気張るミルワームと嘲る薔薇
放課後が来てしまった。
白奈が二人っきりになりたいと言ってから俺は授業に集中できなかった。できるわけがない。現国の教師の髪が生えているか生えていないか思い出せないくらい。
二人っきりになって話がしたい、と訊かれたら男子高校生の九割は「告白」の二文字が浮かぶに違いない。残り一割はどうぞ精力剤でも摂取してくれ。ネット通販でな。
教室掃除中、俺を待ち受ける運命がすぐそばまで迫っていることに恐怖した。真琴は俺の心境を知らないのはしょうがないとしても、箒を股に挟んでハリーポッターごっこをするのはやめてほしい。もう我々は高校生だというのに恥を知らないのか。
ふと、俺の胸の内にある疑問が生じた。
どうして白奈からの告白が怖いのだろうか。
勿論、告白されるとは決まってないし、完全に俺の予測の話だ。しかし俺は告白されるという前提の元、薔薇園に向かうつもりでいる。それが怖いのだ。
白奈は可愛い。保護欲をそそられるような人柄なのでモテてるはずだ。彼女が告白されたとき俺は相談されたことがある。結局その時は、彼女は断ったが告白されるのだからやはり好感がもてる女子として通っているはずだ。俺の認識は間違っていない。
白奈が嫌いなわけでもないのになぜこうも避けたい気持ちが強いのだろうか。嬉しいはずなのだ。だが俺の心は「恐怖」で濁っている。
だから俺の勘違いであってほしい。
無責任な思い込みであってほしい。
電話が鳴った。
教室を掃除中なので一度廊下に出てスマホの画面を確認する。アリナからだった。
「はい、アルジェリア大使館です」
『ミルワームは不在かしら?』
「はい?」
『榊木彗という偽名もあるそうですが、本名はミルワームです。心当たり、ないかしら』
「ミルワームとかひでぇ」
『さっさとツバメに食われなさいよ』
「そっちから電話しといてその言い様はないだろ。罵倒するためにスマホを契約したのか?」
『ぴーぴーうるさいわね。あんた薔薇園行くんでしょ。綺麗にしといたから使いなさい』
「マジかよ。意外と気が利くんだな」
通話中何気なく廊下を行き交う生徒たちを見ているとよく知っている生徒が耳にスマホを当てていた。
「お前、近くにいるなら直に来いよ……」
『切るわ』
アリナがずかずかと近づいてきて俺と対面する。
「私、今日は行かないから楽しんできなさい」
「変な意味に聞こえるからやめなさい」
「さっさと行きなさいよミルワーム。掃除なら私が代行するから行きなさい」
「え、本気で言ってんのか? あのアリナが人のために自分を犠牲にするだと?」
「ほら、早く行って。このクラスをいつまで汚染し続けるの。ゾンビウイルス感染者は駆逐されろ」
「俺は毒を吐くクリーチャーかよ。毒を吐くならお前の方が得意分野だぜ」
「はいはい、ほら殺すわよ」
「行くって、行くから握り拳を作るな」
俺から箒を奪って、アリナは俺のクラスに入っていった。案の定クラスメイトは仰天していた。アリナはその反応を寧ろ楽しんでいるようで、「どこを掃除すればいいのかしら」とマジで掃除し始めた。その行動力をいつも発揮していればいいのにと思う。本にばかり集中するよりずっと輝いている。
彼女の行動を蔑ろにするわけにもいかないので俺はしぶしぶ薔薇園へと向かった。
薔薇園のある階は静かだ。
静かな理由の根本は少子化にある。年々生徒が減っているので不要な空間が同時に増える。それでも全校生徒が七百人以上いるのだからまだまだ存在し続ける学校ではある。それでも要らない階が廃墟のごとくできあがる。形骸化という言葉が正しい。
近寄らないのが普通だ。たまにトイレが混んでいてこの階に上がってくるぐらいだ。他に用のある生徒なんていない。だからこの階は俺とアリナだけが利用していると言ってもいい。
薔薇園に着いて息をのむ。
白奈はいるのだろうか。だがもう引けない。
引き戸に手を掛け、開ける。
視界に飛び込んできたのは白奈ではなく、さらに花が増えた薔薇園だった。
「あいつ、撤去したんじゃなかったのかよ!」
プリザーブドフラワーが至る所にある。以前から数は多かったが今日は一段と満開だ。
その花に気を取られて机上の紙に気づくのが遅れた。
そのA4用紙には手書きでこう書かかれていた。
『記念日は華やかでないとね』
フラットな字体でそう書かれている。
アリナだ。かなり楽しんでいるらしい。今頃ほくそ笑んで掃除をしていることだろう。
置き手紙をポケットに突っ込んで俺は椅子に座った。もうこの際このままでいい。花を隠す場所もないし、今更撤収作業をしているところに来てしまったら空気はカオスになる。全て受け入れよう。
待つこと数分。
小さいノックで俺の落ち着いていた鼓動が再び早まる。
「どうぞ」
引き戸から顔を恐る恐る覗く。白奈だ。
「うわぁ。すごい。花だらけ」
「俺もわからん。こうなってた」
「綺麗だね。これ、飾り物?」
「え、これ生きた花じゃないのか!?」
すみません、白奈さん。全て俺は知っているんです。この花が死んでいることも、なぜこの花があるのかも。
俺は嘘をつくのは苦手なようだ。心苦しくなる。
「部活は大丈夫なのか?」
「うん。少しだけだから」
少しだけ。少しだけで終わる話。
「そ、そうか。で、話って、なっなんだ?」
緊張で口が回らない。手が湿り始めている。
現実が希薄しかけているような感覚にとらわれ、どれだけ俺が高まっているかが恥ずかしいくらいわかった。
白奈は言い出しにくそうに黙る。ほんの数秒の沈黙だっただろう。でも俺には長く感じた。
彼女は俺の目を見た。俺は逸らしそうになる。でも逸らしてはいけない。
いつも以上に繊細に白奈が映った。毛先も虹彩も俺が知ってる白奈じゃないみたいだ。全部俺の思い込みだとわかってもそう意識してしまう。
ゆっくりと彼女の口が開き、白い歯が覗いた。
「テニス部の後輩がアリナさんに告白したいんだってー」
俺は椅子から盛大に転げ落ちた。
そんなの知りませーん。




