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毒舌少女のために帰宅部辞めました  作者: 水埜アテルイ
第5章 あなたと回顧する物語
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ノックノック、どちら様。

 餅を食って落ち着いたのか、俺の部屋への急襲的突撃作戦は白紙になったようで助かった。完全に蚊帳の外になった俺はトイレに行った後、こっそり自室へと戻った。

 正月から刺激が多すぎだ。のび太くん並みに一瞬で眠れそうなくらい精神はクタクタで、既に瞼が重い。

 しばらく横になって時間の感覚も消え始めた頃、コンコンとドアがノックされた。

 ばっと起き上がり、冷静に考える。榊木家メンバーで俺の部屋に入る際ノックをする者は誰か。

 榊木宇銀。うん、こいつはありえない。そのくせノックせずに入ると怒る。なぜ俺に厳しく自分に寛容なのか是非とも国際司法裁判所で一悶着したいものだ。

 母上。ありえる。榊木家の常識人の一人である母なら必ずノックする。というか母だろう。

 父上。ありえない。そもそも俺の部屋に来ない。


「はい、どうぞ」


 そろ〜っとドアから現れたのはアリナだった。


「はぁっ!? な、ななななんで来てんだ!? ヒットマンか!?」

「へぇ……これがあんたの部屋……」

「おいおいおい。入らんほうがいいって。事故があった部屋だぞ。昔、この部屋で七人のOLが練炭自殺をだな」

「よくそんな部屋で生活できるわね」

「時々首を絞められるのがこの部屋の欠点だな。ちなみに絞められた時はスクワットしてると消える。ドライアイスのように」

「はいはい」


 バタン。ガチャリ。

 とても不吉な音が響いた。ドアに内鍵がついているのは知っていたが使ったことはなかった。まさか家族以外の者に使われるとは鍵自身も予想外だっただろう。何これ、俺死ぬの?

 咄嗟に机に手を伸ばして銃を握った。間違った、筆箱だ。展開的には暗殺者に追い詰められた大統領といったところか。最後の抵抗は虚しく終わり、消音効果が付与された拳銃でプシュッ。破裂した心臓から血液が漏れ出し、肺が満たされていく。冷めていく指先。軋む胸骨。ジ・エンド。エンドロール。ゴミを拾ってから劇場から出てください。


「待て、殺さないでくれ。未練タラタラなんだ」

「そ」

「畜生め。話くらい聞いてくれ。悪かったって。仕方がなかったんだ!」

「そ」

「この冷血の悪魔め。その青い血で国境線をひいてやる!」

「そ」


 ダメか。どうやらここまでらしい。


 おふざけはここまでにして。

 彼女が部屋に来たのは興味本位の面もあるだろうが本命が違うくらい俺でもわかった。駅で見せた表情。その伏線がここで回収されるわけだ。

 俺は椅子に座るよう促した。彼女は素直に従って座り、机に伏せた。俺はベッドで胡座をかいて頭を真剣モードに切り替えた。

 

「三十日」

「ん?」

「十二月三十日にお父さんが家に来たのよ……」

「えっ。お父さんって、アリナの、その……」

「離婚したお父さんよ」


 離婚した父親。

 アリナを虐待していた張本人。

 途端にぐっと胸が締め付けられ、小さな怒りが沸き起こった。感情が敏感になってきているのがわかった。


「……大丈夫だったか?」

「えぇ。でも……怖かったわ。暴行の記憶なんて忘れてしまったけれど身体は覚えているみたい。震えが止まらなかったもの」

「本当に大丈夫だったか? 何かされなかったか?」

「大丈夫よ。大袈裟ね」

「お前の事情を知ってたら誰でも心配するわい」

「意外と優しいのね。てっきり人類なんて滅んでしまえーって人間だと思っていたわ」

「思春期の悩める男の子じゃないです」


 彼女はクスクスと笑った。伏せていた顔をこちらに向け、一瞬目が合う。気まずくなって俺はすぐ逸らした。なんてウブなマイハート。

 

「お父さんがヨリを戻したいって。そう言ってきたの」

「マジかよ」

「ええ」


 散々アリナを痛めつけておいて復縁したいだなんて大人の精神じゃない。妻と娘が受け入れるとでも思っているのだろうか。だとしたら相当自己中心的で非常識な馬鹿だ。他人の父だが擁護する気にはなれない。

