夏とゲームとだらけかた
先月はブルームーンが見えたそうですね。月が青かったわけではなく、ひと月に二度満月が巡り、二度目の満月のことをブルームーンというのだとか。
実際に見たわけではないですが、それを聞いて書いたお話。
全く月には関係のない話ですが、暇つぶしに、どうぞ。
「アイス食いたい」
その一言で、私はコンビニに行かざるを得なくなった。
外に出た私がふと見上げた空は濃い藍色。赤みがかった濃い黄色の丸い月がぼんやりと輝く。満月だろうか。生憎、目が悪いので裸眼で見た月が丸いことはわかっても、その輪郭は歪み満月かどうかはわからない。もしかしたら待宵とか十六夜の月かもしれない。しばらく眺め、それから私は2、3分もあれば着くコンビニへ足を向けた。
夜。もう深夜、と言った方が適切だろうか。12時を回った頃だ。
ノートパソコンの前に座り、私はMMORPGとブラウザゲームを開いてぽちぽちと遊んでいた。思いっきり遊んでやろうという気分ではなく、ただなんとなく。日課クエストをこなしてみたり、そこらへんの弱い魔物や自然物を叩いてみたり。
時々、そういった自分の行動が不思議だ。会話を楽しむでもなく、ソロで出来る範囲、動ける範囲をただなんとなくこなす、というか動くというか。何が面白いわけでもないのに。目的があるわけでもないから、本当になにも考えず、『ただなんとなく』。
そうやって、暇を弄ぶように遊んでいると不意に背後から声がした。
「……なぁ、アイス食いたい」
背後霊か! と言いたくなったほど、その声は近くで、やたら低くかすれ気味に発せられた。それを無視して、ちらりとパソコンの隣に置いてあるデジタル時計を見る。時間のほか、温度や湿度までわかる便利な時計だ。
午前12:44。温度31。湿度56。クーラーを入れず、閉め切った室内である。せめて窓を開けたいところだけど網戸がぼろく、虫が入ってくるのである。扇風機はただいま故障中。暑いけれど我慢できないほどではない。寝るのは苦労しそうだが。
「あつい。しぬ。凍らせておいたヨーグルトも切れてた。アイス食いたい」
「私はそうでもない」
またもや聞こえてきた声に、私はばっさりと言った。
もう八月に入り、本格的に夏休みシーズンになって来る頃だ。ゲーム内でも夏祭りと称したイベントやら水着姿のNPCが増えたりとお楽しみ要素は盛り沢山である。ゲームの中でも夏を感じられるのは私としては非常に嬉しい。くそ暑い日差しの中、出て行かずとも快適な室内で海も水着も花火もお祭りも十二分に楽しめるのだ。視覚と聴覚に限るが。特にMMOならキャラを動かし、会話し、アクションし、アイテムで水着になったり海でずっと潜っていたり人に向けて花火したり狐に化けたり褌一丁で踊り狂ってみたり、やりたい放題だ。
夏は学生もゲームに訪れやすくなるから、いつも以上に馬鹿騒ぎやくだらない言い合いも増える。深夜帯にログインしている人が増え、妙に高いテンションは明け方まで続くのだ。けして、勧められることではないけれど、私は結構好きだ。その空気、その明るさ。
「かき氷みたいな、アイスがいいな。氷菓系のやつ」
「氷でもかじっておけば?」
「さっき食った。それも切れたから、また製氷皿に水張っといた」
ブラウザゲームで目につくやりたいことはなくなったので一旦閉じる。起動させているMMORPGの画面を真ん中に置いた。
自身のキャラクターに浴衣を着せて、狐のお面を被らせ、NPCが開く縁日の屋台で買った水風船を装備させ、ぽすぽすと手で突かせる。近くにいたプレイヤーキャラクターがいつの間にか近づいてきて手持ち花火をやりだした。向かい合うように位置取りされているせいで、花火の火は思いっきり私のキャラにかかっている。そのままぼーっといじらずに画面を見ていると次第に人が寄ってきて、私のキャラを中心に円を描くように集まり出した。その手にはNPCの屋台で売っている手持ち花火。思いっきり火炙りにされてる。
「何してんの、遊ばれてんの?」
あまりにも私が適当に返事をしているせいか、背後からパソコンを覗き込まれた。肩に顎が乗って痛い。
