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毒舌少女のために帰宅部辞めました  作者: 水埜アテルイ
第4章 あなたの変遷の物語
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無限トマトジュース

〈深紅のハットにサングラス。太腿丸見えショートパンツ。前のボタンを開けた乳白色のコートを着た女がお前に近づいてくる。そしたら写真を頼め。快く引き受けてくれる。ちなみにその少女は大食い系毒舌少女・日羽アリナだ〉


 その文章を真琴に送った。すぐに了承の返信が来たのでアリナに伝えた。


「よーし。アリナ、OKがでたぞ。さりげなく、本当にさりげなく真琴の視界に入るよう近づいてこい。そうすりゃ声をかけられる」

「面倒ね」

「頑張ってくれ! 俺が行くと流歌に見破られるからお前が頼りなんだ!」

「はいはいはいわかったわかった。行ってくるわ」


 もう一個口にガムを放り込んでアリナは歩き出した。堂々とした雰囲気を背中から漂わせ、アリナは右手を高く上げて拳を作った。なんだあいつ。俺並みの変人じゃねぇか。あんな人は僕知りません。他人です。

 カップルから少し離れた場所で観察する。彼らはペンギンエリアにいる。

 高低差のない場所だから高い位置から観察することができないので、バレないよう気をつけながら動向を見守った。

 アリナはするすると一般人たちの間を抜け、ターゲットとの距離を詰める。見てるこっちも心拍数が上がるほどドキドキしてきた。スパイの如く自然に近づいていくのだ。MI5(軍情報部第5課)のスパイなのか?

 遂にアリナは真琴の目の前を通り過ぎた。真琴は雷に打たれたようにビクついて声をかけていた。

 ドギマギしながらアリナに何かを言っている。それに痺れを切らしたようにアリナは真琴のスマホを奪って構える。流れ作業のようにアリナは仕事を終え、すぐ帰ってきた。あっという間だった。

 なぜかどや顔をしていたのでつっこんでやることにした。


「すげードヤ顔」

「だってあいつ私を見て飛び跳ねる勢いで驚いて、声をかけるか躊躇ってたのよ。いじらしかったからこっちから声をかけてやったわ」

「事前にアリナが来るとネタバレしといたんだけどなぁ。これで印象を覚えられてしまったからもうアリナは召喚できなくなっちまった。ハプニングなしでお願いしますよ真琴くん」


 ということで俺は真琴にメールした。


〈何が起きても二人で解決しなさい。絆を深められる機会になる〉


 よし。これである程度は自分たちで解決できるだろう。

 もし人を必要とする助けを呼ばれたらあと一回しか使えない。もちろんそのラストカードは俺だ。頻繁に我々を使うことはないだろうが極力抑えてもらわないと流歌にバレる。監視されてるなんて知ったら不快に思うだろう。

 

「後は適当にぶらついていよう。無事を祈りながら、幸福を祈りながら」







 人生でスイーツ食い放題の店にまさか訪れる機会があるとは思いもしなかった。

 水族館を出て暇つぶしできるところをアリナに訊くとこうなった。


「え……ここ俺が入ってもいいんですか?」


 ちらっと店内を覗いて、お客の圧倒的女子率に戦慄した。女子高生に女子大生にOLにもう女の子いっぱいだね、はい。明らかに俺の知る世界じゃない。甘い香りが漂うこの空間に同席しろと言うのか。なんて残酷なんだ。もう少し男性ホルモンを増やしてくれよ。


「気にすることないわ」


 いや気にするんですよ。これ、女風呂に侵入するレベルだからな。店員も女子、お客さんも女子でここは男子禁制なのかどうかの確認を取りたいくらいだ。

 どれだけ心の中で叫んでもアリナには1バイトも届かず、結局気づけば席に座っていた。自分を包む空気が異質すぎて落ち着かない。助けて、真琴。

 

 食べに食べるアリナにどん引きしながらも俺は次第に慣れていった。並んでいるスイーツがうまい。種類が豊富でどれを選べばいいのかわからないからアリナに全部任せているのだが出てくるもの全てが美味い。

 極めつけはサービスのトマトジュースである。そう、トマトジュース飲み放題である。素晴らしすぎて血の涙を流しそうなくらい感動している。アリナに「ドラキュラか」と言われても気にせず俺は飲み続けた。美味いんだからしょうがないだろ。

 アリナは依然と食い続けている。胃袋にブラックホールでも飼っているんだと思う。


「よく食うなあ」

「食べる子はモテるのよ」

「二回目だ。お前の口からだと説得力があるかもしれんが学校じゃそんな食ってないだろ」

「そうね。だから辛いわ」

「食わないのか?」

「高校ってそんな雰囲気じゃないでしょう?」


 小休憩ごとに何かを口にしている奴は確かにいないな。いたとしても好奇の目をされそうだ。なんだかんだでこいつも人目を気にしてるんだな。

 

「なんか今日は食ってばっかだなぁ」

「図体でかいくせに大食いじゃないのね」

「燃費がいいんだ。エコボディ」

「私の燃費は最悪ね。地球の敵」


 そんな調子で話し続けて九十分が経過して食い放題終了となった。俺は最後の方はトマトジュースを啜りながらアリナを観察することに専念していた。よく食うなぁよく食うなぁと定期的に呟きつつトマトジュースのおかわりをする。アリナは常に何かにフォークを突き立てて口に運んでいた。

 店を出て外気を肺に満たす。甘い匂いを嗅ぎすぎて鼻が壊れる寸前だった。ひんやりした空気が体に染み渡る。

 

