聞き取り調査
「よう」
「ん?」
快い挨拶を真琴に捧げ、言葉を続ける。
「インタビューしたいんだが、いいか?」
「なんのインタビュー?」
「部活とかその他もろもろ」
「別にいいけど」
「アザッス! では早速。バド部はどんな部ですか? あ、ちなみにこれ、新聞に載るかもしれんから」
「新聞に載るのかよ……なら部長の口からの方がよくないか?」
「確かに。部長が責任者みたいなもんだからな。じゃあ将来の夢とか訊いてもいいか? 憧れる職ランキングみたいなのを新聞部が求めてるらしい。協力してくれ」
「ん〜、俺の夢は料理人かな」
「え!? 意外すぎる! てっきりお前はフランス外人部隊にでも入隊したいのかと……」
「どう考えたら俺は軍人になるんだよ……」
「訊いてみないとわからないもんだな。ありがとよ」
まず憧れの職に料理人を追加だ。これはかなり訊く必要がありそうだ。集計するのだから数が多くないと新聞部側も読む側も面白くないだろう。
隣の教室に入り、結梨を捜索する。
結梨、白奈、蘭は俺を見るなり小さく手を挙げた。よし、いけそうだ。
「ハロー、テニス部女子諸君」
「あたしたちに用?」
結梨が意地悪そうにニヤケながら応答した。
「イエス。新聞部から頼まれごとがあって訊いて回ってるんだがテニス部部長の結梨姉さんにテニス部の宣伝をお願いしたい」
「え、彗って新聞部に入ったの!?」
横から白奈が目をパチクリさせて強い声を放った。
「いやいや、ただのボランティアだ。今更部活には入らん。俺とあとアリ――」
ここで俺は口が滑ったと思い、咄嗟に噤んだ。あまり大っぴらにアリナと行動を共にしているとまた余計な噂が立つ要因となりかねない。次は包丁でも持ってきそうな予感がするのではぐらかすことを決めた。
「間違った。俺とマリアナ海溝には深い関わりがあってな。深さだけに」
「は?」
「え?」
「ん?」
結梨、白奈、蘭が口を揃えて疑問符を並べた。3人共首を傾げる。その中の一人、結梨だけが不吉な笑みを浮かべていた。ヤバい。こいつ解ってやがる。誤魔化しきれていない。
「ねえ、何海溝? ねえ、マ・アリナ海溝? ねえ?」
「落ち着け、結梨。マリアナ海溝だ。マリアナ海溝は凄いんだぞ。あのエベレストがすっぽりはまってしまうくらい深いんだ。1万メートル以上ある。やべえぞ、こわいぞ」
「へえ? すごいねえ、マ・アリナ海溝?」
「結梨、違うよ。マリアナ海溝だよ」
白奈の天然に助けられた。そうだ、もっと言うんだ白奈、マリアナ海溝だ!
蘭は何かを悟って、結梨と似たような表情になった。そして蘭も口を開く。
「ううん、合ってるよ。マ・アリナ海溝」
「えぇ!? そうだったかなぁ」
「白奈、マ・アリナ海溝だよ。蘭の言うとおり」
「マ・アリナ海溝……?」
不安げに俺を見る目と期待するような目が二セット。追い詰められてもう言い訳のしようがなかったので、俺は白状した。
「あぁ。アリナと組んで新聞部でボランティア活動をしてる」
俺の一言に俺たち四人の周りにいた生徒たちも俺を一瞥した。そんなに大きな声で言ったつもりはなかった。あまり気分の良くない注目を集めてしまい、咄嗟に俺はアリナを探して、そして見つけた。彼女は鷲のような鋭い眼光で俺を睨んでいた。目からビームでも出そうな勢いだった。
「へえ? ふうん? ま、いいけどさ。じゃあテニス部の宣伝?を言えばいいんだよね?」
「はい、その通りでございます……」
俺は女子の恐ろしさを実感した。
その恐ろしさを1万字程度で書いて来いと言われれば10万字で書いて提出しよう。文庫本一冊出来上がる。
結梨の話をメモ帳に書き取りながら俺はそんなことを考えていた。なんとも恐ろしい。
