プロローグ②
「いやあああぁー、イヤ、イヤアアアァー」
なんと言っているのか聞き取れない耳をつんざく悲鳴を耳元で聞かされながら気丈にも男は女の背中を摩り、肩を叩き、頭を撫で、宥めている。
「よしよし、怖かったよな~、目の前を電車が通って行ったもんな~」
女は腕を男の首と背中にまわしがっちりとホールド。
「イヤ、いや、嫌ー」
「何が嫌?何が怖い?」
唇のすぐそばにある女の長く黒い髪を一房手に取り、耳にかけるように男は梳る。
「イヤ、列車っ・・・引きっ、いやああー、込まれ・・・・・」
悲鳴と嗚咽交じりではあったが会話が初めて成り立った。
「大丈夫。もう止まったから」
その言葉を聞き、初めて女は悲鳴を止めた。
「本っ、当っ・・・に?」
そして今、自分が置かれている状況を知った。
前は地下鉄の車輪、頭上には打ちっぱなしのコンクリート。車両と自分の間には見知らぬ男。その男に抱きあう形でしがみ付いている自分、渡辺優子。
見ず知らずの男に抱きつくという常識外れで意味不明な行為を何故、自分がしているのか優子には解らなかった。そもそも、何故、自分が地下鉄のホームの下に居るのかさえも。
「ごめんね、」
優しく甘い声に反応し男の顔を見上げる。少し軽そうなチャラ男な作りの顔が営業スマイルを形作り、なぜか優子に謝っていた。
「邪魔しちゃって」
「何・・・の?」
優子が数分前の記憶を取り戻すよりも先に男が答える。
「ん?君の自殺の」
あっさりと。