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毒舌少女のために帰宅部辞めました  作者: 水埜アテルイ
第5章 あなたと回顧する物語
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忘年会

 駅前のとあるベンチで凍えていると真琴がやっと来た。あと五分遅かったら氷漬けになっていただろう。そして氷河期のマンモスたちみたいに何千年後かに新たな知的生命体に好奇の目で見られるわけだ。

 俺は立ち上がった。

 

「よっす」

「寒くて死にそう。さっさと行こうぜ」

「そうだね。皆もう集まってるかな?」

「鶴はいるだろうな」


 駅前付近の飲食店なのでここから歩いて数分の距離だ。十七時から開始で、時間厳守の俺は一五分前に行くことにした。ちょうど一六時四五分に到着の計算である。


 くだらない馬鹿話をしながら歩いているとあっという間に店に着いた。

 ドア前で靴裏の雪を落として入店した。


「いらっしゃいませ! お客様は何名様ですか?」

「『二渡』で予約していた者ですが」


 店員は予約表に目を通して二渡の文字を見つけるとすぐ俺たちを案内した。

 通された席には既に鶴とアリナが座っていた。

 

「もう来てたのかよ」

「私が幹事だもん」

「お金」


 鶴は予想通りいたがアリナは予想外だった。

 アリナはお金を渡さないと俺たちと一言も話さないと言わんばかりに手を差し出してきた。何だよこいつ。課金しないと喋らないタイプのAIかよ。面倒だな。


「はい、俺と真琴の分。確かめてくれ」


 どうやらアリナは会計係のようだ。彼女は「はい、確かに」と呟き、受け取った。

 期待していたアリナの私服だが意外と普通だった。乳白色のセーターにジーパン。水族館の件で見た奇抜なファッションが嘘のようにごく自然だ。まぁセーターの魅力である身体のラインを強調する性質はグッドだが。やべ、表情が険しくなり始めてる。

 驚くべきは鶴の方である。血飛沫のような模様と乱雑に書き殴られた英語が目立つパーカーを着ている。アメリカのギャングみたいだ。鶴がトイレに行くときはヤクをキメるためだな。とりあえず通報しておこう。

 これ以上二人を見ているとアリナに殺されると思われたので少し離れた席に俺と真琴は座った。


「鶴って感じだね……」

「だな。マフィアの娘みたいだ」


 みんなが集まるまで俺はメニューを眺めた。誠に残念ながらソフトドリンクの覧にトマトジュースは無かった。飲み放題があると聞いていたので「もしかしてトマトジュースも?」と期待していたが世の中そう上手くいかないらしい。

 日本はもっとトマトジュースを推すべきだ。コーヒーという炭を水で溶かした液体や紅茶というお茶に砂糖をぶっかけただけの液体よりトマトジュースの方が健康にもいいし、味も良い。

 そんな俺の心境を揶揄するかのように真琴は「スプライト飲み放題だってよ!?」と嬉しそうに俺にメニュー表を見せつけてきた。俺がトマトジュース愛好家であることを彼は忘れたのであろうか。そうだ、忘れたのだ。だから絶望する俺に追い打ちをかけるかのようにメニュー表のソフトドリンクを指さすのだ。

 幻覚が見えそうなレベルで怒り心頭になってきていた俺は、本当に幻覚を見た。眼前にトマトジュースがスケーターの如く現れたのである。俺が愛してやまない缶が颯爽とスライドしてきたのだ。


「好きなんでしょ?」


 アリナがお札を数えながら呟いた。

 俺は一瞬、日羽アリナがギリシア神話のオリュンポス十二神、女神アプロディーテーに見えた。有象無象のアリナへの不満が蒸発し、畏敬の念だけが心に残った。俺は手を組んで感謝した。


「女神よ、ありがとう……」


 真琴は人目を気にして他人のフリをした。アリナと鶴は完全無視して二人でお喋りし始めた。この世界は敬神すら許されないらしい。

 


 

 続々と人が集まり、一七時になる頃にはもう全員が揃っていた。

 人数にして十四人。主に俺とアリナのクラスメイトだ。各々好きなドリンクを注文し、全員分が揃ったところで忘年会が始まった。ちなみに俺が頼んだのはグレープフルーツジュースである。疲労にいいんだぞ。

 鶴がグラスを手に立ち上がった。


「今日は集まってくれてありがとう! みんなは冬休みをいかがお過ごしですか?」


 寝て、テレビ観て、宇銀とじゃれる。その無限ループだ。

 

「きっと存分に楽しんでいると思います。隅っこにいる彗くんは寝て腐る日々しか送っていないでしょうが」

「そんなわけないだろ。一昨日なんかオーストラリアの砂漠で木を植えてきたぞ。アボリジニの方々と踊ったりもしたわ。充実しすぎて爆発しそうだ」


 一昨日は宇銀と将棋していた気がする。ボロボロに負けた記憶もある。


「かんぱーい!」


 もういいよ、乾杯。

 カチャンカチャンとグラスの鳴る音が忘年会のスタートとなった。

 肉が運ばれてきたので早速俺はトングを使い、網に並べていった。


「あ、彗、俺も手伝うよ」

「あざす真琴。そっちの野菜も入れてくれ」


 俺と真琴の回りには新聞部部長の麻倉斗真、美術部部長の宮崎慎司、茶道部員の目連玄都。男五人で固まっている状態である。新聞部、美術部、茶道部、バドミントン部、帰宅部のプロフェッショナルの集まりだ。

