水と土と鉢
結果的に英語の成績は前回より向上した。
他教科はまちまちだが英語に関しては誇っていいレベルだろう。
勉強の仕方一つでここまで変わると感動を覚えざるをえない。とりあえず適当に書いておけば大丈夫なんじゃないかという曖昧で漠然とした方法が今までの俺だった。変革を与えたアリナにお礼を言っておこう。
廊下がざわめいていたので気になって教室から出ると成績優秀者が張り出されていた。
成績優秀順に20位まで出されていて、アリナは4位だった。どんだけ頭いいんだよ。
気になる1位は、二渡鶴。1位はやはり不動だった。
二渡鶴も謎めいた女で有名だ。アリナは悪い意味で有名だが鶴は才女で名が通っている。名前自体は古風な雰囲気なのだが鶴の容姿はギャル寄りだ。自然なギャル、みたいな。ギャル知識皆無なのでわからない。
彼女と話したことはなかった。
結論、俺には関係ない。
俺は昼休みを使って、赤草先生を訪ねた。
再三言うが赤草先生は美人だ。先生たちの間でも勿論、男子生徒の間でも人気がある。
「こんにちは、先生」
「あら、どうしたの彗くん」
その美声に、ときめくッ!
「アリナのことで来ました」
「そういうことね。彼女に何か変化はあった?」
「そうですね、確かに多少変わったような気もしなくはないですね。最初は拒否されまくっていましたが最近になってやっとまともに会話が成立する回数が増えました。意外と彼女喋るんですね」
「そうよ。いい成果が聞けてよかったわ。今後ともよろしくね」
「勿論です。が、先生」
「なぁに?」
俺はずっと疑問に思っていたことを訊いた。
「この活動が不要になる時期と条件を教えてくれませんか?」
俺はこれを訊きたかった。
どこに終着点があるのか解らない。「アリナを更生させる」という抽象的なテーマがあるだけで具体的な方針がない。これではいずれ怠慢になり、アリナも混乱するだろう。なぜここにいるのかという問いすら答えられなくなるのだ。
なんとしても確固たる意義を確立しないとすぐ崩壊する。一般的な部活動は大会があったり、コンクールがあったりなどそう遠くない目標が設定されていて、現実味のある目的意識を宿している。
俺たちがやっていることは暇つぶしにしかなってないのかもしれない。本来の存在意義を置き去りにして、『何か』のために集まってる。そんな気がしてならない。
「正直、私の判断で決めようと思っていたわ……」
「それでは困ります。明確な設定がないと俺は気付かないうちにアリナに無益なことをし続けてしまうかもしれません。そうはしたくないし、俺だって無駄な時間にしたくはないんです」
少々強めに言ってしまったことを悔やんだ。赤草先生が困っている! なんてことをしてしまったのだ……。
「ごめんね。私の要望としては、アリナさんには交友関係を発展させてほしいのよ」
ダメだ。
それは俺に「傲慢で身勝手なことをしてくれ」と言っているようなものだ。人の人間関係を掻き乱すつもりはないし、本人が望んでもいないのにそうさせるのは愚かすぎる。
友達がいないから作ってあげましょう、なんていうのは腹が立つ話だ。アリナなら尚更だろう。
なぜ憐れまれなければならないんだ、と言うはずだ。自身の価値を普遍のものとして他人にもそうあるべきと手を加えるなんて傲慢すぎる。
「先生、流石に賛同できません。それとも先生、間接的に何かを俺に伝えたいんでしょうか?」
先生は曖昧に「いいえ」と流した。確実に何かあるのだ。
その核心に触れてみたい。きっとそれが彼女の抱える大きな問題なのだ。だがやすやすと踏み込んでいい領域ではないともわかる。
しかしそんな権利は俺にはない。初めから解っていることだ。
「解りました。取り敢えず今の方法でアリナをサポートしてみます」
「ありがとう。お願いね」
教室に戻るとどうしたものか、心の底で敗北感が居座っていることに気づいた。赤草先生と勝負したわけでもないのに、負けた気がした。
俺は真琴の席に行った。
「なあ真琴。友達がいない人に『作ってあげる』ってら言ったら普通はどう思う?」
「いつも突然だね」
「すまんな。で、どう思う?」
「嫌な気持ちになるんじゃない? なんか見下されてるような感覚になるな。あくまで俺の場合。ありがたく受け取る人もいると思うけど」
「イエス。やっぱそうだよな」
「何かあった?」
「いいや。俺は正常か不安になっただけだ」
首を傾げる真琴。まあそうなってもしょうがない。こんな話をされたら誰だって裏がある思ってしまう。
中間テストが終わったので今日からまた活動を始めるわけだがアリナは来るのか解らない。中間テストを節目としてフェードアウトしそうな予感がするのだ。
そうなるとアリナを説得する手間が生じるので是非とも来ていただきたいのだが、もし本人がいやなら手を差し出すこと自体、余計なことなのかもしれない。有難迷惑というやつだ。
放課後、薔薇園に行く前に俺は売店に寄った。
目的は一つ。クリームパンだ。
だが美味いだけあって倍率は当然高い。素早さが勝利への鍵なのだ。俺はそれを心得ていたので光速で向かう。
しかし売店は既に戦場と化していた。塹壕から飛び出して敵の心臓めがけて疾走する突撃兵たちのような女子部員たちが戦利品を次々と掴んでレジに並ぶ。だからさっさとジャムおじさんはここに転職すべきなんだ。あんこのクリーチャーを作るよりはだいぶマシだ。
そういうわけで俺も手を伸ばす。もはやパンが見えない。きっと女子部員たちは俺を痴漢扱いするはずだ。それでも俺は戦った。だってパンが食べたいんだもの。しょうがないだろ。
「ちょっと君!」
叱咤するような声色で警察かと思って咄嗟に手を引っ込めて直立してしまった。
顔を赤らめている女子生徒一人が俺の前に立ち塞がる。
「い、いま触ったでしょ! さいていっ!」
「俺が触ったのはパンです。日本人大好きの炭水化物の塊です。何もしてないです。本当です。ごめんなさい」
「まぁ故意じゃないならいいけど。あれ、君、榊木だっけ?」
「え?」
「私、同じクラスの鶴だよ。そういやまだ一度も話したことなかったね」
学年トップの頭脳をお持ちの二渡鶴がそこにいた。




