悪女の思惑
新聞部に再訪した俺とアリナは早速アリナ作の用紙を提出した。
もちろん用紙は全て記入済みである。アリナの足になって俺は配りまくった。もちろん不審者扱いされたが問題ない。別に俺がやってることはプロパガンダでもなんでもないからな。
そういうわけで俺はそれらを三日程度で回収し、集計した。集計に関しては俺が担当し、それぞれ上がった数をまとめた。完全にサービスだ。
新聞部の連中は目を輝かして鷲づかみした。
新聞部部長の麻倉斗真は俺の肩を叩きながら、
「マジでありがとう! こんなに情報を持ってきてくれるとは思ってなかったからやべえ! すげえ!」
「それなら良かった。いてえいてえ、強く叩きすぎ。ちなみにこれはアリナが作ってくれた。んで集計結果は俺担当。使ってくれ」
「うお! どんだけ奉仕してくれんの! 助かる! 圧倒的感謝!」
感嘆符を多用する斗真はその勢いが収まる様子がなく、アリナへと移る。
頬に手を当てていた彼女の右手を斗真はがっしり掴み、包み込んだ。
「アリナさん! 本当にありがとう! 君のおかげでかなりいい記事が書けそうだ!」
「そ、そう。離しなさい」
苦笑いをしているくらいなので相当ドン引いている。
斗真は、あははと笑いながら謝った。
その後俺たちは解散した。部長の斗真の興奮が収まる様子がなかったので俺たちは逃げるように帰った。
特に用もなかった俺たちはそのまま解散ということになった。
「斗真、すげー感謝してたな」
「帰ったら手の皮膚を張り替えるわ」
「お前はアンドロイドなのか?」
夕日が空を紅く染め上げた頃に下校した。
後日、校内新聞が発行された。
実を言うと新聞部の新聞を一度も読んだことがなかった。興味がないというのが一番の理由だが今回は目を通した。
俺とアリナが集計したデータがちゃんとランキング形式で記載されていた。校内の流行、職業、部活動紹介など俺たちが苦労して聞き回った情報がこうして結果として表れるのはとても喜ばしかった。
俺は早速アリナに見せに行った。アリナのクラスに入ってもほとんどの生徒は俺とアリナのやりとりを見慣れたせいか、ざわざわすることはなくなった。
アリナはいつも通り迷惑そうにしているが新聞を見て僅かだが、本当に僅かだが微笑んだ気がした。それで十分だ。アリナの心にほんのすこし色を生じさせればそれだけで意味はある。
「何よ、これ」
アリナが新聞に指をさして言った。
その記事は俺たちが入手したデータで、既に目を通した記事だ。みるみるうちに表情を曇らせるので俺はもう一度よく目を通した。で、最後の一文にこう書かれていた。
【日羽アリナ・榊木彗のベストカップルにこの記事を捧ぐ】
アリナはガタンッと椅子から立ち上がり、
「新聞部に行くわ」
「待て、ハサミは机に置いて行ってくれ。お願いだ」
「わかったわ。行くわ」
「ちょっと待て、ハサミを置いたのはいいが、彫刻刀も置いてけ。どうしても彫刻刀を持って行きたいなら新聞部じゃなくて美術部に行きましょう」
「なんだっけ、あの部長の名前」
「麻倉斗真だが」
「あさくらとうま、ね。忘れないように彼の額に名前を彫ってくるわ」
「せめてシールを貼るくらいにしてやれ。全国新聞でお前の名前は見たくない」
冗談よ、と抑揚のない声でアリナは呟いた。本気だったら相当やばいぞ。
「今日は何かするわけ?」
「いや、何も予定ないな。新聞部の案件も終わったし何か探してみるか」
そう言うとアリナは不意に俺から視線を外し、
「……あんた、後ろ」
「え?」
俺の傍に波木白奈がいた。白奈は出身中学が同じで、高1では同クラスだった。その白奈がスカートを掴んで真剣な顔付きで俺を見つめている。
アリナと白奈に挟まれて俺は戸惑った。一体どんな化学変化が起きるというのだ。
「どうした」
「放課後、二人っきりになれ、ない?」
二人っきり。それがどういう意味を持っているのか。
高校二年生。恋愛脳全盛期の女子高生。二人っきりで会う。決断したような表情。
この場合俺の勘違いは許されると信じたい。というより許してください。
「構わないが」
ああ。言ってしまった。もう止まらない。
「よかったぁ。いい場所ないかな」
「場所……場所……エリア……ディストリクト……プレイス……」
「元職員室を使えばいいじゃない」
アリナが口出しした。よりによって元職員室――現薔薇園を勧めるとはトチ狂ったのかこの女は。お前のなんとかフラワーで溢れかえったカオス状態のあの室内に行けだと?
「元職員室って、あ〜、あそこね!」
「白奈。元職員室は勝手に使えないと思うぞ」
シラを切る俺。俺とアリナの関係は極秘だ。鶴には白状してしまったがこれ以上広めるわけにはいかない。
「そうなの?」
「いいえ、元職員室に鍵は掛かってないから入れるわ。誰も近寄らないし大丈夫よ」
「そうなんだ! ありがとう! アリナさん!」
アリナはとても意地悪そうにニヤニヤしながら白奈に囁いた。どうやら楽しんでるらしい。俺にとっては今後の人間関係がおかしくなるかもしれないというのに。これが悪魔の顔です。
アリナを俺は睨みつけた。余計なことを言うなという忠告を目で訴えた。
だがアリナは握りこぶしを作り、手の甲を俺に見せつける。何を言いたいんだろうと思っていたらピンと中指を立てた。性格が悪すぎる。一度マザーテレサと1ヶ月くらい暮らしてこい。
「じゃあ、元職員室でいい?」
「あぁ……いいぞ」
「よし! じゃ、放課後ね!」
白奈は席に戻っていった。結梨と蘭は興味津々に白奈に話しかけていた。やめておくれ。
そしてアリナに向き直る。
「どうしてくれとんねん」
「いいじゃない。青春しなさいよ」
「面倒なことになるぞ……しかも薔薇園はやばいだろ……お前が持ち込んでるあの大量の花はどうすんだ」
「ちゃんと回収しとくわ」
「マジかよ。どうしてそこまで?」
「私の心がそう囁くのよ」
「……さいでございますか」
放課後がめちゃくちゃ怖いのは初めてだ。帰宅部が放課後を恐れるとは全国の帰宅部員に恥ずかしくて顔向けできない。帰宅部失格だ。救いなのは廃部届けという概念が帰宅部には無いことだ。
どうか俺の勘違いが当たりませんように。




