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毒舌少女のために帰宅部辞めました  作者: 水埜アテルイ
第4章 あなたの変遷の物語
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むかしばなし

 食べ歩きを続けながらもしっかり監視するアリナに感謝しつつ俺は水生動物たちを眺めた。色鮮やかな魚やひっそりと穴の中からこちらを見つめる細長い生物などなど多種多様で面白い。高校生になっても行ってみるもんだ。

 

「おいアリナ。これお前に似てるぞ」


 俺はスイホウガンという名前の魚を指して言った。一見金魚に見えるが両頬が風船みたいにぷっくら膨らんでいる。間抜け面だ。


「これのどこが私に似てるのよ」

「怒っているお前にしか見えん」

「あら。でも可愛いから許す。あんたはこれね」


 アリナがつんつんとガラスを指さす。しかしその方向には魚類も甲殻類もいない。タコでも擬態してるのかと思い目をこらしても何もいない。敷き詰められた砂にエビが歩いているだけだ。


「どこに俺に似た生物が?」

「この水草よ」


 なるほどね。そりゃわからないわけだ。草ですか。リアクションできませんよ、アリナさん。

 



 真琴流歌カップルとはいうと巨大水槽にいるようだ。


「ちょっとあんた! あの二人手繋いでるわよ! 笑える!」


 巨大水槽の迫力に圧倒されている俺の隣でゲラゲラとアリナは笑っている。


「どれどれ見せてみ」


 俺はアリナに貸していた単眼望遠鏡を奪い返して覗いた。本当に二人は指を絡めて握っている。思わず「ひゃあ」と俺は声を漏らした。

 見てるこっちが恥ずかしくなるくらいの熱い繋がりだ。このくらい幸せなのなら神様も悪いことは吹っ飛ばしてくれるだろう。

 俺たちの存在は彼らにとって邪魔になると思った。彼らの視界に入っていなくともだ。重々しく例えるなら二人の世界に不正介入しているウイルスだな。

 

「アリナ。こっちこい」

「ちょっとちょっと私の手を掴むなんて、国家資格がないと許されないわよ」

「お前の手は将来価値が出そうだが今はただの肉塊だ。ほれ行くぞ」


 スルメを嚙んで動こうとしなかったのでしょうがなく手を引いた。

 俺はとりあえずフードコーナーに退避して休憩することにした。小さい頃に戻って興奮したので疲れたのもあるけれどあのカップルのためでもある。電話があれば駆け付ければいいんだ。

 俺はナポリタン、アリナは山盛りのクリームパンケーキを頼んだ。

 しばらくするとその細い体のどこに収納するんだと言いたいくらい、山盛りクリームのパンケーキが出てきた。アリナはナイフとフォークで食い始めた。


「すげぇな。世の中にはそんなとんでもないスイーツがあるのか」

「よく食べるわよ。おいしいもの」

「一日お前を見て、日羽アリナは大食い系毒舌少女であるとわかった」

「よく食べる子はモテるのよ」

「いい機会だからお前に関するモテ話をしてやろう」

「面白そうね。無様な話を聞けそう」


 他クラスでも同様、俺のクラスでもアリナの人気はカルト的である。アリナの毒舌っぷりと氷山のように厳しく残酷な性格が合わさることで彼女は近寄りにくいオーラを放っているが、みんな彼女の美貌に酔いしれ、ついつい千鳥足になって近づいてしまう。これが男子生徒における恋に落ちる基本的な流れだ。

 彼女に愛を告げる者が後を絶たない。そんな者たちの一部始終をよく見かけるのだ。その話である。


「最近、何回くらい告白された?」

「なんか私が安っぽい女と勘違いされそうな言い方ね」

「安っぽいなんて思ってないから安心したまえ」

「ふん。そうねぇ、七回、くらいだったはず」

「ほえ~次元が違うなぁ。じゃあ話そう。俺たちが高校二年生になったばかりの頃だ。高校生活に慣れて中堅の高校生になるころにはもうアリナの話題は凄くてな。『美女がいる!』『可愛すぎ!』『どこのアイドル所属だ!?』だなんて騒ぎ立てていた中、俺のクラスのとある男子生徒もお前に夢中だった。ちなみに真琴じゃないぞ」

「ふ~ん。もぐもぐ」

「待て待て。これから面白くなるんだ。で、彼もついに告白すると心に決めた。俺たちはこれから戦いに出る兵士を見送る家族のように背中を叩いて応援してやったもんだ。ついつい俺は気になって彼の戦場へと覗き見することにした。数人の友人とな。戦場は中庭のベンチだった。薔薇園創設以前、お前がよく目撃されていた場所だ。ちなみに俺が持ってきている単眼望遠鏡はそのときも活躍した。望遠鏡でも君らが何を言っているのかはわからなかったがまあ結果は撃沈だと誰もが告白前から確信していたからいつも通り励ますことにした」

