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毒舌少女のために帰宅部辞めました  作者: 水埜アテルイ
第3章 あなたが輝く物語
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棘の必要性

 放課後、今日も自由だとアリナに数時間前に言ったばかりだが薔薇園に行くことにした。

 

「はいこんにちはー」


 ドアを勢い良く開けて元気に挨拶する。


「あんた、今日は何もないんじゃないの……」

「急用ができた。まあまあそういう顔すんなよ」


 人格交代のトリガーは過去だ。

 それも彼女がよく知る人物。いい例が亜紀先輩である。写真を見ただけでも二日間人格が入れ替わっていたそうなのだからよっぽど大きな存在なのだろう。

 とても悲しいことに、アリナに想いを寄せている中村拓と顔を合わせてもなんら変化はなかった。彼は中学時代のアリナと面識があるにも関わらず人格交代のトリガーにはならなかったのは、アリナにとってそこまで重要人物じゃなかったということだ。彼にとっては悲劇でしかない。激しく同情した。

 実験的にアリナに色々と試すことはやりたくない。アリナの症状は病気に部類されるため弄くり回すことは最低の行為だ。だから強いるように交代を促すようなことはしないと決めた。アリナの精神にどれほど負荷がかかるか未知数だからだ。

 

「アリナ。もう一人の自分についてどう思う。率直な意見でいい」

「何いきなり。もう一人の私に恋してるのかしら」

「魅力的ではある。マジで」

「内臓全部出そう。気持ちわる……」


 アリナは己を両手で抱きしめて身震いした。


「率直にね、彼女は私の妹みたいな感じよ」

「年齢が低いのか? ロリコンじゃないんで場合によっては己を殴り倒さなければならないんだが」

「いいえ。ノートの自己紹介では私と同じ十七歳だったわ。でもなんとなく妹っぽいのよ」

「ほう」

「あんたの妹さん、宇銀ちゃんだっけ? その子を見てそう思ったの」

「宇銀で? 不思議なもんだなぁ」

「慕ってくれる。そんなところよ。あー恥ずかしっ。言わなきゃよかった」


 妹が俺を慕っているとは思えないが客観的にはそう見えるのだろう。今日妹に訊いてみようかな。俺のこと好き?って。命日になるけどな。

 

「じゃあもし『彼女』が自分の中から消えるとしたら?」

「それは人格が消滅して私だけになると?」

「そうだ」

「……」


 沈黙。一瞬だが深い沈黙だった。

 

「……私だけでいい」


 耳を澄まさないと聞こえないくらい小さくて細い声で彼女は言った。

 

「つまり、消えていいってことか?」

「えぇ。もう一人の私はきっと悲しみの反動で生まれた子よ。なんとなくわかるの。ずっしりと重たい何かを背負って笑ってる。スマホに残っている彼女の写真はそんな印象だった。他人から見れば元気な子に見えるかもしれないけど私にはわかる。本当に脆い子よ。だからもう眠らせてあげたい。もういいんだって、そう言いたいの」

「意外な回答に驚いてまぁす」

「腹立つ言い方ね」

「ぶっちゃけ、俺が現れなかったらどうなってたと思う?」

「そうね、多分嫌われ者のままだったと思うわ」

「別にお前は嫌われてないだろ。女子からは一部嫉妬心があるかもしれんが。男連中からは人気絶大だぞ」

「男は下心でしょ。死ね」

「俺は例外だから安心しろ。社会不適合者」

「でも遅かれ早かれ私は男からもそうなってたと思う。あんたが現れたのは転機だったのかもね」


 俺は赤草先生からもう一人のアリナが誰かに助けを求めたことを聞いた。

 もう一人のアリナはこう言ったそうだ。『もう一人の私と相性のいい話し相手を見つけてあげてください』と。その相手が俺でよかったのかは眼前のアリナの心の中にある。わざわざ問い出すつもりはない。

 でも「転機だったのかも」と言われて少しだけだが嬉しかった。役には立っていたんだと、無駄ではなかったんだとわかった。


 俺のプランは決まった。

 端的に言えばアリナがここにいたいと心から思わせることだ。

 アリナの人格交代はその場に「いたい・いたくない」という非常にシンプルで強い想いがトリガーだと思う。確証もないし、確かめようがない。でもそうとしか思えない。それが俺なりの答えだ。