報復する気力もなく、俺は人間に酷使される人工知能のようにペンを走らせた。あながち人間に対抗心を燃やすのは必然だなと思った。そりゃターミネーターも宣戦布告するわけだ。
「……って感じかな。これでいい?」
「十分だ。次は、君たち3人の憧れる職を訊いてもよろしい?」
「あたしは学校の先生!」
「わたしは、美容師かな」
「イラストレーター!」
「なるほどなるほど」
意外と被らないものだ。と言いつつもまだ真琴、結梨、白奈、蘭にしかインタビューしてないから被る方が難しいか。
一つ一つの職に「正」の一本目を引いた。
「じゃ、ありがとな。また訊くかもしれんからその時はよろしく」
「わかった、マリアナ海溝にもよろしくね」
「ちげぇ、マリア……あっ、いいんだ。マリアナ海溝だ」
結梨は俺を尻に敷く扱いが気に入ってしまったらしい。流石運動部の部長というポジションに適した性格だ。白奈と相対してる。俺はふらふら歩くような性格なので、これもまた方向性が違う。つまり俺は取り込まれたのだった。
弁解ついでに俺はアリナに成果を聞き出すことにした。三人の元を離れてそのまま不機嫌そうに読書するアリナに向かう。当然ながら好奇の目が教室内に散見された。
「ヘイ、シモヘイヘイ。成果はどうだ?」
「ない。あんたの脳味噌みたいにね」
「マジスカ。いつから俺は哲学的ゾンビのような存在に……」
「そ」
くそぉ、俺のジョークに反応してくれ。ただの頭がおかしいやつで終わってしまうじゃないか!
「じゃあ俺がお前に夢を訊いてやろう。憧れる職とかありますか?」
「……」
「え、ないのか? 俺はてっきり日羽アリナさんはヒヨコの雄雌の区別をする『ひよこ鑑定士』を目指していると思ってたんですが……」
「3日後。あんた池でザリガニの餌になってるわ」
「ザリガニを見るたびに俺を思い出してくれ。『そういえば私の為に何かと尽くしてくれた人がいたなぁ』って思い返してくれれば、あの世からお前を見つけ出して呪ってやる」
また辛辣な言葉が返ってくると思ったらアリナはぎこちなく読書に戻った。おい、まだ話は終わっとらんぞ、と話しかけるも無視される。
そしてわずかな小声を俺の地獄耳はキャッチした。
『アリナさんの為に尽くした、ってあの人ってやっぱり・・・?』
俺はハッと自分の発言を振り返り、これは地雷を踏んだと悟った。
「あああああああぁ!」
「ちょっとなに、騒がないでよ」
「ああああ!」
「黙って。大動脈切るわよ」
「はい……アリナさん、憧れる職はありますか……」
「私は……無いわ」
「そうですか……では放課後、薔薇ぞ――」
俺は再びミスを繰り返そうとしかけたので自分をビンタした。あぶねえ。薔薇園とか響きがもうアブナイだろ。これを言ったらおしまいだ。俺とアリナが薔薇園で〜、と耳に入れたら聞き手側はどんなことを妄想するか解らん。某映画のように夢の中に潜り込んで記憶を植え込んだり書き換えるしかない。
「では、10年後に会いましょう……」
何を言っているんだ俺は。未来から来た人間かよ。アリナの顔には理解不能と貼り付けられていた。しょうがない。俺も意味がわからない。いったい何処に解が落ちているんだ。どうしてこの方程式には解がないんだ。教えてくれ、アインシュタイン。
教室を出ると廊下で真琴にばったりあった。
「お、彗」
「『お』と『彗』を合体させるな。今の俺には『汚水』に聞こえる」
「どうしたんだ……?」
「どうしたんでしょうねぇ……?」
「何故だろう、今の彗を見ていると、既視感が……あっ!」
「ヤメロマコト! 苦イ記憶ヲ思イ出スナ!」
真琴はアリナに告白した時のことをフラッシュバックした。ぐおぅっと唸ってそのまま腹を抑えながら自分の教室に戻っていった。相当トラウマになってるんだな、お前。