 アリナは黙って俺を凝視した。何を言いたいのかわからないが会話を続けてほしそうな目が俺の口を開かせた。


「お前とお母さんはどう考えてるんだ……?」

「無論、大反対よ。いくら刑期を終えたからって無理なものは無理よ」

「受刑してたのか……」

「ええ。改心したって本人は言ったけど信じられるわけないわ。お母さんが警察を呼ぶ寸前で帰ったわ。今回きりじゃないかもしれないから怖いのよ」

「おいおい、本当に大丈夫かよ」

「今のところは。でも、もしかしたらあなたに頼るかもしれないわ。不本意だけれども、男で頼れるのはあなたしかいないから……」

「えっ、なにこのラブコメ的展開。ドキッ」

「吊るすわよ」


 当然、アリナが助けを求めたなら全力でサポートする。例えアリナの父親と対立することになったとしても彼女たちを守ると誓える。自己陶酔しているみたいで俺は心の中で苦笑した。


 アリナは椅子から立ち上がった。ぐるりと俺の部屋を見渡すと本棚に手をかけた。取り出したのは中学のアルバムだった。


「見ていいかしら」

「ぐぬ。恥ずかしい」

「恥の多い人生なのだから今更よ」

「太宰治かよ」


 そしてアリナは俺の隣に腰を下ろした。ベッドで。拳三個分くらいの距離で。物凄く良い匂いがふわっと漂った。背徳的な気分になり、思わず息を止めた。吸ったら犯罪だと思ったからだ。なぜだろうか。すごいよ、女の子。なんでこんなに良い匂いなの。


「なにキョドッてんのよ」

「こ、こわいっす」

「はあ?」


 挑戦的に威圧されて俺は萎縮した。胸を張ったらその分たくさんアリナの匂いを吸い込んでしまうからな。

 彼女はアルバムを開いてページをめくり始めた。どうやら俺と一緒に見たいらしい。本当に新年早々刺激が強すぎる日だ。


「あ、これあんたね」


 クラスの顔写真のページだ。撮影時に笑うよう指示されてみんなでふざけあったのを覚えている。極度に緊張した俺は苦笑いになってしまい、ぎこちない表情で永久保存されることになってしまった。破りたい、この笑顔。


「相変わらずふざけた顔ね」

「俺も傷つくんだからな?」

「あ、これは白奈ね。愛嬌さは変わらないものね。ね?」

「同意を求めるな」

「白奈に言うわ」

「……とても愛くるしいと思います」

「つまらない男。もっと奇抜な返答しなさいよ」

「すんません……」


 一枚、また一枚と無言で捲る。他中学のアルバムを見ても面白いものなのだろうか。個人的にはアリナの美少女JC時代は興味ある。あ、なるほど。知っているやつのアルバムなら気になるものなのか。

 最後までめくり終えるとアルバムを閉じて俺に手渡した。


「羨ましいわ」

「ほー?」

「私はアルバムを見てもあまりわからないから」

「おぅ……なら次のアルバムは楽しみだな」

「?」

「俺たちのアルバムのことだ」

「……そうね」

 

 沈黙が場を包み込む。気まずくはあったがピリピリはしていなかった。

 彼女は足をブランコのように小さく揺らし、和んでいるように見えた。美しい横顔につい見惚れた。長い睫毛がゆっくりと宙を撫でる動きがとても魅惑的だった。


 ガチャン、とドアノブが動いた。


 ガチャガチャガチャ……。


「ヤバイ。この荒さは宇銀だ! というかなんで鍵かけたんだよ!」

「だって内密の話だったもの」

「ノックせず入ってくる宇銀に対しては有効的だったのは確かだ。しかしだな。高校生の男女が鍵をかけて部屋に閉じこもるのは世間的にアウトなんだよ。わかるか?」

「そうなのかしら」

「今更天然キャラになっても遅いですよ……」


 ガチャガチャ……。


「にいちゃーん。にいちゃーん。なんで鍵かけてるのー」


 ドア越しに聞こえる悪魔の声。

 戦慄する魂。

 じわりと吹き出る手汗。

 逃げ場のない密室。

 時を刻む針の音。

 小刻みに揺れるドアノブ。

 どぅんどぅんと鳴り響く頭。


「アリナ。そういやどういう口実で俺の部屋に来たんだ?」

「えーと、トイレよ」

「流石に長すぎる!」

「この変態」

「なんとでも言え!」


 もうダメだ。素直に鍵を開けよう。言い訳はどうしようかね。


「あんたのクローゼットに隠れるから先に出てちょうだい。私は着崩れを直してて時間がかかったって言うから」

「すげえ。やっぱ頭の出来がいいやつはいつだって冷静だな! それでいこう」


 アリナがクローゼットを開けて体を押し込んでいるタイミングで、わざとらしく「あいあい開けるからガチャガチャすんな」と声を大きめにあげてドアに近づく。アリナの頷きを合図に、彼女はクローゼットを閉め、俺は鍵を開けた。