「みんなノリが良くて、こうなった。……しょうがない、これを使おう」
キャラクターの鞄を開き、お目当てのアイテムを見つけ出して使用。スキルスクロールというそのアイテムは名前の通り、スキルの書かれた巻物であり、使うと書かれたスキルを一度だけ使用できる。消耗品で重ならないために戦闘で使うのは向いていないが、こういう余興みたいなので使うにはぴったりだったりする。
使ったスキルスクロールに書いてあったスキルは巨大化。使用したキャラがその名の通り巨大化するだけのスキルである。もとの大きさより三倍ほどデカくなった自キャラは相変わらずぽすぽすと水風船で遊んでいるが、大きくなった分、いくらか手持ち花火をしている人を踏んだり、水風船をばしばし当てたりしている。
「うわ。焼かれた報復なの?」
「は? 遊んでるだけだよ」
ぐい、とパソコンに身体を近づけてくれたおかげで、肩から顎がはずれた。思わず片手で乗せられていた方の肩をもむ。身体をずらして画面が見える位置を確保する。
同じように巨大化したり、逆にちっさくなったりしている他のキャラを見つつ、自キャラにねずみ花火を装備させて使用。ここのゲームのねずみ花火は使ったキャラの周りをぐるぐる回り続ける。よって。私のキャラに手持ち花火を向けていたキャラはねずみ花火によって逆に焼かれることになるのだ。昨日は人の身今日は我が身。
「……どうみても仕返ししてるようにしか見えん」
「ゲームの中だから何でもありさ。楽しければそれでいいの」
「じゃあおれが楽しく遊んどいてやるから、アイスよろしく」
「……まだ諦めてなかったのね」
画面の中では牛の頭の被り物を被り、赤い褌のみになって焼かれる猛者が出てきた。打ち上げ花火を上げたり、モーションをとって漫才を始めたり。好き勝手に遊んでいるこの瞬間が好きだ。
「ほれ。千円。家主のために行って来い、居候」
ぼーっとその騒ぎを見ていると、いつの間に取り出したのやら、野口さんをひとり目の前でひらひら揺らされた。揺れがうざく、野口さんを奪い取る。
「はいはい、行ってくればいいんでしょ。かき氷みたいなアイスだっけ? 他にいるものある?」
「おまえもそれで好きなアイス買って来い。余った金はかえすよーに」
「りょーかい」
パソコン前を明け渡し、家のカギと預かった野口さんをポケットに。
外に出た私は何気なく空を見上げ……。
冒頭へと戻る。
「ただいまー。はいこれ、おつりとアイス」
ぽい、とビニール袋ごとアイスを手渡し小銭をパソコンの横に置く。
「おぅどーも。……珍しく棒アイスじゃないだと」
かけられた驚いた声を無視して、パソコンを覗き込む。
自キャラはいつの間にやら水着に着替えさせられて、浮き輪を片手にアイスを食べていた。装備を取り替えた犯人は悠々とビニール袋からアイスを取り出し、スプーンを探している。どれだけ食べたかったんだ。
私は持っていた自分の分のアイスを包装から取り出して、口に含んだ。ひんやりと冷たい甘さが口の中に広がる。何の変哲もない、バニラの棒アイスだ。
「あ、そういやさっき声かけられた」
「ほう。だれに」
「読めなかった。漢字四文字の」
パソコン前でカップアイスを食べながら言われる。ちょいとお退き、と二の腕を叩いて場所を作ってもらい、私は画面の前に陣取るとチャットのスクロールバーを上げた。
いくつか白色の文字で会話がなされており、私は読みながら個人チャットを打つためにもうひとつチャットウィンドウを開いた。このゲーム内で白色文字はオープン、つまりキャラクターの周辺に聞こえるチャットだ。
「で、誰だった?」
「所属してるギルドのマスターしてる人」
「ふーん。で、行くの?」
「うん。アイス食べ終わったらね」
暇してるなら、難易度の高いダンジョンに行かないかとのお誘いだった。ちなみにそのマスターは私が外へ出かける前、私のキャラに花火を向けていたはずだ。たぶんマスターも暇してたに違いない。
誘われたダンジョンは少し前にアップデートされた地下迷宮だ。一度ソロで覗いてきたけれど、私のキャラは支援系の魔法使いで1、2歩踏み出しただけで限界が来た。入り口に魔物が湧き過ぎていた。
