プリザーブドフラワー
休日明けの学校は死ぬほどだるい。
いっそのことテロリストなり災害なりで休校になってほしいと心の底から願っている。イエス、これは平和ボケの一種だ。不謹慎なので冗談ということにしよう。
しかしながら日本国民全員が月曜日を嫌悪しているはずだ。行き交う社会人の顔が寝てるか死んでいる。俺もそのゾンビに仲間入りして、死者の行進に加わった。
教室に入って席に着くなり、真琴がやってきた。
「おはよう。彗」
「ウゥゥッス」
「金曜日は大変だったね。迷惑かけてすまん」
「謝ることない。面白いのも見れたしな」
面白いもの。それはアリナだ。あの場の空気を一転させたあの珍劇は本当に面白かった。ドラマかよ、と心の中で呟いたのは内緒だ。アリナに聞かれたらガミガミ言われるのがオチだからな。
「それで、あの後どうなったんだ? バド部とテニス部はどういう結末になった?」
「あの後は一旦五分くらい別れて、落ち着いてから冷静に話し合ったよ。テニス部に場所を今まで通り共有することになった。いやあ、マジで良かった。また激論が始まると思ってたからヒヤヒヤしてた……」
「丸く収まったのか」
「一応は。今日バド部とテニス部が最後の話し合いをするらしいからそこで決めるって」
「ほー。そりゃよかったよかった」
再びあの口論が繰り返されないなら文句なしだろう。
「でも」
「なんだ?」
「日羽が来たのがびっくりした……最初は何が起こったのか解らなかったよ」
「確かに予想外だったな」
「やっぱりさ、日羽と彗って……」
「なぜそうなる」
「そう思っちゃうって! 実際どうなんだ!? 誰にも言わないから!!」
「真琴……俺は本当に誰とも付き合っていないぞ……だがあんまり言わんでくれよ? アリナがブチギレて俺の命が危なくなるかもしれんからな……現に俺は殺されかけた」
「くそ〜。めっちゃ気になる」
「ハッキリさせといてやる。俺はアリナと付き合っていない」
「……まぁ今日のところは勘弁してやろう」
え、今後もこのやり取り続くのかよ。
真琴とのお食事会。
「さて、お食事会だ」
「彗、それ恥ずかしいから飯食う前に毎回言うのやめてくれ」
「何だと? 高貴なお食事会だぞ。シェフはいないのか?」
「シェフは彗の母親だろうに……」
「いや、もしかすると俺の妹かもしれないぞ」
「あ〜、え〜っと『うぎん』ちゃんだっけ?」
「そうだ。榊木宇銀、我が妹の名だ。君の名は?」
「高根真琴……言いたいだけだろ……」
「はい。いただきます」
「いただきます」
それから黙々とメインドインさかきけの飯を食っていると柊結梨が教室に侵入してきた。キョロキョロと首を動かして俺を見るなりズカズカと接近してきた。
「この間はどうも」
「何もしてないがね。お礼ならアリナに。あれはアリナの手柄だ」
「一応は言ったんだけどね〜。『そ』っていう返事だけだった」
「あいつらしい」
「で、やっぱアリナさんと付き合ってんの? そこんとこどうなのよぅ!?」
「ああああ違うって! 誰とも付き合っとらん! ウインナー投げるぞ!」
「もう、頑固だなあ。アリナさんと白奈、どっち取んのよ! ハッキリしなさい!」
「白奈も関係ねえよ! 俺の女性関係は超健全だ!」
「彗、日羽はやめとけ……死ぬぞ……」
「経験者は語る、か。お前みたいにアリナに告白なんてしないから安心しろ。死ぬのはお前だけだ」
「クッ、つらい……」
真琴が青ざめ始めた。これはフラッシュバックするかもしれない。PTSDをここで発症するのはやめてくれ。
「あたしは彗がアリナさんを連れてきたんだと思ってるから感謝してる。ありがとね。あとはうちらで何とかするから」
