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毒舌少女のために帰宅部辞めました  作者: 水埜アテルイ
第1章 あなたの時間の物語
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鶴の恩返し

 二渡鶴の見た目は薄めのギャルだ。 

 同じクラスだが話したことはなかった。性格的にも学力面でも種族も住む世界が違うと思っていたからだ。


「あー、そういや話したことなかったな」

「そうだね。よろしく」

「おう」

「で、突然なんだけどさ」

「なんだ」

「アリナさんって、どんな人?」


 最近、藪から棒が多すぎる。


「どうって言われてもな。口が悪いで評判だな」

「それは知ってる。表面じゃなくて中身が知りたいの」

「あいつの中身、か。ちょっと待て。どうしてそれを俺に訊く」

「だって君たち付き合ってるんじゃないの?」


 またそれか。そろそろこのデマ情報をどうにかしないとアリナが本気で激怒しそうでやばい。

 過去には箒でスネを斬られ、脇腹をシャーペンで刺されたこともあったが今度は解らんぞ。ハンマーで頭蓋を割られるかもしれん。


「まず俺は誰とも付き合っていない。これを定義します」

「アリナさんと親密にしてる人が誰かいろんな人に訊いてみたら君の名前が挙がったの。で、どうなの?」

「取り扱う情報が危険すぎる。まずはそれを知りたい理由を教えてくれ」

「むー、頑な……私、一度だけ彼女に助けられたことがあるの」

「ほう」

「あれは一年生の冬だね。とても寒くてマフラー必須の気温で、ガチガチ震えながら登校していたときのこと。私、踏み固められてスケートリングみたいになったつるつるの歩道でこけちゃったのね。すっごく盛大に。で、膝を痛めて立てなくなったの。血も出てたし骨折してるんじゃないかってぐらい痛くてさ。なんとか立とうとガードレールを掴んで力を入れてもダメだった。

 そのとき同じ制服を着た子が私の前を通り過ぎたの。そしたら私に背中を見せた状態でしゃがんだのよ。『乗って』。彼女はそう言って私をおんぶしたの。名前も知らない彼女におんぶされて申し訳ない気持ちで私は黙り込んじゃって。結局、学校に着くまでお礼の一つもできなかった」

「つーかその謎の少女、力持ちだな」

「それでその日以来ずっと彼女を学校で探した。後ろ姿だけしか解らなかったし、何せ全校生徒が700人近いこの学校で探すのは骨の折れる人探し。半ば諦めていたんだけどね、つい先日、君とアリナさんが付き合っているという話で噂になったとき、君は知っていたんだけどアリナっていう人は見たことなかったのね。そういえば成績優秀者にいつも載っていることに気づいて気になって探してみたの。で、見つけたら全てが合致したわ」

「アリナ、であると」

「うん。絶対アリナさん。間違いない。でも彼女、悪目立ちしてて、近寄っちゃダメみたいな空気があったから声をずっとかけられずにいたの。今もそう。それでチャンスがないか探していたら、なにやら同じクラスの変人で有名な榊木彗が日羽アリナと交際しているとの噂が流れているじゃないか。いいチャンスと思ったんだけど私、君と喋ったことなくて、突然話すのも変な目で見られると思ったから……また訊けなかった」


 容姿はガツガツきそうな雰囲気なのに中身は真逆ならしい。面白いギャップだ。


「それで、今がいい機会だということか」

「……うん」

「これから時間あるか?」

「どうして?」

「アリナとお前の橋渡しになってやる」

「えっ、そんな突然っ!」

「二度とチャンスがないと思ってこの話に乗るが勝ちだぞ」

「うーむ」


 悩む鶴。

 

「あんた何してんの。また誘拐しようとしてるわけ?」


 げっ。本人だ。

 アリナが訝しげな表情で俺と鶴を見ている。売店でばったり遭遇してしまった。鶴がどうするか悩んでいるというこの大事な時間にふらっと現れやがった。

 鶴はというと目を点にして思考が止まっているようだった。目前で手を振ってみても反応はなかった。

 これはもう連れてくしかない。


「鶴。いくぞ」

「本当に誘拐する気なのね。あんた脳に電気流した方がいいわよ。あわよくば逝けるわ」

「こんな人目のつくところで誘拐はしません。あ、でも赤草先生を誘拐するときは声かけてくれ。協力する」

「はぁ。誰か廃品回収で持っていってくれないかしら」


 俺は停止した鶴の手を引いて薔薇園へと向かった。アリナはひょいひょい後ろをついてきてた。

 薔薇園につくとまず鶴を椅子に座らせ、意識を戻らせることから始めた。


「おい、鶴。戻ってこい」

「うわっ。ここどこ」

「元職員室だ。で、こいつがアリナだ」

 

 アリナはほんの僅かに首をかしげて目を伏せた。どうやら会釈のようだ。


「あ、うわわ、初めまして。二渡鶴です。二つ渡る、動物の鶴って書きます」

「日羽アリナ」

「おいアリナ。もうちょっと日本語を続けろ。お前は六文字以上喋ると死ぬのか?」

「うるさいわね、蝉の抜け殻。小学生に収集されてなさいよ」

「というわけでこの口の悪い女が日羽アリナだ。幻滅するだろ? 超おまけして容姿端麗というステータスにしておくが中身は腐った林檎よりたちが悪い。悪い魔女も吃驚の神経毒入り林檎だ」

