鍵を外そうとすると、

「おっと」

 と、開きっぱなしの金庫から取り出した帳簿のようなものを見ながら、権藤警部が声をかけた。

「やっぱり手錠は外さなくてもいい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