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毒舌少女のために帰宅部辞めました  作者: 水埜アテルイ
第5章 あなたと回顧する物語
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推敲と撮影

 よくもまあ一月中旬っていう季節に素足むき出しでいられるものだ。女性は皮下脂肪が多いと聞く。だから女子たちは冬場でもタイツを履かずに登校できるのだろうか。こんな疑問を口にしたら侮蔑されるのは目に見えているので墓までもっていこう。

 疑問を表情に出さぬよう俺は白奈に声をかけた。


「この時間まで練習か」

「うん。今年で最後だから」


 最後。妙に重く響く言葉だなと思った。

 

「ちょうど俺も帰るところだったし、帰るか」

「あれ、アリナさんとは?」

「先に帰った。忠告するが一緒にいるのが当たり前じゃないぞ」

「えー。みんな見慣れてるし。ビッグマックセットって言われてたよ」

「なんだそれ」

「身長が二人とも高いからだってー」


 

 高身長をビッグマックで例えるのは厳しく無いか。それはヘビー級の方々に送る例えだと思う。

 同中学出身ということもあって通学路は大体白奈と同じだ。自然と俺たちは肩を並べて帰ることになり、街灯と車両のライトを頼りに歩く。


「白奈は〜、えっと美容師志望だっけか」

「あれ、わたし言ったことあったっけ」

「だいぶ前にインタビューした時だ。新聞部に雇われてた時」

「あったような、なかったような」

「今でも考えは変わってないのか?」

「もちろん。どしたの、いきなり」

「いやぁ、夢があるっていいなってな。ふと思って」


 白奈はきょとんとした顔で俺の顔を見る。


「彗は夢ないの?」

「現時点では」

「なにかこう、これをやりながら生きたい〜、とかやってみたい〜、とかないの?」

「ん〜……」

「大学では何するつもりなの?」

「ん〜……何だろうなぁ……」

「なさそうだね……でもそこまで悩む必要はないと思うよ。大学で見つければいいんだし!」


 彼女のおっしゃる通り大学で道を見つけるしかなさそうだ。周りの友人たちがはっきりとした職業や夢を追って歩いているのでつい焦る。

 そうだなぁ、トマトジュースを飲む仕事がいいなぁ。試飲の専門家として。


「アリナさんと同じ大学に進むの?」

「はぁ? 知らんわい。あいつがどこの大学を受けるかもわからん」

「てっきり二人一緒だと思ってた……」

「それはカップルと言うんですよ、白奈さん。我々はそういった欲望に翻弄され、正気を失ってしまうほど愚かな人間じゃないんです」

「ふぅん……」


 アリナ君は常に成績トップ10に安定してランクインする頭脳をお持ちなので、ノーマルブレインの僕が対等になれるわけがないんですよ。それに彼奴は文系で俺は理系だ。それだけでも選択する大学は大きくわかれる。

 おいおい俺は何を考えているんだ。アリナが選ぶ大学なんてどうでもいいだろ。行ったところでどうなると言うんだ。きっと寄生虫扱いされるのがオチだぞ。

 





 それから二週間ほど新聞部に通い詰めとなった。

 放課後になれば新聞部へと向かい、アリナと斗真で話し合う。文字を起こして互いに推敲し合う。アリナから恐ろしいほど「汚い文章!」とダメ出しされ挫けそうになった。俺も言い返してやろうとアリナの下書きを読ませてもらったが非常に読みやすくて顎が外れた。さすがは作家志望。文章がとても精緻で簡潔的だ。読んでいて引っかかりが全くない。


「次は日羽と何を企んでんの?」


 ある日、学校に遅くまで残る俺を心配して、真琴はそんな言葉をかけた。アリナと出会ってから帰宅部らしからぬ事ばかりだがここ最近はもはや帰宅部脱却レベルだ。インターハイ出場並みの実力を誇る帰宅部員たちが俺を見たら憤慨するだろう。帰宅部をなめるな、と。だが残念ながら彼らよりは上である。能ある鷹は爪を隠す、とはこのことだ。

 

「写真。楽しみだね」

 