 

「アリナ。明日からやることを決めた」

「次はどの部活?」

「明日になったらわかる」


 苦渋の決断だ。





 翌日。


「やあやあ」


 昼休みに薔薇園に行くと予想通りアリナがいた。もはやここにいるのは物理法則のようである。


「昨日の続きかしら」


 文庫本を閉じてアリナは対話の準備をした。至って普通の動作であるのだが彼女にとってはかつてありえなかったことである。過去なら無視してそのまま活字を追っていただろうからだ。

 

「端的に言おう。友人を作れ」

「はあ?」

「友達を作りましょう、アリナさん」

「要らないんですけど」

「うむ。その回答は予測済みだから素直に手を引こう。じゃあ何をするのか。それは普通の学校生活だ」

「あんたさ、よく馬鹿にされるでしょ」

「そうだな。産声を上げてからずっと言われてきた気がする。それにお前と出会ってからは頻度が増えた。だがこれとそれとは別問題だ。さて俺は今、普通の学校生活と言った。頭のよろしいアリナ君にはこれがどんな意味かわかるか?」

「……いえ」

「本当にわからないか?」

「なんとなくはわかるわ。でもあまり言いたくない、かも……」

「なら俺から言おう。薔薇園は解散だ」


 薔薇園の必要性がなくなった。

 二重人格、虐待、いじめ。その事実を俺はアリナと出会ったとき知らなかった。だから薔薇園という俺とアリナだけの空間で人と接する機会を得るためにあれこれやった。しかしこれは一定値に到達すると変化がなくなる。ネタ切れになって、ただこの空間にいるだけになるということだ。まさに現状だ。

 だからいっそ無くなった方がいいのだ。

 無くなっても会う機会はあるし、活動はできる。薔薇園という逃避を無くす。彼女を追い詰めるわけじゃないが今までが贅沢すぎた。

 最初は無理に友達を作る必要はないと思っていた。人間関係を無理矢理構築されても長続きするわけもないし、良い関係になるわけもない。


 しかし人生観の変化はいつも誰かと出会ったときだ。世の中にはアッと驚く過去を持っていたり、考えを持っていたり、面白い人がいる。その出会いをきっかけに心というものは少しづつ形を変える。

 俺もアリナと出会って学校生活を改めるようになったし、放課後に誰かと過ごすのも悪くないと思うようになった。自分を変えたければ人と出会うのが一番だ。


「薔薇園は、この空間はダメだ」

「どうしてよ」

「ここはただの避難場所でしかない。アリナ、俺は本気でお前たちの本望を実現させてやりたい。だからこうするしかない。人にもっと寄り添え。誰もがお前を煙たがるわけじゃないんだ。

 俺だってそうだし、鶴、白奈、真琴、生徒会、赤草先生もそうだ。みんなお前を待ってるんだ。人の心に踏み出すことは図々しいことじゃない。人は嫌でも人間の心を食べないと成長できない生物なんだ。拒絶するな、毒舌薔薇。

 人は元来繋がりを求める生き物で、どんなに人を拒絶しようが奥底で寂しがっている。誰であろうとも繋がりが欲しいんだ。反して棘を生やしても自分が辛いだけだぞ。素直になれ。素の気持ちになれ。そうすりゃお前たちは自然と答えにありつける」


 説教のつもりで言ったのだが意外にもアリナは無表情だった。そしてククッと笑った。


「それ、今考えたの?」

「台本用意しても覚えらんねーよ」

「あはは。あんたらしい」


 アリナは立ち上がってスカートはたいた。

 ふぅ、と息を吐いて彼女は顔を上げた。


「わかった。あんたを信じる」

「すまんな」

「謝る必要はないわゴキブリ」

「せめて哺乳類で例えてくれ」

「哺乳類に失礼よ」


 いつもの調子が蘇ってくる。なんだか久しぶりに高揚した。


「薔薇園はこれにて撤収。でも私たちの活動は終わらないんでしょう?」

「ああ」


 アリナはにんまりとして中指を立てた。


「なら良し。よろしく、榊木彗くん」

「よろしく、日羽アリナ」


 俺も中指を立てた。

 本当に俺らは馬鹿だなあと思う。

 でも最高のコンビだとも思った。

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JKマンガ家の津布楽さんは俺がいないとラブコメが描けない

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