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毒舌少女のために帰宅部辞めました  作者: 水埜アテルイ
第5章 あなたと回顧する物語
78/137

ニューイヤー

 新年。


 初日の出を拝む日本人ならではの古き伝統(?)を忘れた俺は昼まで就寝していた。半熟卵のように赤橙色に染まっていたであろう太陽はいつもの白く輝く太陽に戻っている。今年もよろしく、太陽くん。どうか俺が生きている間は巨大フレアを控えてください。


 高校生活最後の年であり、受験の年でもある。

 気合いを入れる意味で初詣に行くことになった。正直に話すと「行かないとダメ」と聴覚が壊れる一歩手前まで宇銀から説教されたからだ。

 榊木家の権力構造的に父親に次いで最下層に位置する俺が女帝・宇銀に勝てるわけがない。それはまさに蟻が象に挑むようなものだ。歯向かえば全ての発言権を失い、ただただ酸素を二酸化炭素に変える宇銀の玩具になる。フロンガスを出さないだけエアコンよりは有害ではないので勘弁してほしい。


 電車に揺られながら乗客を眺めていると新年が明けたんだとやっと実感した。着物に身を包んだ華やかな女性たちで溢れているからだ。伝統衣装を着ても白い目で見られないのは日本の素晴らしい点の一つだと思う。


「兄ちゃん見過ぎだから」

「カシオペヤ座を眺めています」

「地下鉄なんですけど」


 舐めるように見ることは多分痴漢じゃない。不安だから後でググろう。

 参拝客の波にもまれながら下車し、宇銀に引っ張られ誘導される。時折凍結した歩道でバランスを何度も崩しそうになったが宇銀はお構いなしに俺を振り回した。

 俺は着物女性たちを眺めて「春巻きみたいだなぁ」とまた寝ぼけたことを考えていた。その矢先、鶴からメッセージが届いた。


『私とアリナだよー☆』


 その一文に添えられた写真はアリナと鶴の着物姿をおさめた自撮りだった。それは日本国が長年築きあげ洗練させてきた清い美であった。二人がミスユニバースとかに出場したら全額はたいて協力するくらい心臓が高鳴った。輝く彼女たちに思わずこちらが目を細めてしまうほど麗しかった。

 

 僕はすぐに保存しました。


 スマホをポケットにしまうところを宇銀に見られた。隠すような不審な挙動はしていないし、後ろめたいこともしていない。罪も知らない赤子のように純粋な心を持つ俺に何ができよう。植物を踏むことすら心を痛める俺に悪いことなんてできやしない。

 しかし宇銀はニンマリと笑顔を作った。映画の悪役のように口角を上げ、俺を揶揄う準備が整ったようだ。


「なに保存したの?」

「今どきの中学生って指を見るだけで何してるかわかるのかよ。さて、子供たちのミュータント化が加速しているようです。一体日本はどこへ向かっているのでしょう。我々は引き続きあとを追います。以上、現場からでした」

「兄ちゃんの考えてることはダダ漏れだからね〜。本当に人間として終わってるよ」

「後半が辛辣すぎる。最近とある女に似てきているから兄ちゃんは心配だ」

「それでそれで、何を保存したの?」

「いや、これはあまり人前では見せられない画像でして……」


 嘘はついていない。

 知人を晒す行為は恥ずべき行為である。プライバシー尊重の時代では反社会的行為だ。


「下ネタとか血縁者にそういうこと言うの、ひどいよ」

「ごめんなさいでした。でも負の感情は含まれておりません」

「兄ちゃんなんてそんなもんだからいいじゃん。初詣に引っ張ってあげたんだから見せてよぅ」


 どんなもんだよ。兄ちゃんを卑下しすぎだろ。自慢の兄と訂正しなさい。お前が小学二年生くらいの時に「将来はお兄ちゃんか石油王さんのどっちかと結婚するー!」って俺に抱きついてきたこと、俺はまだ覚えてるからな。比較対象が衝撃的で複雑な気分になったが嬉しかったことに変わりはない。