 またある日は邪悪に微笑む二渡鶴。過渡期の新聞部に仕事を投下した組織の一人。モデル写真を700パーセント提案したであろう張本人。

 彼女はトイレ休憩の時にさらっとそういった。ノートに書いた記事を読み返して訂正し直す作業を必死でやっている時にとても楽しそうに話しかけてきた。

 トマトジュースぶっかけるぞと脅したが全く聞く耳持たずで俺のノートは彼女に取り上げられた。まるで悪の権力によって恋人を目の前で奪われた少女のように俺は返してくれと懇願した。なんて残酷だ。今晩は鶴のフライドチキンだな。


「現代文?」


 またまたある日は美術部部長の宮崎慎司がノートを覗き込んできた。文をノートに書くことは果たして現代文の勉強法となり得るのか。おそらくならんだろう。漢字練習じゃあるまい。俺は「官能小説を書いてるから読まない方がいい」と脅した。男の書くエロ小説を読みたいやつはごく少数派のはずだ。これは見世物じゃない。まだな。慎司はゆっくりと俺からフェードアウトしていった。


 創作物を人に見せることをなぜ躊躇い、恥ずかしく思ってしまうのだろう。そう疑問に思うようになって考えてみた。

 導き出された答えは「作品は自身の分身」だ。

 自分の魂を具現化させたものが創作物だと思う。己の全てを曝け出すなんて耐えられない。だから恥ずかしい。裸体で街を駆け巡ることができるか? できるなら警察に行ってくれ。君は重症だ。

 いろんな葛藤があったが遂にアリナと斗真を納得させることができた。新聞社の人は本当に凄いと思いました。毎日刊行なんて地獄ですね。何度アリナからダメ出しをされたかもはや覚えていないほど精神は疲弊しているのでトマトジュースを4本空けた。肝臓や血液の絶叫が聞こえた気がしたがきっと空耳だ。彼らに口などない。

 




「あとは問題の写真だな!」


 一番触れて欲しくなかったことに斗真はナチュラルに触れた。記事の裏に丸一ページ使って本校の制服写真を撮らなければならない。


「マジで俺とアリナじゃなきゃダメなのか?」


 こういったモデル写真はどこかの事務所のモデルを引っ張り出して制服を着させるのが普通なのではないか。加工技術も上手いだろうし。


「生徒会からの指名だぞ!」

「あのチキンめ……焼き鳥にしてやる……」

「ちなみに撮影場所はもう決まってる! カメラも準備してるぞ!」


 斗真は一眼レフを取り出して立ち上がった。


「行くぞ!」

「今からかよ。ちょっと待ってくれ、こいつ化粧してないぞ」

「化粧して登校したことないわ。刺すわよ」

「スタンドアップスタンドアップ! 時間は待ってくれない! 撮りに行くぞ!」


 斗真の勢いに負け、俺とアリナは渋々立って新聞部を後にした。他の部員も数人アシスタントとして同行し、俺たちは彼らについて行く。


「遅い」


 気の進まない俺は歩幅を小さくして抵抗していたがアリナに咎められた。


「写真嫌いなんだよ。察してくれ」

「何も考えずに立っていればいいでしょ。石ころでもできるわ」

「緊張するんだよ。お前、読者モデルとかやってそうだよな。コツとかあるのか?」

「私がそんなに自己顕示欲が高いように見えるのかしら」

「いや全く」

「自分のことをゴミだと念じてなさい。何も感じなくなるわよ」

「遠まわしに俺のことゴミだと思ってるよね、君」


 靴を履き替え、校舎から出る。このあたりからアリナの表情はどんどん曇っていき「嘘でしょ……」と呟いた。撮影場所は校門前である。冷え冷えのお外で撮影するとは彼女は思っていなかったのだろう。


「よし! 早速撮るか!」

「どんな風に撮るんだ?」

「んー、校舎と二人がうまーく収まるようにかつイイ感じに」


 抽象的だな。大丈夫かよこれ。

 不安になったが幸いなことに女子部員が研究してきたようで、俺たちに指示を出してくれた。ベストなスポットをその部員がカメラを覗きながら探している間、俺とアリナは制服を整えてもらう。きちんと模範的に着こなし、ネクタイやリボンが曲がっていないか見てもらう。腰パンとかいう理解不能の短足アピールファッションをしない俺は模範に近い着こなしであったので、特に指摘はなかったのだが意外なことにアリナは指摘事項があった。


