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毒舌少女のために帰宅部辞めました  作者: 水埜アテルイ
第3章 あなたが輝く物語
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あなたのための本音

 職員室に入るなり、赤草先生に用件があることを述べるとすぐ先生はアリナ絡みであることを察して場所を移すことになった。

 場所は生徒指導室だった。悪事を働かない俺には無縁の場所であるがゆえに無駄に緊張した。

 

「すみません、突然で」

「いいのよ。大体予想はついてるから」

「ファッションショーの時のアリナの変化、気づいてました?」

「もちろん」


 俺はあのファッションショーの後、もう一人のアリナとの会話を先生に伝えた。お互いに自分が基本人格ではないことを主張していること、お互いもう一人のために消えたがっていること、記憶の欠落があること。事細かにアリナのことを伝えた。先生は終始真剣に耳を傾けてくれた。

 最後に俺は言った。


「アリナは病院に連れて行った方がいいんじゃないですか? 俺が関与することは明らかに悪影響だと思います。適切な治療をした方が絶対彼女のためになると思うんです」

「私も勧めました。でもね、彼女は望んでないのよ。一度そう言った時『これは私ともう一人の私の問題です。変に弄り回されたくないんです』と返されたわ」

「俺は例外になるんですかね」


 赤草先生は一呼吸置いて、不自然な間を作った。


「……これは内緒なのだけど、いい?」

「気になりますね」

「本当に口外禁止。守れますか?」

「守ります守ります」

「実はね、もう一人のアリナさんが私に頼んだの。『もう一人の私と相性のいい話し相手を見つけてあげてください』って」

「えっ――赤草先生が独断で決めたことじゃなかったんですか!?」

「そう。頼まれたから。そしてその適性があるのは彗くんだと思ってあの日、図書室まで引っ張っていったんです」


 赤草先生の気まぐれではなく、アリナの要望で俺とアリナは出会うべくして出会ったということだ。

 しかし優しいアリナは俺に対して「もういいよ」と言った。毒舌アリナは振り出しに戻ることになる。ゼロから。またあの図書室で本を読む少女に戻る。

 それはそれでアリナにとっては至福なのかもしれない。でも初めて会ったアリナは寂しさを紛らわすために怒り散らしているように見えたのだ。

 だからまた戻ってほしくないというのが俺の本音だ。無理をして眉間にしわを寄せ、自ら嫌われにいくような見苦しい姿はやめてほしい。可憐に咲く薔薇のようにいてほしい。

 

「俺はどうすればいいんでしょうか」

「正面から目を見て話してみなさい。きっとアリナさんは本音を漏らすわ。もう私は何も出来ません。あなたとアリナさんが見つけるのよ、道を。放任になっちゃうけどアリナさんには彗くんが必要です。それは確か」

「どうしてそう思うんです?」

「女の勘よ」

「このタイミングでその決め台詞ですか……」

「でもね、言葉で表現できない感覚はとっても大事よ。私はそれが真実だと思ってるから。あなたはアリナさんにとって特別な人です。感覚で、勘でわかります。確信できる。だから自分とアリナさんを信じて」


 妙な説得力を感じ取って俺は反論する気にならなかった。それこそ先生のいう『感覚』なのだろう。

 アリナと交流を深める度に不安だった。漠然と不安なのだ。そして茫洋とした気掛かりが心の何処かで俺に問いかける。


『お前は何をしているんだ』


 



 放課後はあっという間に来た。

 本来は放課後に赤草先生に相談をしようと思っていた。だが先生が以前残業に関して愚痴をこぼしていたことを思い出し昼休みにしたのだ。だからアリナに今日は何もないとあらかじめ伝えた。

 でも薔薇園に彼女はいるだろう。


「彗殿」

「どうした馬」

「もう被ってないよ。最近流歌さんからのアプローチが凄い気がするんだけど」

「おめでとう」

「もしかしてアレなのか? アレだよな?」

「そうだ、アレだ」

「俺のことが――好きかもしれない……?」

「そうだ、それだ」

「ウォォオオオ!」


 流歌の依頼には応えられただろうか。

 お淑やかな性格を自覚している流歌は、どうしても「真琴とお喋りする」という一歩を踏み出せずにいたため俺に助けを求めた。

 結果としてはどうなのだろう。教室をぐるりと見渡して流歌を探す。いた。親指を立ててグッドサインを小さく作っている。俺も呼応して親指を立てた。真琴に気づかれないように。

 真琴が流歌に気があるのかどうかは知らない。もし想いがあるのであれば流歌にとってこの上ない最高のセッティングのはずだ。さりげなく問いただしてみるか? いや、余計なお世話だな。これ以上は真琴と流歌に悪い気がする。