「俺もそこに関しては解らん。仲良くやれよ、部長さん」
授業が終わって俺はいつもの如く薔薇園へと向かった。アリナは来てなかった。
彼女が来ないとここは存在意義のない空間だ。
そういや赤草先生は如何にしてこの空間を確保したのだろうか。
「掃除するか……」
未だに完璧とは言えない環境であるので俺は再び箒をとってせっせと掃き始めた。窓を開けて室内の空気を追い出す。ひでえ空気だ。さらに通気性をよくするためにドアを開けた。
「うわっ――」
「どいて」
ドアの前にアリナが立っていた。若干上目遣いで睨みつけられ俺は少し怯む。
彼女はズカズカと歩き、ドスンと鞄を長机に置いた。一つ一つの動作が五月蝿い。もっと静かにおけよ、と喉から出掛かるのを飲み込んで、アリナの右手に持っている大きな紙袋に注目した。
「アリナ、その右手のなんだ? 随分とデカイな」
「あなたの生首が入ってるのよ。新鮮のね」
「何? 人違いじゃないか? まさか俺は気づかないうちに脳味噌が機械に――」
「そんなわけないでしょ。あなたはキャベツ以下の存在価値ね」
辛辣なことを言って俺を傷つけることが趣味らしい。キャベツより価値が低いとは言うがキャベツってかなり重要な存在だと思う。それの比較対象として俺を持ち出したのは榊木彗は相応の価値ある存在と伝えたいのだろうか。貶していると見せかけて褒めている? このツンデレめ。だが主婦たちは俺一人の命と世界中のキャベツを選べと決断を迫られたら問答無用でキャベツを選ぶと思う。悲しいなぁ。これが現実だ。人の命はキャベツより軽いようだ。
アリナは紙袋に手を突っ込み、それを取り出した。
「すげえ。青い薔薇か」
沢山の蒼く染まった薔薇。それらをブーケにしたような花束を彼女は取り出した。
それを小さな花瓶に添えて、長机にそっと置いた。
「薔薇ってどのくらいの頻度で水をやるんだ?」
「この薔薇に水は必要ないわ」
「死ぬやん」
「プリザーブドフラワーって知ってるかしら」
「いや」
「水分を抜いて加工した花よ。死んでるから大丈夫」
「はー、そんなものがあるのか」
「母が趣味でプリザーブドフラワーを作ってるから貰ったのよ。だからこの味気ない部屋に持ってこようと思ったの」
アリナはそう言って愛らしそうに薔薇を見詰めた。いつも眉間に皺を寄せているので俺にとっては意外な一面にうつった。ニコニコする彼女が気持ち悪いくらい。これを喋ったら極刑は免れないだろうから気をつけよう。
「アリナ。あの時なんで来たんだ?」
体育館に現れた時だ。
「クルミ程度のその脳で考えてなさい」
最初から簡単に答えを得られるとは思っていないのでこの返しは予想の範疇だ。簡単に答えを教えてくれるほど社会はやさしくないのだ。
青い薔薇を整えるアリナが楽しそうだったので俺は訊くのをやめた。機嫌のいいアリナはいい絵になる。
「それはそうと」
「なんだ?」
「なんで私があなたと付き合ってるっていう話になってるわけ? そろそろ我慢の限界なのだけど」
「それは俺も困っている。弁解しとくから冷静になりましょう。ぼくを殺さないで」
「いやでも周りから聞こえてくるのよ。どうにかしないとあなたの戸籍、抹消するわよ」
どんな国家権力を持ってんだこの女は。
俺にとっても迷惑な話ではあるので誤解は解くつもりだ。時間はかかるがひっそりと動いた方がいいだろう。大声で言って目立つよりかはマシだ。
「でも美少女・日羽アリナと交際してるっていうのは自慢できそうな話だな」
「手を出しなさい。爪を全部剥がすわ」
俺は男子トイレに逃げ込んだ。悔しそうに立ち去るアリナを見て、久しぶりに最高の優越感を覚えた日だった。