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勉三・ベーコン・アリストテレス

作者: 日立 心
掲載日:2016/03/14

五作目の短編です。

笑える話になるように頑張りました。

よろしくお願いします。

期末考査の最後の時間。数学。

周りのクラスメートたちは集中して問題をといていた。

カリカリとシャーペンを解答用紙に叩きつける音が教室のそこかしこでしている。


一方の僕は混乱していた。

テストが開始されてから十分も経つのに、未だかつてない衝撃にしびれていた。

これがいわゆるソレなのだろうか。わからない。わかりやしない。

全くの未体験ゾーンの中で、僕は暴れる頭脳を鎮静化するので必死だった。

人生初めての衝撃。これが伝説の初恋なのだろうか。


生まれてこのかた恋なんてものはしたことが無かった

女子に興味をいだくことはまったくなかったし、むしろ普段感じているのは脅威の方だった。

僕は迫害を受けないように息を潜めて暮らすことに必死だったのだ。

それがどうだ、いまや完全に前頭葉が真ピンクになってしまっている。


僕は数学の王様だった

だれよりも数学が得意であり、クラスメートやその辺の教師に比べても圧倒するだけの論理的思考能力と数学的知識を持ち合わせ得ていた。

証明せよといわれれば証明したし、複素数について話せといわれればその存在意義から丁寧に説明することができた。

そんな僕がどピンクの煩悩にやられて真っ白な回答用紙の前で頭を抱えている。

なんたる無様。

僕は全国模試の数学で一位だぞ。


オーケー。クールになろう。

残り時間はあと三十分。まずは色ボケ脳を解決し、それから問題を解かねばならない。

煩悩カーニバルをまずは終焉させないと、いつまでたっても問題に手が付かない。

むりやり解こうとさっきから頑張っているが、視線が滑ってしまって、問題文に何が書いてあるのかがいっこうに理解できない。

これが色ボケというものなのかと十五歳にして初めて理解をしたのだった。


きっかけは今朝だった。教室に入ってきたときに、僕の前の席の麻田さんと不意に目が合って笑いかけられた。

何故にゼロコンマ五秒の笑顔でここまで僕の心はしびれてしまったのだろうか。

それはこれまでに目にしたどの証明問題よりも完璧な理論と構造を具備した笑顔だった。

いったいどうなっているのだろう。僕は思考した。

そこで頭が変になった。


事前に期末考査の数学的になるようにガッツリと整備してきたはずの僕のスーパーコンピューターにウイルスが侵入し、ラブアンドピースを掲げるマルチウインドウが大量発生してしまったのだ。

なんとかしなければと×ボタンを連打するものの迫りくるビッグウェーブになすすべもなく、電源ボタンを泣きながら押してあえいでいたらいつの間にか試験が始まっていた。ちくしょう。どうなってんだ。

ぼくはキーボードを殴り絶望する。これが恋なのか。。。


麻田さんは美人で、国語が得意な女の子だった。

友達の少ないぼくの情報源といえばもっぱら周りで話す友人たちの会話の盗み聞きだったのだけれど、とにかくかわいいとかお淑やかとかそういう話だった。


僕はなんとかバランスをとりもどさなければならないと思い、思考を再開した。

初めに浮かび上がった問はこれだ。

「さて問題です。これから二人はどうなるでしょうか?」

もちろんわかるわけがない。だが僕はこの問題を解かねばならない。


「帰納法で考えろ」

僕の頭脳の中ではピエロの恰好をしたフランシスベーコンがささやいていた。

昨日の朝食はパンだっただろ?

けさもお前はパンをくっただろ? 

昨日もパン。今日もパン。

だから世界の全ての人間の朝食はパン以外にありえないんだよ。

「こ、これぞ帰納法・・・」


僕は溢れる涙を抑えた。

「ありがとう。さすがベーコン先生だ」

気が付けば僕はこの結論に飛びついていた。

男とは猿であり、猿とは馬鹿である。

今朝笑いかけてくれたのだから、この先も麻田さんはきっと笑いかけてくれるはずだ。


しかしその夢も虚しく、僕の脳内ベーコンは突如撲殺されてしまった。

血反吐を吐いてぶっ倒れるベーコン。いとあわれ!