 

「来年で高校生活も終わりかあ……」


 じゅくじゅくと焼ける肉を眺めながら哀愁漂う声色で慎司はしみじみと呟いた。


「最後の一年だな! そういや進路ってみんなどうなってんの!?」


 斗真が変わらぬ元気で問う。


「僕は美術系の大学に進むつもり。来年は受験で忙しくなりそうだなぁ」

「俺も受験だ! 将来はメディアに関われる職につきたいからな!」

「人文学部かな。茶道は関係ないけどね」

「俺は調理師目指して専門学校かな?」


 それぞれ未来を見据えて進んでいるようだ。俺はやりたいことも目指していることも決まっていないので彼らが羨ましかった。


「彗は?」

「取り敢えず親には大学に行くよう言われているから理系に進むつもり。将来のことはまだ決められていないな」

「まぁ焦ることもないでしょ。大学に行ったらさらに道も開けるわけだし」

「そうであることを願う」


 肉がいい具合に焼けたので男グループは箸で突き始めた。みんな「美味い美味い」と口ずさんで肉をどんどん口へ運ぶ。畜生、トマトジュースがあれば最高なのに……と思った矢先、先ほど女神アリナ様から貰ったトマトジュースを思い出した。

 プシュッと空気が漏れる音とともに微かに漂うトマト臭。ふぅ、鼻腔が狂っちまいそうだ。一口啜り、全身が痺れた。


「ウマイッ!」

「凄いなぁ。彗はそれ好きだよね」

「死ぬまでやめられん」


 気分が良くなったついでに真琴に小声で囁いた。


「流歌の隣に座らせてやろうか?」

「えっ!? む、無理でしょ! もはや隣、女子会じゃん」

「問題ない。今の俺は何でもできる」

「不安でしかない……」

「信じろ」


 俺は真琴の返答を待たずして考え始めた。

 はっきり言おう。状況は厳しい。シート側に俺と真琴。椅子には慎司、斗真、玄都。真琴の隣には女テニ部長の柊結梨、波木白奈、宮中蘭、流歌となっており、真琴と流歌の間には三人の肉壁(障壁)があるのだ。これを取り除かねばならないので難易度が高い。

 自然な流れで二人をくっつける方法を考えるんだ、榊木彗。今のお前は七桁の掛け算も暗算できるし、最大五十人の声を聞き分けて返事をすることもできるくらい頭が冴えている最強のコンディションだ。この状態なら高校生クイズで優勝も夢じゃない。

 そして天啓にうたれた。

 俺は缶を手に持ち、真琴に声をかけた。


「ナンパしてくる」

「え?」


 俺は立ち上がって真琴を乗り越え、グルリと迂回して流歌の隣へと詰め寄り、座った。突然の俺の来訪に女子たちは汚らしい害虫を見るかのような目で俺に視線を向けた。


「やぁやぁ流歌ちゃん。今日も君の日本美人は健在のようだね」

「……ありがとう?」


 察しのいい流歌は俺の意図を掴みかけているようだ。流石だぜ、三森流歌。他の女子とは違うぜ。特に俺の眼前にいるアリナとはな。見てみろよ。まるで犯罪者と対峙する検察官みたいだ。

 俺は言葉を続けた。


「流歌ちゃんの好きな食べ物って何なのかな? 今度お店に連れてってあげるよ?」

「……? 食べ物?」


 この質問は意味不明すぎたか。ダミーの質問だが混乱させちまったか?


「ちょっと彗。流歌にナンパして何なの?」


 真面目ギャル鶴が俺に物申した。よし、いいぞ。もっと言ってくれ。


「Wait、鶴くん。俺は流歌ちゃんと話してるんだ。引っ込んでてくれないか? 外野で球拾いでもしててくれ」

「お肉が美味しくなくなるから消えてくれないかしら。細胞レベルで」

「アリナくんも放っておいてくれ。流歌ちゃんと見つめあってお話しがしたいんだよ」


 すっげえ、本当に何でもできる気分だ。


「もう。ねぇ真琴ー。彗が流歌を取ろうとしてるよー」


 キタキタ! ナイスだ鶴! この流れは真琴が俺と場所チェンジのパターンだ!

 しかし真琴は本気で不機嫌になっていた。彼も女子たち同様、排他的な眼で俺を凝視している。なるほど、抗生物質に脅かされるガン細胞たちはこんな気分なのか。


「彗。どいて」


 極めて無感情で威圧的な一言。真琴は俺にそう言い、半ば強引に俺と流歌の間にケツをねじ込んだ。


(いいんだ……これでいいんだ……)


 友のため。

 そう思えば俺が「公共の敵」として扱われてもへっちゃらだ。

 自分の席に戻ると意外にも男グループからは励まされた。しかしなぜか皿は肉でてんこ盛りにされていた。


「彗はよくやったよ……」


 慎司が同情心一杯の声で俺の肩を叩いた。斗真は俺に握手を求めた。玄都は烏龍茶を俺に持ってきてくれた。


「ありがとう……ありがとうみんな……」


 世の中捨てたもんじゃないな。こんなにも友情で胸が熱くなるなんて素晴らしきかな、この世は。


「ガチきも」


 アリナは吐き捨てるようにそう言った。

 

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【リメイク版・毒舌少女のために帰宅部辞めました】
わたしの愛した彗星

【書籍化作品】
JKマンガ家の津布楽さんは俺がいないとラブコメが描けない

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