 モラルゼロ極悪ヒューマン・宇銀とご対面した。


「騒々しいな。つかノックしなさい」

「なんで鍵かけてたの? アリナさんいる?」

「いねえよ。さっきみたいに君たちが俺の睡眠中にイタズラをしてくると思ったから鍵をかけたんだ」

「ふうん。てっきりアリナさんと二人っきりでナニかしてるのかと思った」

「そう思ったのなら尚更ノックしろよ……」

「ま、いいや。鶴さんがそろそろ帰るって。アリナさんはまだトイレっぽい」

「随分長いなあ! デカイ方じゃねえの? ガハハ」


 部屋でガタンッと物音がした。


「兄ちゃんホント最低だね。女の子をぞんざいに扱わないで。なんで生きてるの?」

「お前のためだよ、宇銀」

「愛が重い」


 俺の評価は低下したがそのかいあって、宇銀は階段を降りていった。俺は部屋に「もういいぞ」と声をかけてから宇銀の後を追った。

 玄関で鶴と母がお喋りしていた。アリナ待ちらしい。

 アリナはすぐ戻ってきた。


「ごめんなさい。着崩れてしまって直してたの」

「あらそうだったの。どれどれ」


 母上が近寄り、中腰になって丁寧に整え始める。


「み、見るんじゃないわよ」

「すんまそん……」

「見るなァー!」


 アリナが恥じらいを見せた瞬間、怒号とともに宇銀にタックルされた。壁に吹き飛んで衝突。ゴリッと肩から嫌な音がした。いや、ブリンッだったかな。とにかく痛い。右肩と左肩がくっついちゃったよ。


「ありがとうございました」

「いいえ。また来てね、二人とも」


 え、また来るのかよ。やめてくれよマザー。


「はい〜! ありがとうございます!」と鶴が元気よく答える。


 嘘だろ。死んじゃうよ俺。


「では、今年もよろしくお願いします。お邪魔しました」

「お邪魔しました」

「はい、よろしくね。ほら、お兄ちゃん。ちゃんと言って」

「こ、今年もよろしくお願いします……」


 一礼後、彼女らはとうとう我が家から出て行った。余韻を断ち切るようにドアが閉じられた。同時に肺の空気を抜き切って、脱力した。


「あ〜大変だった」

「お母さん、あの子たちとっても可愛くてびっくりしたよ」

「学校でも人気者だ(問題児として)」

「で、どっちなの?」

「はい?」

「鶴ちゃんとアリナちゃんどっちなの?」

「うぎんちゃーん、助けてくれ。お母様がご乱心」

「やだー。寝るー」


 俺はその後、母の誤解を晴らすために三十分費やした。生後半世紀をもうすぐ迎える母親の恋愛を語る姿は俺にとってキツイものがあったので何度も挫けそうになったが、これ以上の名誉低下を避けるためにも頑張った。

 解放されて自室に戻ったら部屋のど真ん中に、コンビニの雑誌コーナーにある肌色まみれの雑誌が置かれていた。

 イエス、エロ本だ。なぜ俺がこれを所持しているかというと中学時代に友達とふざけて買ったからである。その負の遺産は確かクローゼットにしまってあったのだ。なぜクローゼットから飛び出して、再び人間の目に映ろうとしたのだろうか、このエロ本は。あえて言わなくとも真意はわかるだろう。

 アリナからメッセージが届いていた。


『死ね』


 強烈な命令語。俺が「デカイ方」と茶化して言ったことかこのエロ本のことかは迷宮入りだ。触れぬ神に祟りなしである。


 アリナが心配だった。

 あのか弱い親子が大の男に抵抗できるとは思えない。もし父親がアリナが目的で、誘拐など企てられたら簡単に思い通りにされてしまうだろう。無事保護されるかもわからない。毎年行方不明者が約八万人も出ているが全員が帰ってくるわけではないのだ。

 どうか何事も起こらないようにと祈った。せめて毎日顔さえ見る事が出来れば予兆の一つや二つわかるのだが。


 冬休みが早く終わって欲しい。

 

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