「うーん……」


 斗真が腕を組んで唸る。アリナも不満そうに腕を組んで直立し、対峙する。


「アリナさん、タイツどうにかならないっすか……」

「はあ? 脱げっていうの?」

「いや、脱げっていうわけではなく、そのやはりタイツはちょっと……」

「何? タイツがなんなの?」


 感嘆符が激減する斗真。追い詰めるようにアリナは彼を上から見下した。アリナの方が若干身長が高いのである。萎縮する斗真が気の毒だ。


「やはりタイツは正式じゃないというかなんというか……」

「だから脱げって言いたいの? どうなの?」


 アリナ姉さん怖いっす。斗真に助け舟を出してやろう。


「姉さん、ちょっと落ち着け」

「何なのよもう。わかったわよ、脱ぐわ、全裸になるわよ」

「誰もそこまで言ってねえよ」


 アリナはガツガツと靴音を立てながら昇降口へと去っていった。斗真は「ありがとう! 助かった!」と俺に縋り付いた。


「次からは事前に説明してやれよ?」

「すまん! 早とちりしすぎた」


 五分ほど経ってアリナが昇降口から出てきた。心なしかこちらを睨んでいる気がする。白い息を吐く様子が威嚇する狼みたいだ。彼女の漆黒で覆われていた脚は生足に戻っており、これで撮影準備オーケーと言えよう。

 アリナが怒りで爆発する前に早速立つ位置とポーズを女子部員は説明した。俺は元気よく相槌を打ってアリナの気を紛らわせようと頑張った。写真なんか撮りたくなかったのにどうして早く撮る方向に転がっているのだろうと頭をひねる。とにかくこの敏感な不発弾をどうにかせねばならない。

 校舎を背に、俺とアリナは45度それぞれ逆方向を向くかたちとなった。若干ローアングル気味にして校舎の頂点が入るよう撮影するようだ。


「ほーい、撮りますよー」


 女子部員の合図で俺たちは構えた。


「アリナサーン。もっと柔らかい表情でお願いしまーす」


 寒さで眉間にしわを寄せているのだろう。容易に想像がつく。

 3、2、1のカウントで計5枚ほど撮った。見せてもらうと中々我ながらキマっている。後はフォトショ等で文字を入れたり時空を歪めたりするんだろ? 楽しみだ。

 撮影が終わるとアリナは足早にどこかへ消えた。何も言い残さず消えたので俺らは先に新聞部に戻った。

 暖房のありがたみをたっぷり感じ取っているとアリナが戻ってきた。


「タイツないんだけど」


 未だに素肌丸見え状態のアリナが俺に問いかける。


「さすがに俺じゃない。まだ下着泥棒には成り下がってない。あれ、タイツって下着だっけ」

「出しなさい」

「違うわい! 俺はずっと外にいた!」

「死ぬわよ」

「理不尽すぎるだろ。これが巷に聞く冤罪ってやつか……」

「犯人を見つけ次第消すわ。まずはシュレッターに指を突っ込ませる」


 早く犯人さん自首してくれ。俺がシュレッターにかけられそうな気がしてならない。チクショウ、宇銀の女子高生姿を見てから死にたかった。

 コンコンとドアがノックされた。犯人であると大いに期待した。お願いだ。犯人であってくれ。すぐにタイツを返してやってくれ。さっきから隣で貧乏ゆすりが物凄いんだ。


「お邪魔しまぁす」


 現れたのはニワトリだった。君はお呼びじゃないんですよ!


「あ、帰ってどうぞ」

「ひどい。来て早々それはないでしょー」

「写真ならさっき撮ったぞ。期待しててくれ」

「おっ。楽しみ! あ、それとアリナ、これアリナの?」


 畳まれた黒い物体が鶴の手にある。それは紛れもなく冬景色の一つであるタイツだ。専門のフェチシズムがいるほど人気の高いそれを鶴は持って来た。

 いち早く反応したのは当然アリナだった。

 彼女は立ち上がって鶴との距離を一気に詰め、鼻先が触れそうなくらい接近した。ボクシングの試合前かよ。


「どこで見つけたの?」

「えっ……トイレにあったよ……?」


 トイレって。脱ぎっぱなしにしたのかよ。セミの抜け殻じゃねえんだからここに戻って仕舞えばよかったのに。


「なんだよ、トイレかよ。なら、最初から俺はあり得ないだろ。最近まで音姫の存在を知らなかったぐらい女子トイレに関しては疎いんだ」

「あんたならやりかねないと思ったからよ」


 なんて野郎だ。

 不覚にも鶴に救われ、タイツ盗難事件は無事解決した。

 

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