プロローグ前ー2
「負け犬じゃないか、まだここに居られたのか」
三大国に囲まれるように設けられた士官学校にてここ数年では当たり前となりつつある光景が今日も起ろうとしていた
一人の男を複数の人が囲み暴言やら、暴力を働くというものである
その中心には重要な役職の息子もいることから教師陣にも暗黙の了解となりつつあるそれはいじめと呼ぶにふさわしい
「アスデリク様もこんな屑を捨てられて清々しているだろうよ」
「剣聖の家系に生まれておいて武器の加護が皆無なんて、拾い子なんじゃないか」
「頭はやめてやれよ、ご自慢の顔まで悪くなったら生きていけなくなっちまうぜ」
そうした四人に囲まれている人物は美しい銀髪をした、少女と見間違えてしまいそうな面構をした少年である
名をアルムといい、“元”パルデニク家の長男であり、次期剣聖に一番近い人物であった
だがそれも昔の事であり、現在では現当主アスデリクより勘当され、その威信もどん底となり、こうして毎日のように虐げられる日々を送っていた
「お前たち、そろそろ予鈴が鳴るぞ。お前もそんなところでうずくまってないでさっさと行かんか」
当然、既に貴族の息子でもなくなった彼に教師陣が優しいはずもなく、むしろ一部の教師も手を上げることがある程である
少し前までならば、他人に構っている暇はないほどこの士官学校も張り詰めていたためこのようなことはごく一部の者達であったのだが、数ヶ月前に『勇者』が『魔王』を人の領土から追い出したことでその空気は驚く速さで緩みきってしまったのである
自身の剣を抱え込むようにうずくまっていた少年はその声に体を起こすと、何事もなかったかのように自身のクラスへと足を運ぶのであった
その足取りは先ほど暴力を受けていたとはとても思えないまっすぐとしたものであった
「では本日はここまでとする。みな明日は勇者様とアンブンク王国の剣聖様、ルナイグ公国の聖女様、ホルディンク帝国の賢者様の凱旋を祝って祭事となるがくれぐれも、羽目を外しすぎないよう気をつけるように。以上」
時は進みその日の放課後、周りが明日の祭事での話で盛り上がる中一人黙々と帰り支度を終わらせたアルムであったが、名を呼ばれ渋々視線を上げれば赤茶色の双眼と視線が合わさった
「なんでしょうか、コルデニカ様」
目の前の人物は紫色の生糸を思わせる髪に誰もが振り返る美貌を持った帝国の問題児ルリア=コルデニカである
「あなたどうせ明日暇でしょう?従者として私に付き合いなさい」
背が低いわけではないアルムが見上げなければいけない上背の高さとその高圧的な物言いから恐れられ、その手の速さと強さから誰の手にも負えない問題児である
賢者を崇め、魔法を極めることを至高とする帝国においてその武術は異端であり、アルムとは別の意味で孤立しつつある子でもある
「なぜ私なのでしょうか。コルデニカ様程のお方ならば従者の一人や二人簡単に手配できるのではないでしょうか」
「なにをいっているの。私が皆に疎まれていることくらい判っているわ」
コルデニカ家といえば帝国で一二を争う大貴族である
その三女とは言え、なぜ道を踏み間違えたか武芸に精を出し、それに応えるかのようにスキルを取得していく様は魔法大国帝国にとって喜ばしい事ではなかった
ましてや、帝国の賢者に勝るとも劣らない魔法の素質を持っているなどと噂があればなおのことである
「私が武芸を嗜んでいるうちは誰も構ってはくれないわ」
全く悲しみの感情が含まれていないその言いように彼女の強さの一角を感じられる
「そう悩んでくれるな。ただ、剣聖と勇者との決闘の観戦をするのにお付きの者もなしにシークレットルームに入れないからな。形だけ繕ってくれと頼みに来ただけだ」
なかなか返答の来ないためか、焦りからか口調が砕けたものになってしまうコルデニカであるがそれだけ彼女はその戦いを見たいということの表れでもある
約3年前に遡ることになるが、当時ルナイグ公国のさらに南『オグノル大森林』にて蛇種の魔王が誕生した。
これに感化されたのか、他のアンブルク王国の西側『オルディノ洞窟』から人型種の魔王が、ホルディンク帝国の北『ルノプス山脈』から狼種の魔王が立て続けに観測されるという異例の事態が起こった
円を描くように拡大していた人間の生活圏を囲う様に現れた三人の魔王からの攻勢は三国に多大なる損失を招かせた
普段ならば三国による共同戦線により魔王討伐を行うことが主流であり、勇者召喚などという他人任せの行いは恥ずべきこととほとんど行われなかったそれであったが、これを受け戦いも早期のうちに執り行われた
その際に召喚された勇者の実力は文献に記されている者の比にならず、剣を持たせれば近衛騎士隊第一隊すべてに打ち勝ち、魔を教えればオリジナルの魔法を次々と生み出し魔導局局長を遥かに凌ぐ実力と言われたという
そんな最強をほしいままに手にしそうな勇者と、歴代最高と名高い剣聖ルルカ・パルデニクとの真剣勝負となれば、武を極めんとする者ならばその最高峰の試合を見たいと思うのは当然なのかもしれない。
「必死なのはわかりましたが、コルデニカ様?私はその剣聖様に剣を折られ破門に追いやられた人物なのですが」
仮面の様な笑顔を浮かべて告げるその言葉は終わりまで告げられなかったが、その先につながる言葉は言われなければわからない
普通の人ならばそこで空気が重くなってしまうかも知れ合いが、コルデニカにとってはどうということはないのか目を子供のように輝かせ迫ってくる
「私は知っているのだぞ、その剣の型が剣聖のそれとほぼ同じということなど。それならばお前が剣聖を嫌悪する理由などあるわけないだろう。さぁ、理由はくれてやったんだ、頷かないという考えは捨てるんだ」
「では当日お前の部屋になりきり執事服セットを持って行くからな。朝8時までには出かけられるように準備をしておくのだぞ」
返事が返ってこないことを肯定と受け取った彼女は、片手を上げひらひらとさせながら教室から去って行った
夕日が入り赤く染まった教室では苦虫を噛みしめた様な表情をしたアルムが忽然と立ち尽くしているだけだった