「悪かったわね」

 

 この一連の流れで鶴はさらに混乱した。


「あああ――。あの、仲のいいカップルです、ね?」


 ダメだ。鶴を落ち着かそう。

 アリナの眉間も不機嫌になりつつある、いやもうなっている。クールダウンを設けよう。


 小休憩が終わって、鶴は現状をようやく把握した。

 彼女はプリザーブドフラワーに興味津々でまじまじと観察していた。アリナはいつも通り読書に勤しんでいる。


「なるほど。彗はアリナさんの手助けをしている、という話ね」

「そうだ。赤草先生に頼まれた。これを知っているのはごく一部だな。部活でもないし、ボランティアでもないから影を被って活動している。こうして俺たちの関係を説明したのは鶴が初めてだ。秘密にするように。忠告しておくがバラしたら死ぬぞ? 俺が」

「大丈夫、言わな――って彗が死ぬのね……」

「ちなみにこの部屋に俺とアリナ以外で入ったのも鶴が初めてだ」

「ここは秘境か何かなの……?」


 呆れたのか感心したのか解らないような顔をして鶴は周囲を見渡した。特に何もないけどな。アリナが持ってきた花と机と椅子だけだ。


「で、鶴。言わないのか」

「……うん。言う」


 鶴はゆっくり立ち上がってアリナの正面に立った。

 アリナは栞を指の腹に乗せ、器用に回転させながら読書を続ける。俺は映画でも観るかのようにトマトジュースを開けた。面白い化学変化を観測できそうな予感だ。

 

「あの、アリナさん。私、ずっとお礼がしたくて」

「なぜ? 私は誰とも関わってないつもりだけど。隅でトマトジュースを飲んでるボロ雑巾は少し例外ね」


 まぢひどぃよぅ。


「でもね、一度だけ、あなたに助けられたことがあるの」

「そう? 覚えてないわ。あなたも知らないし」

「去年の冬。登校中にこけて怪我した私をおんぶしてくれた人、アリナさんでしょ?」


 アリナは一瞬目を見開いた。地獄耳ならぬ地獄目の俺はその瞬間を見逃さなかった。


「そうかしら。誰も助ける気もない性分だからあり得ない話よ」

「でも私はずっと覚えてる。あなたの黒い髪、身長、声。本当に嬉しかったの。だからお礼がしたくて半年以上あなたを学校で探してた。もしかしたら卒業しちゃったかもと思って、正直諦めかけてた。でも最近あなただったこと知ってどうしても話してみたかったの」

「人違いよ。私に感謝されても困るわ。あなたを助けた人が浮かばれないわよ」


 アリナは冷たく言い放った。切り捨てるかのように。

 彼女は再び文庫本に手を伸ばした。


「でも……ありがとう」


 鶴は消え入るような声で呟いた。


 アリナはうんともすんとも言わなかった。目を薄め、長いまつげをぴくぴくと動かしているのでもう活字を追っているようだ。

 鶴は振り返って俺の方に向き直る。


「彗、お邪魔してごめんね。私、生徒会に戻るね」

「そういや鶴は生徒会にいるんだったな」

「書記だけどね。じゃ、お邪魔しました。またいつか」


 薔薇園にいつもの静寂が降りた。

 カンッ、とトマトジュースを机に置き、俺はアリナに話しかけた。

 

「アリナ。お前は詐欺師に向いてない」

「そうかしら」

「ああ。ポーカーもやらない方がいい」

「そ」

「あれだ。お前、ツンデレなのか?」

「はい?」

「照れてたろ。全く。人が感謝の意を表しているというのに」

「私じゃないわ」

「このツンデレめ~。嘘が下手だぞ」

 

 アリナは「あああもう」と唸って、髪をかき上げる。


「そうよ、あれは私。いいでしょこれで」

「大丈夫だ、解ってる」

「……」

「なんだ?」

「もぅ……」

「嫌、か?」

「……感謝されるのが苦手なだけよ」

「へッ、そうなのか」

「うざいその笑い方」

「可愛いとこあるじゃねえか!!」

「もう消えて。ホント妹さんが可哀想だわ……」


 俺はこみ上げる笑いを噛み殺して立ち上がった。


「この後、茶道部の手伝いがあるんだが、来るか?」

「……ええ」


 変わってはきている。もしかしたらこれがアリナそのものかもしれない。

 けど確実に言えるのは本当のアリナは眠っている。目前の彼女は、どこか偽物くさい。哲学的なアイデンティティの真意ではなく、全身を包むように隠しているようなイメージだ。彼女は無理をして今の刺激あるアリナとして振る舞っているように見える。

 俺の見当違いというのもあるかもしれない。しかし意図を感じる。

 事実だったとしても理由、要因が解らない。人を避ける意味がどう彼女自身に利益をもたらすというのか。

 傍を過ぎるアリナ。

 いつもと変わらない横顔に安堵を覚えると同時に、人に干渉する重責を俺は思い知った。

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