 しかし残念ながらそれも過去の一ページ。生意気な妹が出来上がってしまった。アンパンマンみたいに頭ごと新品にできたらいいのにと落胆した。


「トマトジュース全部飲んじゃうよ」

「はい、見てどうぞ」


 やれやれ。

 とうとう我が妹も脅迫を厭わない人格になってしまったか。日本で銀行強盗が起きたらすぐ彼女に電話をしよう。今すぐ自首しろ、と。

 俺は鶴とアリナのツーショットを宇銀に見せた。鶴、アリナ。俺は悪くない。最低限、いや最大限の抵抗をしたのだから許してくれ。


「えええー!! この人アリナさんでしょ!? めちゃんこかわいいっ! とけちゃうよ! キャー!」


 大興奮の様子で他の参拝者からの目が痛かった。人格者であり聖人である榊木彗はただ萎縮することで申し訳なさをアピールした。感情を爆発させる眼前の少女は赤の他人なのだと振舞った。


「一緒に写ってる人は!? 誰なの!?」

「個人情報ですので情報開示にはまず専門の弁護士による……」

「誰なの」

「二渡鶴っていう秀才です……」

「しゅごかわっ!! 兄ちゃんの高校って可愛い子多くない!? 何なの!? ねえ!?」


 未知の単語を作り始めるほど刺激的な画像だったようだ。教育に悪いと思い、すぐ取り上げた。良い子は見ちゃいけません。十八歳未満の方はブラウザの戻るボタンを押してください。


「ええ〜もっと見せてよ〜。私も可愛い成分ほしいよ〜」

「ダメです。お前にはまだ早すぎる。そして我が妹は十分可愛いのでそんな成分は不要である」

「そういう褒め言葉をウザいくらい表に出せば兄ちゃんでもモテると思うのに残念だね」

「いいんだ。金さえあればいい」

「高校二年生でもう心が退廃してるね」


 いいじゃないか、退廃的人間なんて。響きがどことなくカッコイイ。そう思うのは俺だけだろうか。そう、俺だけだ。


 賽銭の列に並びながら考える。

 人々は掩体の裏に隠れた敵兵めがけて手榴弾を投擲する兵士のごとくお金を賽銭箱に投げるわけだが果たして神とやらはお金をぞんざいに扱うこの行為に怒りを覚えないのだろうか。俺が神だったら「こんなところに投げずに貯金しなさい」と断るだろう。

 個人的に賽銭行為が嫌いだからこうもひねくれた考えをするわけだ。しかし意味がないわけではないと頭ではわかっている。人間、定期的に心機一転をすることが大切だ。やり方は何でもいい。掃除でもランニングでも寝るでも問題ない。賽銭もその一種だ。

 俺の場合はトマトジュースを飲むことである。つまりほぼ毎日心機一転しているのでじゅうぶん間に合っているのだ。

 なので俺は不要な一円玉を流し込んだ。


「うわぁ」


 五円玉をつまんでいる宇銀が空気が抜けるような声を漏らした。呆然とした妹を無視して俺は鈴を鳴らした。


『大金持ちになってトマトジュースサーバーを作れますように』


 一グラムのアルミニウムたちに願いを込めて、俺はそう祈った。





 鳥居をくぐり、再び現代の世界に帰還した。クゥー! やっぱ電気サイコー! マシンサイコー!

 ちなみにおみくじは中吉だった。女運が悪いから日頃から女性に優しく接するようにと警告されたがとんでもない。既に悪い。そもそもぞんざいな扱いを受けているのに不公平だ。このおみくじバグってるんじゃないのか? 早く修正パッチ配布してくれよ。