「もう何も起きないと思うから解散にするか」

「あんたがそれでいいなら解散するけど彼らに一報くらい入れたら? 私たちのこと気にしてはいると思うわよ」

「そうだな。メールしとくわ」


 夕暮れにもまだなっていないのでまだ彼らは街を回るだろう。早い退散に少しは驚くかもしれんが自分を乳離れする赤ん坊だと思って律してくれ。

 文面を考えながら入力していると俺の裾を引っ張ってアリナが俺の背後に隠れた。


「突発性人見知り症候群ですか?」

「違うわよ! 正面! 二〇メートルくらい先!」


 だいぶ人が多いので人か物か、何を指しているのかわからない。俺は目をすぼめて正面の景色をひたすら細かに視る。でも行き交う人々で混沌としているのですぐ諦めた。


「アリナさん。わたくしめにはわからんどす」

「バカ! 近づいてきてるじゃない! こっち来て!」


 逃げるように俺を強く引っ張る。でもその謎の正体に対する好奇心が膨らんだ俺は力尽くで留まって解明しようとした。


「どこだどこだ~」


 そして一人の少女と目が合った。

 あの太陽でさえウズラの卵のように小さく見えるほどこの広大で神秘的な宇宙の中で、俺と波木白奈の目が合った。奇跡だと思う。そんなくだらないことを考えているやいなや白奈は口をまん丸く開けて俺を指さす。偶然に驚いているのだ。そして人混みからテニス部部長の柊結梨、宮中蘭が現れる。二人とも俺に気づいた。

 そういうことですか、アリナさん。確かにこれはまずい。私服姿のアリナとタキシードの俺が二人で休日に行動を共にしている。特に俺の姿が意味不明だろう。なぜタキシードなのか。正直、それは俺もわからない。だがあの三人組がどう思うかは手に取るようにわかる。


 『日羽アリナと榊木彗がデートしてる』


 普通で平均的である程度一般的な道徳観念をお持ちなのなら自然とその推測にたどり着くはずだ。俺でさえそう思う。

 白奈たちがこちらに近づいてきているが俺はスローに見えた。きっと脳味噌が金切り声を上げて言い訳を検索しているのだろう。

 助け船のアリナはというともう全てを悟ったかのように受け入れる覚悟を決めているようだ。つまり、ただ立ち尽くす銅像と化している。

 それでも俺は諦めない。俺とアリナは別にデートしているわけではなく単に真琴流歌カップルの監視をしているのだとストレートに伝えればいいのだ。心に火をともして熱い言葉で訴えればわかってくれる。

 それでも疑うのなら俺と真琴のメールのやり取りをみせてやろう。それに後ほど真琴からも協力を依頼すれば身の潔白を証明できる。大丈夫だ、俺は勝てる。そう自分を奮い立たせてアリナに一声かけた。


「勝ったぞ、アリナ」

「意味不明よ……」


 おっしゃるとおり、意味不明だ。アリナの立場なら俺もそう返す。

 白奈たちがとうとう我々の前に立ちふさがった。


「あれ、もしかしてアリナさん?」


 白奈は俺を無視してアリナに声をかけた。サングラスをしてもバレてるようだ。これじゃあ流歌にバレてるかもしれんぞ。


「ええ」


 ハリウッドスターのようにアリナはサングラスを上品に外す。


「やっぱり! アリナさんスタイルいいから風貌でわかっちゃうよ」


 嬉しそうに白奈は笑顔を作る。しかし傍にいる結梨と蘭はニヤニヤしながら俺を見ている。俺は数十秒前のアリナのように銅像と化して無心になった。なにも、かんがえない。なにも、オイラ、ニンゲン。トマト、スキ。


「彗、その格好何? どうしたの?」

「……」

「ちょっと彗くーん。生きてる-?」

「……」

「おーい」

「……」


 結梨は榊木彗の生死確認、蘭は榊木彗の腹をドスドスと殴る。だが無心を保ち続けた。俺は無限遠方の彼方に視点を固定し、夜になれば現れるであろうアンドロメダ銀河を想像しながら宇宙の壮大さに感動している最中だ。

 昼間の空は青い。夜間は真っ暗。なぜ宇宙は漆黒なのか考えたことはあるだろうか。三百六十度どこを見渡しても真っ暗でどこまでも黒い。なぜなら宇宙は限りなく真空であるからだ。光がモノに当たり、反射して我々の目に届いて初めて色を感じ取れる。

 宇宙には真空に近い空間ばかりなのでどこまでも直進し続け反射しない。では宇宙の果てでは反射しないのか。果てが存在していたらもしかしたら地球にも届いているのかもしれない。けど届かないということは、そもそも果てがないからなのかもしれない。

 加えて宇宙の膨張速度が光速以上であるから光は果てがあるかどうかも我々に伝えることも出来ないのだ。全く恐ろしい。我々はなぜ存在するのだろう。なぜ宇宙は我々を無視してどこまでも広がるのだ? その外に、いや境界線自体あるのかもわからないが、何があるのだ。そもそも在るとは? どうして世界は在る、のだ? この究極的な問いはいつか回答が出るのだろうか。


 気づけば俺は一人になっていた。

 アリナも三人組も消えて、俺は一人立っていた。

 携帯を確認するとアリナからメールが届いていた。


〈先に三人と帰るから。あんたは精神科に行ってから帰りなさい〉


 どうやら彼女らは帰ったようだ。帰ると言ってもまだ午後三時だから寄り道するだろう。

 特にすることもなくなった俺はトマトジュースを自販機で二本買い、帰ることにした。

 一本は俺、もう一本は妹へだ。


 宇宙は――深いぞ。

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