「覚えてないわよ」


 パンケーキは見る見るうちに減っていった。すげぇ食うなぁと思いつつ言葉を続ける。


「戻ってきた彼を俺たちは温かく迎えてやったんだが開口一番予想もしていなかったことを言った」

「死にたい、とか?」

「『あまりの美しさに何も言えなかった』だとさ。一方的にお前からあーだこーだ言われてたようだが耳に入ってこなかったそうだ。ただひたすら放心状態で日羽くんにうっとりしてたんだと。アホなのか悟りを開いたのかわからんが。

 あの中庭で繰り広げられたお前たちの珍劇。一方はギャーギャー喚き、もう一方は耳に目蓋を作ってお前にうっとりしてたんだ。もう死ぬほど笑った。俺らが『あいつめっちゃ真剣な顔してるけどどうしたんだ!?』って遠くから心配してたのがアホみたいに思えた。ホント思い出すだけで腹壊れそう。その後、そいつはどうなったと思う?」

「パンケーキおいしい〜」

「絵を描くことを志したんだ。芸術に触れたくなったんだと。しきりに絵を描くようになったから見せてもらうといや~これが日羽くんそっくり! その後、彼は美術部に入部したんだぜ」

「えっ、もしかして前に美術部に行って私をモデルにしたときにその人も……」

「当然いた。超上手かったから笑いこけそうになった。すげぇよなぁ。知らず知らずのうちに日羽アリナは一人の男を変えたんだぜ」


 アリナは眉をひそめて「うへ~」っと舌を出した。いかにも不快そうなリアクションだ。

 俺はナポリタンを食べ終え、アリナもあと一口というところで次はアリナが話し始めた。


「じゃあ次は私が面白い話をしてあげるわ」

「どうぞどうぞ」

「これも私のモテ話になるのかしら。1年生の頃よ。何かの授業が終わって、次の授業が始まるまでの小休憩。気づかぬうちに私の傍にとある男子生徒がいたの。多分他クラスだわ。面倒だから無視していたのだけどいきなり手首を掴まれた」

「稀に見る行動力のある変態だな」

「結構力強く握られたから吃驚してそいつの顔を睨んだわ。そしたら『結婚を前提にお付き合いしてくれませんか』って。流石の私もこれまでにないパターンに唖然としたわ。すぐに手を払って『消えて』と言ったのだけど名残惜しそうに立ち去らなかったのよ。マジで社会的に消してやろうと思ったわ。でもある男子が近づいてきて追い払ってくれたの。いい人もいるもんね、と感心したわ」

「おお。ヒーローじゃねぇか」

「後日、そのヒーローからも告白されたわ。彼の名誉のために結果は伏せとくわ」

「なんだそのオチ……救われねぇ」

「そうね。私と関わると救われないわ。ふふ。みんな不幸になるといいわ」


 残りの一口をひょいっと口に放り込んで笑みを作る。サングラスで隠れた大きな目も笑っていることだろう。

 俺とアリナは再び立ち上がってあのカップルを探すことにした。まだ水族館からは出ていないだろう。特に必死になることもなく俺らはぶらつくことにした。アリナはガムを嚙みながら歩く。こいつは何か食ってないとダメな生命体なのだろう。もうツッコミを入れるのはやめた。

 しばらく歩いても見つからなかったので焦りを感じてきた。このままでは何かあったときやばい。 

 

「これ完全に見失ってるわよね」

「だな。水族館にいるかも怪しくなってきた。これはやべぇ」

「電話でもしたら?」

「不自然すぎる。それに信用を失ってしまう」

「あんた営業マンみたいね」


 するとメールが来た。


「真琴からメール来た」

「すごい。あんたたちテレパシー使えるのね」

「あいつより美女と波長が合えば万々歳なんだが……どれどれ。『助けて』だと?」

「死ぬの?」

「いや死にはしないだろ。返信ついでに正確な場所を聞き出す」


 数秒後に返信が来た。


「あ~なるほどそっちね」

「で、どんな救援要請?」

「写真を撮ってくれ、だそうだ」

「期待して損した。はい、死刑」


 通りすがりに頼めばいいだろと思ったが、客は家族連れやカップルが多いので頼みにくいのだろう。


「じゃあ行くぞ。それと写真はお前が撮れ。サングラスにその格好だとまずバレないからな」

「面倒ね。まあ時給三〇〇〇円と考えれば安いわね」

「俺は絶対払わん」


 助けて、の文字に悪い予感がしたものの可愛い内容でよかった。面倒ごとは俺もごめんだ。


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【リメイク版・毒舌少女のために帰宅部辞めました】
わたしの愛した彗星

【書籍化作品】
JKマンガ家の津布楽さんは俺がいないとラブコメが描けない

水埜アテルイ Twitter

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