「おれも行くかなー」
「あと欲しいのは回復役だってよ。火力は随時募集中」
「双剣使いで行く。参加していいか聞いて」
「はいな」
マスターにチャットを飛ばしつつ、キャラの装備を戦闘服に変え鞄の中身を入れ替える。立たせていた海辺には倉庫がないのでいつもの拠点に移動させ、倉庫に要らないアイテムを押し込んでいく。
「参加おっけーだってよ。ついでに壁してくれるとありがたいって」
「むりだろ。盾いないの?」
「いるよ。でもちょっとLv低めだからいざって時には」
「おまえ、そのキャラでいくの?」
「そのって持ってるのこの子だけですけどー?」
「そうだっけ。じゃあいざって時にはおまえが盾やれ」
「魔法使い、前衛にさせる気か」
くだらない会話をしつつ、私の向かいにもう一台パソコンを持って来た彼は、ざくざくアイスを食べながら起動待ち。
私は集合場所へキャラを移動させ、PTに参加。中ボスの出す範囲スキルが凶悪だとか、袋小路になってる場所のどこか一か所に宝箱が湧くとか、PTチャットも賑やかである。
「どこに集まってんの」
いつの間にかアイスがなくなっていた、アイスの棒を名残惜しく口にくわえつつ、チャットに参加していた私は棒をゴミ箱に放った。
「ギルド拠点。たぶんもうすぐ移動する。PTとばしてもおっけー?」
「おっけ。あー双剣動かすの久しぶり。やらかしたらごめんよー」
「それはチャットで言いなはれ」
「おおぅそういやボイスチャットは取り入れてないんだっけ……」
参加メンバー全員がPTに入ったところで、改めて挨拶やら段取りやらがチャット内で交わされ、流れていく。発言せずとも、見ているだけで楽しくなる。わくわくする。
「うわ。ここ初見だけど、入り口に湧き過ぎじゃね?」
「ソロで入ったらすぐ死んだよ。回復薬じゃ間に合わない」
「まーなー。火力じゃなく支援メインだもんな、無謀だろソロとか」
「片手剣でソロ突破した人いるらしいよ」
「ほー……あ、やべ」
剣や魔法で魔物を倒しながら、ゆっくりと進んでいく。ときに指示やら悲鳴がチャットを埋めて、談笑して緊張して、倒せたら喜びを分かち合って。ちょいちょいとキャラを動かしつつ、私はつい笑ってしまう。楽しい。
基本的に私のキャラはPT内に置いてやるべきことはバフ掛けだ。基本的なとこだと魔法、物理防御上昇だったり火力の底上げ、詠唱短縮、速度上昇。スキルレベルが上がるにつれて効果時間も延びるため、基本的なスキルは始めにかけておけば私の主な仕事は終わりだったりする。あとは火力に混じり攻撃するだけ。ただ全滅寸前やらボス戦になると忙しくなる。数回だけ物理ダメージを無効にする代わり、異常状態は必中になるスキルとか上手いこと使えば使えるスキルが多いのだ。
魔法使いの前衛と冗談言ったけれどほんの少しの間なら、やれなくもないわけだ。ただそういった上手いこと使えれば使えるスキルは効果時間が短かったり、他のバフと重複不可だったりと制限も多いためやりくりが難しい。まぁそんなことはどうでもいい。
「ここが噂の中ボス部屋か。うわ、えげつな。閉じ込めるとかありかよ」
「……一番単発火力高いの誰」
「さすがに一撃で仕留めるのはきついって」
「近づくと範囲スキルで混乱……必中?」
「ぽいな。でもって毒撒かれてー」
「スキル出せないうちに攻撃受けて毒で死ぬと」
「終わってんなー反射スキルないの?」
「異常状態の反射はない。魔法はあるんだけど」
会話を交わしつつ、画面に集中している、この異常さ。けれどその画面の向こうで幾人もの人たちがいて。同じものを見ていて。言葉を交わして。そうして簡単に会話を感情を共有し、楽しむためのひとつの手段なのだ私にとって、ゲームとは。
「っあーくっそ。こっちも異常で対応かね」
「トラップとかのがいいかもね。先に仕掛けておいて弓か魔法で釣って誘導、撃破とか」
「そこまでこの部屋広くないンデスケド?」
「……閉じ込められてたんだっけ。倒さないと開かないのかなー」
「普通はそうだろな」
夏の夜は緩やかに過ぎていく。そんな休日のひとこま。