「彗殿。これは期待してもいいよね!?」

「いいんじゃないか? お幸せにな」

「あざーす! 彗もな!」

「俺は一生独り身だよ」


 教室を出る際、もう一度流歌に両手でグッドサインを送っておいた。


『頑張れよ。イケるぜ』

『ありがとう』


 テレパシーで会話した。

 流歌は小さく敬礼した。本当にお淑やかに。


 教室を出るなり次は鶴に捕まった。この学校は俺を薔薇園に行かせないように組織ぐるみで計画しているのかと疑うくらい中々進まない。


「彗待ったー!」

「学年トップ脳のギャルじゃん。どうした」

「妙な噂立ってるんだけど!」

「あー言うな言うな。俺は誰とも付き合ってない」

「いや、彗の恋路なんてどうでもいいんだけどね。『幻の日羽アリナ説』が出てるんだけど知ってるよね?」

「伝説ポケモンかよ」

「誰もみたことのないアリナさんがファッションショーで現れたって話! 彗もあの場にいたじゃん!」

「あー……」


 人格が入れ替わった時のことだ。事情を知らない者からすれば確かに奇妙ではあったはずだ。特に一緒に出演したモデルたちは尚更だろう。ステージから戻ったアリナが正反対の性格になっていたのだから。

 

「緊張したからじゃねーの?」

「でも明らかに別人レベルだったじゃん」

「うむ。まぁ、幻だな」

「そう、幻!」


 鶴はむすっとして不満げだ。俺が曖昧に受け答えしているのを読み取って疑念を抱いている。


「それ、私も聞いた」


 横から飛び込んできたのは白奈だった。もう数年ぶりに話した気がする。以前『過去の告白』をされてからお互い気まずかったのだがもう白奈はケロっとしている。

 しかし俺はというとやっぱり動揺した。


「ふ、二人してなんや」

「白奈も訊いたの?」

「うん。アリナさんが別人になったって」

「そうそう! ねえ、彗。何か知ってるんでしょ? 教えてよ。私も見たんだから!」

「俺はアリナ広辞苑ではないぞ。第一俺たちの勘違いということもある」


 不満げな表情がまた増えた。

 俺は嘘をつくのが苦手だと生まれて初めて自覚した。これは逃げるしかない。


「やべ。地球を救わなきゃ――」

「何言ってるの」

「ヤバいんだって。地球を救わないと。宇宙が裂ける前に膨張速度を抑えないとヤバい」

「頭おかしい」

「なんとでも言うがよい。ということで俺は地球を救う為に歩かねばならん。廊下で喋ってる暇はないのだ。さあ、お嬢さん。各々自分の放課後を有効活用するんだ」


 二人のリアクションを見る前に俺は走った。夕日が俺の背中を後押しした気がした。

 廊下を走ってはいけないがやむを得ない。アリナの事情を守るためだ。俺の生活態度にマイナスがついても納得できる代償である。感謝しろよ毒舌薔薇。

 罵倒は勘弁してくれよ。




「なんで来てんのよ、汚物」


 薔薇園に入るとすぐそう言われた。

 汚物、とダイレクトに言い放ちやがった。


「早くトイレ行って。ちゃんと大で流すのよ。体育座りだと流れやすいわ」

「もはやホラー映画だ」


 案の定、薔薇園にはアリナがいた。花に囲まれて本を読んでいたようだ。口では言わないが相当この空間を気に入っているとみた。


「あんた。今日は何もないんじゃなかったの?」

「急遽用事ができた」

「私に?」

「そうだ」


 アリナは眉をひそめた。本日三人目の不満顔、頂きました。

 俺はアリナと机を挟んで正面に座った。アリナは居心地悪そうにして、足を組んで斜めに体を向けたが、俺は依然として正面を向いたまま話を始めた。


「文化祭の時、もう一人のお前と話した」

「聞いたし知ってる」

「そしてアリナにとって俺と関わっていくことが果たして良い方向に転がるものなのかわかなくなったんだ」

「そ」

「お前ともう一人のアリナは、お互い自分のことを人生の途中で生じた人格だと思い込んでいる。だから俺はわからないんだ、もはや。誰を救えばいいのかも。そもそも救いとは何なのかも。アリナは何を望んでいるのかも。アリナにとって何が正しき道なのかも。

 正直、俺の存在はアリナにとって癌なんじゃないかと思っている。いい方向には進んでないと思う。だめだ――上手く言えん。でも本当にわからないんだ」


 アリナは黙って聞いた。嘲ることもなく、怒ることもなく、ただ穏やかな表情で耳を傾けてくれた。


「別にいいじゃない。あんたがここにいるのはちゃんと意味がある」


 思ってもみなかった言葉が出た。それに驚いて脳が思考をやめる。


「私は……寂しい女。辛い記憶と感情ばかり抱え込んでる面倒な女なの。過去が私を縛り付けて私をぐちゃぐちゃにする。だからよく覚えてないことばっかり。アルバムを見てもピンとこないし、最初は家族が他人に見えた」


 文脈がよくわからない。それに理解も追いつけなかった。

 アリナは涙を流していたからだ。一つの壁が壊れた気がした。彼女の涙はそれほど俺の心を打った。


「私、いじめられてたんだ」


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