 一方、大吉を当てた宇銀はぴょんぴょん跳ねていた。それもあってご機嫌よろしい彼女だがはっと思い出したように口を開いた。


「さっきの一円玉!」

「あれか。一円がだいぶ溜まってたもんでね。都合がよかった」

「兄ちゃんらしいね。見てて悲しかったよ」

「兄ちゃんも悲しそうな妹の表情は心苦しかった……」

「でもこんなことで願いが叶うなら努力っていらないよね。今日もお願いしに来たんじゃなくて兄ちゃんが心を入れ替える機会になればと思って連れて来たんだよ」

「脳内お花畑から突然ファンタジー全否定の現実的思考に切り替われると流石の兄ちゃんもついていけねぇ……」

「ネタバレするけどお母さんに連れてってあげてって頼まれたからなんだよ?」

「美談が音を立てて崩れていく……」


 感動の兄弟愛がただの虚像だったことにガッカリした。胸に大きな穴が空いた気分だ。そんな子に育てた覚えはないぞ。


「兄ちゃんに育ててもらった覚えはないよ」

「心を読むな」


 帰路中、このまま家に帰るのも勿体ない気がしてどこか寄ろうか考えていると不吉なバイブレーションが響いた。


「スマホ鳴ってるよ?」

「地鳴りだ。よーく耳をすませてみよう。ほら聞こえてくるだろう、地球の呼吸が」

「兄ちゃんはただえさえ頭おかしいんだから友だちは大切にしたほうがいいよ……?」

「出ます出ます」


 二渡鶴からの電話だった。


「もしもし。こちらシエラレオネ日本国大使館です」

『あ、すいー? あけましておめでたー! 鶴だけどー』


 渾身のジョークを完全に無視された。あのアリナでさえ多少なり反応してくれるのに二渡鶴は残酷にも切り捨て、生き甲斐とも言えるジョークを新年早々否定したのであった。


「あけましておめでとう。さっきの自撮り写真どうもありがとう。家宝にします」

『あは。アリナすっごく拒否ったんだよ! しょうがないからしがみついて撮ったんだぁ』


 恥ずかしいからやめなさいとアリナの声が混じった。どうやら二人は一緒らしい。

 個人的な話中にも関わらず宇銀は爪先立ちで、頭を傾けて興味津々に盗み聞きしてきた。あさっての方向に首を回して逃げようとしたが両手で頭頂部と顎を鷲掴みされ、真下に力を加えられる。身長差を埋めるため俺が強制的に中腰で歩くはめになった。ダーウィンの進化論の途中過程にいる類人猿みたいに。

 市民の好奇の目がとても痛い。ママ、帰りたいよ。


『ね、ね、私とアリナどっちが可愛かった?』

「紳士をからかうものじゃありません」

『当然アリナだよねぇ? 浮気はダメだよ?』

「俺の想い人は赤草先生だ」

『だって、アリナ! 赤草先生好きなんだって!』


 心底気持ち悪いわと幻聴が聞こえた。

 幻聴として処理されたのは赤草先生が侮辱されたと脳が判断し、瞬時に七百通りの暗殺手段が脳内を駆け巡ったため理性が危険と判定したことによるブレーキがかかったからである。つまり赤草先生侮辱罪による死刑判決を寛大なる我が魂がアリナを見逃したのだ。


「それで、何の用だ」

『あ、そうそう。今どこにいる?』

「駅前だが」

『おや? もしかして近くに?』

「マジかよ。逃げるぞ、宇銀」

『待って待って! アリナをナマで見たくないの!? 生アリナだよ!? 信じられない! この非国民!』

「見たいわけ――」


 切実にお目にかかりたいよぉ……。

 しかし宇銀に奴らと会わせるわけにはいかない。教育上悪影響だ。というか宇銀が奴らと同じ色に染まってほしくない。


『あーあ。一生に一度かもしれないチャンスを逃しちゃうんだ」

「俺は……! 断じて見たいなどッ……!」

『残念だね〜。ね、アリナ。アリナのこと嫌いなんだって』

『そう。ずっとそう思ってたのかしら』

『ひどいよね。きっとアリナのことをだましてたんだね』

『そうね。濃硫酸風呂の刑だわ』


 恐ろしいサイコホラー劇場となりつつある会話を止めるため、俺は勇気を振り絞った。


「み、見たいどす。アリナさんの着物姿、見たくて泣きそうどす……」

『もうっ。ツンデレなんだから! そういう気持ちは隠さず言えばいいのに! 書店付近で落ち合おうね!』


 悔しくなった俺は復讐することにした。会話の主導権を俺が奪い返し、二人をもじもじさせて、赤面させる側に立たせてやる。そこでトロけた顔のアリナを写真に収めれば大勝利だ。精神攻撃を受けた時に毎度そのトロトロアリナを召喚すれば無条件降伏させることが出来る。完璧な作戦に俺は震えた。パーフェクトすぎて震える。


「兄ちゃんってツンデレなんだね。すごく殴りたい気分」

「訂正しなさい。彗お兄ちゃんは大真面目で優しい人なんだよ?」

「うへえ。誘拐犯っぽい」


 疑問に思ったのだが宇銀もついてくるのか? 全く帰る素振りを見せないということはそういうことなのか? まさかの三対一か? 


「宇銀、帰らないのか?」

「一人で帰るの怖いよぅ」

「よし。兄ちゃんと行動しようか」

「やっぱチョロい。アリナさんと鶴さんに会ってみたいからついていってもいい?」


 そう言って上目遣いで懇願した。

 もともと拒否権のない俺にノーを突きつけることはできない。だから妹のワガママに仕方なく「オーケー」を出した。

 早く常任理事国になりたいと思った。

 俺にも拒否権をくれ。

 

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