ファミリー・ビジネス
桐島七美の家は小さな古い洋館で城跡公園のある丘町の中腹にあった。
夏になると腕を広げた入り江の青いのが染みるように目に入り、海岸からかなり離れているのにかすかに潮が香ってきた。
七美の執筆は窓が海に向いた書斎で行われていて、その部屋にはこれまで集めた文房具のコレクションが彼女だけに分かる一見無秩序だが使ってみるとかゆいところに手が届く配置をなしていた。
ワルツ文具堂で買ったものを抱えながら、鍵穴に鍵を差し込みまわすと、扉が閉まってしまった。
はて、鍵をかけ忘れたかと思い、鍵を開け、家に入ると、女物のサンダルが脱ぎ捨てられていて、廊下の端には見覚えのあるボストンバッグが置いてある。
書斎に入ると、妹の詠が七美の椅子に座って、エクレアの最後の一口を食べるところだった。
「あっ、お姉ちゃん。おかえり。勝手に上がらせてもらったよ。それとお姉ちゃん。鍵、もっとちゃんとしたのにしなよ。簡単に解けちゃったもん。あ、エクレアもらってるね」
七美の頭のなかでは第三次世界大戦が勃発したような大騒ぎだった。
「ちょっと、どういうこと?」七美はおずおずとたずねた。「来るのは夏休み明けでしょう? まだ、東京にいるんじゃなかったの?」
「それがですね、まあ、学校の編入は九月からだけど、早めにきて、こっちの水に慣れておこうかなって思って――」
「水に馴れる? まさか――」
七美が玄関へ引き返し、詠のボストンバッグのなかを開けると、恐れていたとおり、怪盗の装束が入っていた。
いつの間にか、後ろにいた詠がニヤニヤしながら、
「いいでしょー? あたしの仕事着」
「じゃあ、最近の怪盗レインボーは?」
「うん。わたしだよ」
七美は目を閉じ、額に手をやった。今の状態は北斎の描いた波の真下に潜り込んでしまったようなものだった。これから大量の塩水が青い塊に白い泡をのせて、七美にふりかかるのだ。
「でもさ、お姉ちゃん。考えてもみてよ」詠がごきげんを取ろうとするように上目遣いに言ってくる。「わたしが編入してから、レインボーが活動を再開したら、誰かがこいつが怪しいってわたしを指を差すのは時間の問題でしょ? だから、学校が始まる前にちょちょいと仕事をしておけば、疑われなくて済むし、仕事にも慣れる。一石二鳥だと思うんだけどなー」
「……父さんと母さんは知ってるの?」
「もちろん。賛成してくれたよ」
「わたし、全然きいてない」
「そりゃサプライズだもん。驚いた?」
「うん。これ以上ないってほど」
そんなわけで、と急に詠は襟を正し、
「初代レインボーさん。よろしくお願いします」
と、ぺこり。




