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ワルツ文具堂飄奇譚  作者: 実茂 譲
水花火のガラス文鎮
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言葉と文具屋

 文具屋の椅子に座るのは言葉と暮らすことだ。

 仙太郎はそう宣言できる。

 ここには本屋以上に言葉が溢れている。

 目を店の奥から水路に面した入り口へと動かせば、言葉は向こうから飛び込んでくるのだ。

『こくご さんすう 国語 算数(回転什器に刺さっているジャポニカ学習帳、低学年用と高学年用)』

『DRAPAS(Aはコンパスの形になっている)』

『三菱鉛筆 9800』

『速乾インキ クイッキー(かなり色あせた紙テープとして棚のあいだのスペースに貼られている)』

『万引きには死あるのみ(これは仙太郎がマジックインキで画用紙に書いて、年代物の柱時計の下に取り付けたワルツ文具堂唯一にして絶対の掟)』

『今日の運勢:末吉(風にたなびくおみくじ日めくりカレンダーだ)』

 もっと目を凝らせば、筆が収めてあるガラスケースの上の『菖蒲筆店謹製』の金文字や、DRAPASの下に『建築士試験対応』とあるのが読める。これで一日潰したことは何度もあるが、毎日のように新しい言葉が思わぬところから見つかる。ルーズリーフをどけたら古い藍染め千代紙が出てきたり、祖父がなくしたと思い込んでいたタチカワペンの琺瑯ホーロー看板が出てきたりする。

 倉庫のそんなに深くもないところから電報用複写紙が束で出てきたときはさすがに仙太郎も驚いた。

 こんなふうに絶対買い手がつかないような時代遅れの文具は捨てずにまた元の位置に戻すしかない。

 使い道はないが、捨てるには惜しい。

 かといって、学生向けコーナーの缶ペン、ルーズリーフ用紙、シャープペンシルをどかしてまでして売ろうという気にはなれない。

 だが、この電報用複写紙――その表紙の記述に従えば『電報複寫簿』はなかなかおしゃれだ。表紙をめくってみると、カーボン紙があり、その下に〈発信人〉〈本文〉〈局内心得〉〈着信局〉といった素敵だが、その通信手段もろとも死んでしまった言葉たちが罫線の子分を従えている。

 これをメモ帳がわりに使うとなかなかかっこいい。複写簿自体も古い紙らしい味のあるざらつきがあり、裏は無地だし、何より〈局内心得〉という言葉がよい。新選組みたいだ。

 コルクボードに刺さった何気ないメモの裏にこんな言葉が躍っていれば、それは楽しい。

 文具屋の椅子に座るというのはこういうことなのだ。

 思いもしない形でかっこいい言葉に巡り合う。

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