Xとの遭遇
「優子ちゃん、ちょっと透と男同士の内緒話してきていいかな?すぐ戻るから」
内容としては自分のこと、これからの関わり方だろうと予測。ひとりで残る不安感はあったが優子は黒衣からの申し出を承諾した。自分があれこれ口を出すのは憚れることだし、これからの生活は優子のみではなく良子と透にも受け入れる態勢は必要だと認識していた。黒衣は良子に優子の手伝いをするように言い付けると透と共に廊下へと出る。二人が廊下に消えていくのを見届けながら優子は腕まくりをし、夕飯の準備に取り掛かった。
とは言ってもまともに料理を作れる環境なのかわからず出来合いのものにペットボトル飲料、割り箸から紙コップまで用意してきたから準備と言っても出すだけだ。しかし、良子が自分の傍に寄って来て一緒に作業をしている。これだけでも前向きにこの子たちとの関わりを考えられるほど、優子にはうれしかった。
あっという間に終わってしまった夕飯の準備に暇つぶしも兼ね、探索しようと台所へと向かう。人さまの台所に勝手に入るのはマナー違反だが、遠慮していては始まらない。一応、良子には確認済み。返事は曖昧であったが、だめかとの問いには首を横に振ってくれたのでオーケーとみなした。
喫茶店でした話では優子にも『小林家』のリフォーム権限は与えるとのこと、最初は断ったが、嫌な予感がして受け取った。
黒衣に『生活用品は揃っているのか』と、訊いても自分が関与したのは住居だけで中については子供たちに一任したとのことだった。昼のお宅訪問を思い起こすと家全体の印象は簡素であったが一部屋だけかなり充実していた。
透の部屋だ。黒衣は子供たちに一任したと言っていたが良子のあの状況を鑑みるに透が仕切っていたのは明白。良子の部屋は勉強机とタンスとベッドのみ、ぬいぐるみやアニメのポスター可愛い動物のカレンダーなど一切なしのシンプル仕様だった。
『自分たちが住むのだから自分たちで選ぶ』
この考えは私的には良いことだろうとは思うが結果自分の欲しいものだけで必要なものがないがしろになっているように優子には思われた。
「さてと」
優子は気合を入れるように独り言を呟きながら腕まくりをして、家探しを開始した。案の定、台所は質素を通り越していた。
冷蔵庫と食器棚は大型で見映えもするものだが流し台の下や食器棚の引き出しすべて開けるが見つかった調理器具はやかんのみ。食器は紙コップに割り箸だけで食料品はジュースのペットボトル一本の超シンプルライフであった。台所の隅にはゴミで溢れ返ったビニール袋があり、その上に帽子のようにちょんと乗ってるカップラーメンの容器を見るにやかんはこれ専用のようだ。
一通り見終えると優子は台所の真ん中で、くるりとターン。リフォーム権、貰っといて良かったと心底、優子は思った。必要最低限の食器と調理器具ぐらいは買い揃えておきたい。使う使わないは別としてあれば使うこともできるがないと使えない。少しは食生活も良くなるだろう。披露できるほどの腕前ではないが自分も多少は作れる。
ただ問題はどこまであの子たちと接した方が良いかだった。関与率が高い方が子供たちを拒否していない証拠にはなるが、うざがられる原因にもなる。
自分の幼少期を振り返るとどっちともつかない。寂しがり屋のくせに人と距離を置く傾向にあった。それは今も変わってはいない。台所の入口では良子がどこを見るともなく立っている。とりあえず、拒否はされていないかな。自己満足的に現段階を評価しもう一度台所を見渡しある一点で優子の表情が強張った。
優子は激しく後悔した。
向く必要がなかった方向だった。何気なく辺りを見渡しただけ、そして、まだ五月の初めだというのにそれの姿が目に入ってしまった。存在していること自体は不思議でもなんでもない。そんなことは分かっている。我が家にもたくさん住んでいるだろう考えたくはないが。ただ、見たくない。理想を言えば絶滅してほしいぐらいだが核爆弾が落とされても生存するだろうと言われている以上、無理なことは分かっている。存在を認識したくはないだけ。それを見て平然とほっとけるような精神を優子は持ち合わせてはいなかった。