だれだ下手人は・・・ぶっころしてやる。

息巻いて目をさらにして周りを探す僕の目の前に現れたのはアリストテレス先生だった。

「ああ先生!ぶっころすとかいってすいません」

ベーコンよりも素晴らしいもじゃ髭をもったアリストテレスは僕をこう窘めた。

「おまえな、落ち着けよ。N=1だぞ?」

ここで僕はふたたびの雷に打たれることになる。

ああ、確かに。


ぼくは大先生の示唆に富むコメントに土下座するしかなかった。

そうなのだ。

たった一度なのだ。

彼女が僕に笑いかけたのは今朝のたった一度の、ゼロコンマ五秒なのだ。

その一瞬に感動し、悩み、悶え、有頂天となっていた僕。

ベーコン以上のクソピエロは僕だったのです。


まったく帰納法なんてものは例外だらけだ。

数少ない例を見て、まるでそれが世界の全てであるかの様にふるまうのは馬鹿の所業じゃないか。

僕の頭脳は良い感じに冷えて、クレバーな自分を取り戻しつつあった。

脳内会議の円卓につき、ひとつ咳払いをすると、再度アリストテレス大先生に問いかけた。

「ああ先生、僕はどのようにして解に到達すればよいのでしょうか?」

アリストテレスはベーコンよりも大なりである程度には見栄えの良いもじゃ髭をひと撫でしてこういった。


「ここは演繹法で考えなければならない」

彼のこの助言により、僕は絶望することになった。


演繹法では、まず、前提に常識を持ってくる。

つぎに、その常識を各個別例に当てはめてゆくのだ。


大先生の教えをもとに、僕は粛々と演繹作業に取り組んだ。


第一に、僕は数学ばかりの男だから気持ちが悪くって、女の子に好かれることはない。

ゆえに、今朝の彼女の笑顔は勘違いである


第二に、麻田さんは優しくて誰にでも笑いかけるから、僕に笑いかけたのもそのためであり、僕に気があるなどということは間違ってもあり得ない。


まてまてまて。僕はあわてて携帯で110を押してアリストテレスくんを呼んだ。

「全然脈がないんですけど」

アリストテレスは両手を左右に広げて、ガイジンがやる様に

「ちょっとおまえが何をいっているのかわからない」のポーズをした。

僕は流れるようにアリストテレスを撲殺した。


気が付けば試験時間は二十五分が経過していた。

刻一刻と試験完了の時間は迫っている。

思い出せ。今僕は恋に悩んでいるせいで試験が解けずに困っているのだ。

意味の分からない時空に居てはいけない。


このままでは恋もテストも未解決だ。


何とか僕は自分を立て直さなければならない。

しかし一方でどうすればよいかもよくわからない。

僕が改めて壁に直面したその刹那、天啓が舞い降りた。

正確には舞い降りたのではなく、消しゴムが机から床へと落ちただけだった。


その消しゴムを、彼女はその世界で一番美しい白い手で拾い上げた

そして世界一美しくてかわいい笑顔で僕のほうを見てこういった

「勉三くん、消しゴムおとしたよ?」

その瞬間、僕の頭脳というマグマは急激に温度を上げ、青春の火山が噴火し、地動説と天道説が入れ替わり、蛭子さんがボブサップをバックドロップしたあげくに、帰納法が演繹法を打倒した。

N=2である。


そうなってしまえばもう止まらない。

二つの振り子は共振し、止まっていた手は超高速で問題を解き始める。

一方で僕の煩悩は放課後に何をするかを決めていた。

彼女を呼び出して・・・あとはもう決まっている。

自然と手に力が入る。圧倒的な強い意志を以て、自分の気持ちをどちらに持っていくかを決めた。

シャープペンシルは僕の未来に向かって急加速し、解答欄は正しいに違いない回答で埋め尽くされてゆく。

序盤のロスを見事に取り返した僕は余裕をもってすべての問題の検算をすませた。


そして僕は菩薩のような心でチャイムを迎えた。


今回もフルスコアに違いない。


テスト上がりの同級生たちはざわついていた。

めいめいに感想なんかを話し合っている。


僕の心も同様にざわついていた。

それはまわりとは違う理由だった。


これまでにもったことの無い勇気を以て立ち上がらなければならない。


そして。


恐る恐る僕は声をかけた。

彼女が笑顔で振り返ってくれると嬉しい。


この答えは何だろうか。


こればっかりは、解いてみなければわからない。


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