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毒舌少女のために帰宅部辞めました  作者: 水埜アテルイ
第3章 あなたが輝く物語
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境界線の向こう

「ど、どうだった? わ、わたしの晴れ舞台」


 吃りながらアリナは髪を払い、優雅さを懸命にアピールする。

 冷や汗を垂らしながら毒舌アリナのように振る舞おうと頑張っている様子が見て取れた。ぎこちなく両手を腰に当てて大柄な態度を取り、ちらりと俺に目を合わせてはすぐ逸らす。


「綺麗だった」


 笑いそうになるのを堪えながら俺は褒め言葉を捧げた。ギャップが凄いのだ。トゲトゲしいあのアリナが顔を赤らめて照れている。もう完全に別人だ。

 すかさず亜紀先輩は俺の様子を見てツッコミを入れる。


「彗くん。もうちょっと深みのあることいいなさいよー」

「感動しすぎると人は究極の感情に辿り着くんです。それは『簡素』です。何も飾られていない純金の心ですよ。時にシンプルすぎると批判されるかもしれませんけどね。感動してますよ」

「はい、0点」

「わかりました……」


 傍にいるアリナは亜紀先輩と俺を交互に見て観察している。一人は親しい先輩、もう一人は謎の男。この二人はどんな関係なのか思索している。

 

 そしてとうとう俺は耐えきれなくなった。


「アリナ、仕事に戻るぞ」

「えっと、あっ、うん」

「すみませんね、亜紀先輩。生徒会の仕事がありまして」

「うん? わかった。じゃあね!」


 少々強引だが訊きたい気持ちが抑えきれなかった。亜紀先輩は何かを察したようにすんなり別れてくれた。


 腕章を再び付ける。

 アリナはそわそわと落ち着きがない。仕方がないか。俺が誰かなんて彼女は知らない。もう一人の自分と親しくする人。そのくらいの情報しかないのだろう。


「榊木、彗くんでいいんですよね?」


 アリナはそう呟いた。


「そうだ」

「よかったぁ。やっぱりそうだったんだ」

「なぜ俺を?」

「これ」


 アリナは一冊の小さなノートを取り出した。

 表紙には「日羽アリナ」と書かれているだけのありふれたノートだ。勉強用のノートにしか見えない。


「もう一人の私が、私のために大切なこと事をメモしてくれてるの。あんまり見せたくないけど彗くんのページなら見せてもいいよ」

「なんか恥ずかしいな」


 手に取ろうとすると彼女は引っ込めた。「だめー」と頬を膨らませて拒否する。どうやら触ってはいけないらしい。アリナはノートを開き、俺の顔に突き出した。そのページは俺についてだった。

 名前、性格、関係など細かに俺の情報が書かれている。どうやらアリナの目には「悪い奴じゃないけどイカれてる」というように映っているようだ。もはや悪口だろ。

 しかし嬉しいこともあった。


〈この人は信頼しても大丈夫だよ〉


 ページの片隅にそう書かれていた。

 なんとも言えない感情が沸き起こる。正直涙腺が緩みかけた。そう思われてたなんて微塵も考えていなかった。

 他にもよく見ると細かに書かれているところもあった。


〈私から離れない馬鹿なヒト〉

〈告白されてキョドッてた〉

〈唯一話していて面白いヒト〉

〈人を馬鹿にしないヒト〉



〈あなたを見捨てない、拒絶しないヒト〉


 最後の一文に俺は引っかかった。

 それについて考える間も無く、アリナはノートを閉じた。


「はい、終わりです」

「なかなか面白かった。そう思われているとはね」

「私もびっくりした。まさか保健室で会ったあの人が君だったなんて。付き合ってるのかとも思ったけど違かったから安心した」


 ふふーんと得意げに鼻をならす。

 俺はずっと訊いてみたかったことを言った。


「アリナは、もう一人の自分についてどう思っているんだ?」


 歩きながら、さりげなく口に出した。本気で訊いていることを悟られたくなかった。君に踏み込むわけじゃないんだ、と遠回しに表現したつもりだ。


「本当の私」

「え?」

「本当の私なの。毒舌薔薇は本当の私」


 正確に理解できない。

 無意識の自分のことを指しているのだろうか。光の届かない深海でじっと寂しく彷徨う深海魚のような自分が現れたのだと、そう言いたいのか?


「すまん、よく意味が……」

「私が偽物なの。日羽アリナの名前は彼女のものよ」

「えぇっと。つまり基本人格は君じゃない、と?」

「そう。よく知ってるね! 基本人格なんていう単語!」


 赤草先生が言っていたことは少しズレていたということになるのか?

 俺自身も目の前にいるアリナがずっと基本人格のアリナだと思い込んでいた。


「私は小学6年生以前の記憶がないの。一切ね。私に過去を教えてくれたのはアリナだよ。ノートに書き記していてくれていたの」

「ちょっと待て。だが俺の知るアリナも記憶がないっぽいぞ。中学3年生以前の記憶がないっぽいし」

「知ってる。でも言わない」

「どうしてだ」

「アリナは言って欲しくないと思うから」


 また謎が深まる。


 人は誰しも黒くて痛いものを宿している。どんな善人を自称する者でさえ、腫れ物は必ず存在する。そして時にそれは他人の心を濁すときがある。それは隠された秘密・事実が声によって伝達される時だ。

 だから人の秘密に踏み入ることは責任を伴う。人の運命を左右する力を手にし、人をコントロールできることさえもできてしまう。スポットライトの当たらない心の一部の良し悪しに関わらず中途半端な気構えで立ち入ってはならないのだ。それでも手を伸ばす者は『本気』だ。

 俺はそれに該当するのか?


「彗くん。君は私に踏み込む覚悟ってあるのかな」


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【リメイク版・毒舌少女のために帰宅部辞めました】
わたしの愛した彗星

【書籍化作品】
JKマンガ家の津布楽さんは俺がいないとラブコメが描けない

水埜アテルイ Twitter

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