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?の観察日記(2)男だけの内緒話

リビングのテーブルにビニール袋を置き、中身を取り出し始める優子。後ろでそれを眺めながら黒衣にしか聞こえない方法で透は声を掛けた。

『おい』

『なんだ』

 黒衣も声を出さずに返事をした。

『・・・・・・あいつ何者なんだ?』

 敵意に満ちた透の視線に黒衣は飄々と答えた。

『言ったろ。ただの一般人だよ』

 確かに黒衣纏から今朝、言われた。『プロジェクト用の一般人を連れて行く』とだが、

『どこがだ。そんな生きモンはこんなとこいねえよ。どう見たって、あいつは』

 ここは一般人のいる世界ではない。一般人に見えるヤツが一番の要注意人物だ。

『・・・・・どう視えているかは知らんがあの子は一般人だ』

「へっ、それだけかよ?」

 挑発するように鼻で笑う透をスルーし黒衣は

「どうかした優子ちゃん?」

 優子へと話しかけた。黒衣からの意外な返事に透はあからさまに不快な顔をする。一方の優子はこちらを不思議そうに見ている。普通なら会話終了に適切な理由だがこの場合には適さない。

「話を逸らすな」と言おうとした透の言葉は優子の発言に遮られ心の奥へとしまわれる。

「えっと・・・・・やっぱり足りないかな?」

 黒衣も透も無言。全く意味不明な事を発した優子に透は苛立ちと共に言葉を投げつけようと罵詈雑言をセレクト、いざ攻撃。する前に優子がさらに続け透を撃沈させた。

「今、『それだけかよ』って言ったの透君だよね?育ち盛りの男の子だもん足りないよね?明日はもうちょっと多めにするね」

 チッ、優子の言葉を聞き透は舌打ちすると顔を背け何事か呟く。そんな姿を見兼ね黒衣は助け船を出すことにした。

「優子ちゃん、ちょっと透と男同士の内緒話してきていいかな?すぐ戻るから」





「さてと、男同士の内緒話大会。始まり、始まりーどんどんどん、どん。パフパフってか」

 黒衣は玄関のドアを閉めるとおちゃらけた口調で最初から透の顔を顰めさせた。マンションの廊下にいるのは黒衣と透のふたりだけ。と、どこに巣があるのか分からないが天井から糸を垂らした蜘蛛が一匹。内緒話をするには最適な場所である。

「なんだよその顔は、お前が話をしたいって言うからわざわざ出てきたのに」

「人のこと言えねーだろ、テメーのツラの方がゼッテーおかしいぜ。だいたい誰のせいでこうなってんのかわかってんのか」

 警戒心を剥き出しにしている透にニヤリと黒衣は笑う。

「そうか、結構気に入ってんだけどなーこれ。まっ、前置きはそのへんにして――――」

 一瞬の沈黙。

「本題に入ろうか」

 威圧的な声に透は後退り唾を飲み込む。同時にあることを五感の全てが察知した。

「やっぱあんたスゲーな。前振りなしでこの結界かよ・・・・断層空間と作為認知」

 尊敬と畏怖も込められてはいるものの透は負けじと険のある声をどうにか演出した。

「世辞はいい。訊きたいことは何だ?」

「単刀直入に言――」

『失礼して良いか』

 天井付近から発せられた《第三者》の声に透は出端をくじかれた。

『一定範囲の空間を周りとずらし範囲内に存在するものを周囲から遮断、他方からの接触を不可能にする断層空間結界。第三者に自己の都合が良く、且つ当事者が不自然に感じぬ偽の情報を脳に与える作為認知結界。流石は黒衣纏殿、二種二重の結界、見事の一言に尽きるが・・・・・・』

 褒め称えているようには聞こえない声にくだらないとも言わんばかりの黒衣の声が返る。

「褒めるか、貶すか、どっちかにしてもらえねえか」

『別に貶しておるわけではない。ただ・・・・・前振りはして頂きたい。と、進言したいだけ・・・・・・・で、ございます』

 口籠りつつも姿なき声は主張した。

「悪りいな、誰か死んじまったか?」

 はっきりと用件を言えなかったが相手が悟っているのを安心し核心を話す。

『一名。右足の第一関節を全て持っていかれた』

 空間を周囲と切り離しずらすため境界線上にいるものはその影響とばっちりをもろに受ける。断層空間結界の使用上の注意事項であった。

「それで?」

 謝罪があってしかるべしと思っていただけにその返答は予測不能だった。

『・・・・それだけだが』

 故に返した言葉は不本意な一言のみになってしまった。

「そうか」

 用件は終わっていないオーラを放ち未だに立ち去らない《第三者》に黒衣は声を掛けるが、《第三者》は無言だった。言っても仕方がない。《第三者》の諦めを尻目に黒衣はさっさと話を終わらせた。

