Carta d'Armenia
店が縮んで、お徳用マッチ箱サイズにまで小さくなった気がした。二人の人間を入れることなど絶対不可能なサイズだ。
逃げちまおうかな、と考えるが、
「いらっしゃい」
仙太郎はつくづく文具屋であった。
辻岡つつじは店の奥にある廊下の入り口を見た。
「あの、おじいさんは?」
「じいちゃん? 老人会へナンパしに出かけたよ。じいちゃんに用か?」
「ううん、そういうわけじゃない」
「欲しいものがあるなら、言ってくれれば見繕うけど」
「しばらく店のなかを見ててもいい?」
「どうぞ、どうぞ」
仙太郎はガラスのカウンターに頬杖をついて、辻岡つつじが店のなかを見て回るのを見ていた。暗記用の単語カードやレポート用紙、ノート、原稿用紙、ルーズリーフといった無難なところを手に取っていた。新年度が始まる関係から、四月から五月にかけてはノートが学生に非常によく売れる。
そんなことを考えていると、つつじは段ボール箱に詰められた『どれでも十円!』コーナーで興味津々に中身を眺めていた。『どれでも十円!』はどうひいき目に見ても、売れそうにないガラクタが詰まっていた。ハトメパンチ、かたまって粗悪バターみたいになった固形絵具、昆虫採集華やかなりしころにつくられた昆虫名箋、大昔に打ち切りになったアニメの塗り絵。
しばらくガラクタをいじくっていたつつじであったが、突然、
「結月は偉いな」
と、言い出した。
「おお、びっくりした。どうしたの? 急に?」
「まだ、学生なのに家業を手伝っている」
「それを言うなら、辻岡だって道場の弟子に稽古つけてるんだろ?」
「あれはボクが好きでやってる。結月のとは少し違う」
「同じだと思うけどね。おれもなんだかんだでここが好きで座ってるわけだし」
「そっか。じゃあ、一つ、頼める?」
「なにを?」
「アルメニア紙が欲しいんだけど」
仙太郎は履歴書やカーボン用紙のある棚をごぞごぞあさり始めた。
そして、くるりと肩越しに振り向いて、
「サイズは?」
「アルメニア紙にサイズがいくつもあるの?」
「紙ならサイズはあると思うけど」
「そっ、か。うん。サイズは小さい。ガムくらいの大きさで、やっぱりガムくらいの細長くて小さな赤い箱にイタリア語でアルメニア紙と書いてある」
「え? レポート用紙じゃないの?」
「違う、アルメニア紙はアルメニア紙だよ」
なんだ、そりゃ? 禅問答か引っかけ問題か。てっきりアルメニアという製紙会社の紙かと思っていたが、どうも違うらしい。
「あ、あそこにある」
つつじが指を差した先には〈壮絶なる整理整頓キャンペーン〉で開けっ放しになったカウンター裏の引き出しがあった。
そこに百円ガムに似た小さくて細くて赤い箱が三つある。貼られた白いラベルにはCarta d'Armeniaとあった。
「これ?」
「うん、それ」
「じゃあ、値段は――税込み二五〇〇円? こんなにちっこいのに」
だが、つつじは別に驚いた様子もなく、千円札を三枚、ふわっとしたがま口から取り出した。
五百円玉を返しながら、いったい何に使うのだろうと、仙太郎が不思議に思っていると、つつじがその小さな箱を開けた。
なかから出てきたのは横七センチ、縦一・五センチの小さな厚紙だった。少しだけくすんだ白の紙にCarta d'Armeniaの印刷。
ほんの、かすかにだが甘い匂いが香った。甘いがどこかスパイスっぽい匂い。
つつじはそれをがま口に入れていた。
なるほど。
あの日、辻岡つつじが何を買ったか、なぜ買ったか、なぜ秘密にしたがったのか。
ライオンがガオーと鳴き、全てがテクニカラーで判明していく。
アルメニア紙はきっと竹刀袋や防具を入れる袋にも入っているに違いない。




