秘密の買い物
どの高校にも三馬鹿と称せられる馬鹿者はいた。
十年前、南高の三馬鹿と言えば、結月仙太郎、鵜殿欧助、佐宗光隆の三人だった。
三人にはそれぞれ特色があり仙太郎はゲス真面目、佐宗光隆は性格がおっとりのんびりぽわんぽわんしていたので『ぽわ光』と呼ばれ、そして三人のなかで最も活動的な馬鹿が鵜殿欧助だった。
風が吹いてスカートが見えてしまうラッキースケベが発生しそうな場所を地図にし期待度ごとに区域を色分けしたのも欧助なら、クラスの女子を胸の大きさごとに分類しそれがバレて半殺しにされたのも欧助で、文化祭の出し物をメイド喫茶にしようとして奮闘し自らデザインしたメイド服(それは高級官僚の接待先として一世を風靡したノーパン・しゃぶしゃぶの影響を多分に受けたものだった)を公開して女子に半殺しにされたのもやはり欧助だった。
女子に半殺しにされるたびに両親が呼ばれて、また半殺しにされるのだが、不思議と憎めないのが欧助の特徴だった。
言ってみれば、お祭り男で運動会にしろ文化祭にしろ、欧助がいると盛り上がる。一度、クラス対抗球技大会があったとき、欧助がインフルエンザで休んだことがあったが、そのときは欧助がクラスに対して果たしていた役割というものを思い知らされたものだった。
そんなわけで欧助は三馬鹿ながらクラス委員を務めてもいた。
「はあー。クラス委員めんどくせー」
放課後、帰り道で欧助が言った。
「めんどくせー、って、欧助、自分で立候補したんじゃなかったっけ?」
「そうだよ。そうしたら、三者面談、ちっとは手加減してくれるかと思ったけど、ぜんぜんそんなことねえんだよ。むしろ、全力で殺しにかかってさあ。あー、損してる。あっ、ちくしょー、損で思い出した。シャーペンぶっ壊れたんだ。なあ、センタロー。お前んとこの店で買ってやるから、何かうまい汁吸わせてくれよ」
「そんな五百円超えない買い物でどうやってうまい汁を捻出するんだよ。却下だ」
「ああ、もっと、こう、ズルしてがっぽりな利権ってもんはないのかねえ」
「大手ゼネコンみたいなこと言うな。利権なんてどうするんだ?」
「利権があったら、女子にモテるだろ?」
「まあ、そりゃないのとあるのとなら、あったほうがモテるかもしれないが、まず、まわりの女子をおっぱいとケツで分類するのをやめないと無理だろ」
「はぁっ? おれのライフワークだぞ。やめられるわけねーだろ」
「じゃあ、無理だな」
「わかってねー。全然わかってねー。おれの仕事はいつか人に感謝される日がくる。むしろ女子のほうからどうぞ分類してチョーダイって言いに来る日がやってくる」
「そうだな。来るんじゃないかな。来年の六月三十一日に」
水町にかかる石の橋を渡り、てくてく道を上っていくと、ワルツ文具堂からちょうどクラスの女子二人――小竹と辻岡が出てくるところに出くわした。
「お、長老に辻岡」
「鵜殿に結月か」長老が悠々とした調子でこたえる。「奇遇だな」
「お前らも文具屋で買い物か」
「まあ、そんなところだ」
「なに買ったんだ?」
「それは秘密だ」
「なんだよ、人に言えないもん買ったのかよ?」
「こらっ。うちは人に言えないもんなんて売ってないぞ」仙太郎が口をはさんだ。
「でも、こいつ、何を買ったか秘密だって言うんだぜ? 文房具屋から出てきたやつがフツーそんなこと言うかよ? ノートを買ったんなら、ノート買った。シャーペン買ったんなら、シャーペン買った。簡単なことじゃねえか。それが言えねえと来てる。いや、これが薬局だったら分かるぜ。生理用品とかだったら、おれも納得いく。夜は後ろ漏れヒップギャザーがしっかりガード。でも、ここは文房具店じゃねえか。文房具屋に生理対策グッズが売って――」
「それじゃ、ボクはこれで。失礼する」
と、顔を赤くした辻岡は竹刀に面を吊るして、剣道で鍛えた擦り足で仙太郎たちの横をすり抜け、まるで仇討の手伝いに行くみたいな俊足で水町を下っていった。
長老が欧助の脛を割と強めに蹴飛ばした。
「いてえっ」
「この馬鹿。本当にデリカシーがないな」
「そんな役に立たねえもん、生まれるとき、おふくろの腹のなかに置いてきた」
「まったく」
長老は立ち去りかけて、思い出したように、
「鵜殿。それはそうと、明後日の放課後、クラス委員は居残りだ。クラス対抗球技大会の説明会だ」
「もう、そんな季節かよ。あー、めんどくせー。クラス委員ってのは本当にめんどくせー」