「なら、とっとと持ち場に戻れ。高い報酬を払ってんだからきっちり仕事をしろ」

『生憎と某の持ち場は此処、玄関前。話し合いの場への参加が許可されるのであれば、喜んで参加させていただく――――――――どうぞ。そちらが先約だ』

 譲られたより逃げられた感はいなめないが、気を取り直し透は黒衣を睨みつけた。

「あの女、何者だ?どこまで事情を知っている?」

「名前は渡辺優子、年齢は二十九歳。経歴は・・・・簡単に言えばごくごく普通の中流家庭で育った普通の人間」

「こっちとの関わりは?」

「もちろん」

 黒衣は不敵な笑みを形作りながら

「ない」

 きっぱりと言い切った。

「そんな奴にあいつを任せんのか」

 確認ではなくありえないと言う透を黒衣はあっさりと受け止める。

「ああ、その通りだ」

 確信に満ちた揺らぎのない声に透は一層不信を募らせ一気に捲し立てる。

「あいつがなんなのか知ってんだろ?どんなことをしてきたか、されてきたか。普通の人間が対処できる生き物ではないってことわかってんだろ」

「ほーお、お前、どこまで何を知ってんだ?」

 詮索よりからかいに近い声の黒衣に透は真っ向からぶつかる。

「『名無良子』が『器』候補生だってことぐらいは知ってるよ。そして、・・・・・・・・鍛練という名の地獄の被害者であり加害者」

 言葉を曖昧にした透を言及せずに黒衣は話を続けた。

「あいつを有害な化け物から無害な化け物にするにはあいつを普通の人間にしか見ることができない、普通の人間が必要なんだよ」

 結局、化け物扱いは変わらないようだ。

「無害な化け物って・・・・・・・・・・・」

 透は釈然としなかったが理解できたモノはいた。

『なるほど。無害な化け物とはそういうことか』

「なんだよ」

 割って入る化け物、もとい姿なき《第三者》。

『牙を抜かれても虎は虎、首輪で繋がれ飼いならされていても狼は狼。情を持ってあやつに不殺生でも説く算段か』

 わかりやすいようでわかりにくい譬えを受け黒衣はさらに例える。

「まあな。どんな名刀も斬ってこその刀、鞘に収めたままではただの骨董品だ」

 この言葉でようやく納得し始めた透だがまだすっきりとはしない。

「合ってはいるけど・・・・それでいいのか?――――――命がけになるのは決定事項だぜ・・・・・・つーか、なんて言ったんだ、奴に。そのこと話してんのか?」

「さっきも言っただろうが、そんな先入観持たせてどうする」

 呆れ返った黒衣の声に透は呆れ返った。

「言ってないってわけか・・・・・・・ひでー男だ」

「何も言ってないわけじゃないぜ。教育ママのもと英才教育を受けてきたため普通とズレている。だから普通の生活を教えてやってほしいって・・・・・間違えてはいないだろう?」

 大まかなことは合ってはいるがあまりに雑すぎる説明だ。正しくはなくとも間違えてはいない黒衣の言葉に透は反論をしたいが言葉が見つからずただ黙るしかなかった。

『某も一つ訊きたいことがあるのだが、良いか?』

「なんだ」

 二回戦突入のゴングに黒衣は応戦する。

『この家に住まぬとは言えあの雌は関係者。そう判断して良いのだな』

「ああ。お前らの仕事は縄張り内の監視と対象の観察。この家にいる以上渡辺優子も対象物だ」

 者ではなく物。

『して――――』

 沈痛な面持ちを声だけで表現しながら《第三者》は一番の懸案事項を述べた。

『挨拶はどうすれば良い。する方が良いのか?礼節には反するがしない方が良いのか?』

「「・・・・・・・・」」

 時が止まった。

『なにか・・・・某は可笑しなことを申したか?』

 理由がわからず《第三者》は黒衣と透を交互に見る。

「挨拶なー」

 先に言語機能を回復したのは黒衣だがあまりの質問に返答が出てこない。

「なんにも知らねえんだから、しねーほうがイイだろ。フツー、ドン引きするって」

 思考回路も回復させた透が後を引き継ぐ。

「いや、それ以前に・・・・・・・・・」

『台所にて緊急事態発生』

 ポリポリと頭を掻きながら脳と口の回線を修復させた黒衣の言葉が遮られた。 

「なんだ!これ?」

 突如響いた声に透は反射的に左耳を押さえ声のした方、左へと体を向けるが誰もいない。声はさらに続く。

『棲息生物百四号死亡』

「・・・・テレパシー?・・・違う」

 直接脳に働きかけてはいない。右耳も塞ぐ。

『死因・観察対象壱号・個体識別名・名無良子による鈍器による殺害』

 声は相変わらず左耳から聞こえてくる。

「殺害!死亡!」

 透はドアを凝視するがそれらしき気配は感じない。

「あいつが自発的にやったのか?」

 黒衣の問いに逡巡しながらも答えが返る。

『否、人間の雌・観察対象参号(仮定)・個体識別名・渡辺優子の意図を汲んだもよう』

「やっぱりなー」

 天井を仰ぎ見ながら息を吐き出す黒衣。

「やっぱりってなにがだ。『棲息生物百四号』って誰だ?つーか、これどういう仕組みだ。耳塞いでるのにテレパシーでもないのに声が聞こえるって」

 経験したことのない出来事のため味方と理解していても透の警戒心は薄れてくれない。

「ああ、それか?それは『糸』による振動だ。わかりやすく言えば糸電話と同じ要領」

 糸電話?辺りを見渡すがそれらしきものは当然存在していない。そもそも、

「・・・・・・・オレ、耳塞いでるんですけど」

 疑心と不可解さを黒衣に訴える。

『いつでも通信・防御・捕縛・逃走できるようこの建物中にはそなた達が認知できぬ我等の糸を無数に配備してある。そなたの左耳の鼓膜にも糸端がありそれが振動を伝え、同胞からの連絡を伝えておるだけだ』

「指の隙間ぐらい余裕ってわけか――――つーか、気色悪いんですけど」

 指で軽く耳掃除をするが異物の感触はしない。

「今さら気色悪がるなよ。お前は今、これでこいつと会話をしてたんじゃねえかよ」

 あっさりと放言する黒衣にこいつ呼ばわりされた《第三者》が透のリアクション兼苦情をスルーして、黒衣に問う。

『ところで先程『やっぱりな』と言われたが心当たりがあったのか』

「心当たりって言うほどでもないんだけどな・・・・・まあ、行きますか」

 肩をすくめ、昼の口調に戻すと黒衣はドアを開けた。

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