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好子はビョーキ

作者: はつか

 私の友達はちょっとビョーキかもしれない。

 そんな、私の中で疑惑の人である彼女の名前は田中好子(たなかよしこ)。最近流行りのキラキラネームとは真逆を行く、安定した素晴らしい名前の持ち主である。ちなみに21歳女性。私と同じ年の大学四回生。中肉中背、色白ぽっちゃりの可愛い子ちゃんである。

 彼女のどこがビョーキかというと、まぁ、一言でいえば名は体を表すというか。とりあえず、いくつか例を挙げてみる。




 ある日のこと。私は好子と一緒に電車に乗っていた。ちょうど、四時過ぎ頃だったろうか。

 私と好子は、買い物を楽しみ満足して電車に揺られていた。座席は進行方向に向けて二人掛けの椅子が通路を挟んで二列あるタイプではなく、向かいあって壁にそって設置されているタイプだった。

 そのため、向かいの席に座る親子連れの様子が、私たちからは良く見えた。私たちの向かいの席には、母親と幼稚園にも通っていないくらいの幼児、小学校に上がったかどうかくらいの子どもの三人親子が座っていた。

 と、私の隣から「ほぅ~」という、なんとも気の抜けた音が聞こえた。なんだと思って横を向くと、好子がやけに熱っぽいうっとりした目で親子連れを見つめていた。右手の揃えられた指先が、なぜか右頬にそっとあてられている。どこぞの一昔前の少女漫画かというポーズだった。

 というか好子、あんたさっきまで買い物疲れと電車の揺れでうとうとしていたはずじゃ。いつの間に目を覚ました。


「どうしたの、好子」

「見て、美紀ちゃん。目の前のおちびちゃんたちを」

「うん、見てるよ」

「あのちびちゃんの方の真ん丸お尻可愛い。お母さんのお膝の上でぬくぬくしながら地味にお母さんの腕から脱出を図りつつも全然動けてないちびちゃん可愛い。でもぜんぜん諦めずずっとうごうごしてるちびちゃん可愛い。隣のお兄ちゃんの方もほっぺ膨らませながら口いっぱいにマシュマロほおばってるの可愛い。マシュマロから飛び出したチョコで紅葉のようなお手々汚しながらちびちゃんにあーんってしようとしてるお兄ちゃん可愛い」

「好子、よだれ垂れそうだよ」


 とりあえず私は、カバンから取り出したティッシュを一枚、そっと好子の口元に添えてやった。好子は素直にそれを受け取ると、そっと唇の端を押さえた。ちなみに彼女の目線は目の前の親子からまったく逸れていたかった。ぶれない女だ。

 小声で話しかけた私に無意識に合わせたのか、好子の発言が小声で良かった。私は心底そう思った。私たちの囁くような声量で交わされた会話は、ガタンゴトンと電車の揺れる音に紛れ。好子の熱視線は、ちょっとウトウトしている目の前のお母さんの意識にはのぼっていなかったようだ。不幸中の幸いだった。

 目的地であった次の駅に着くと、私は好子を引っ張って電車を降りた。ちなみに好子は大変名残惜しそうだった。私としては、子ども二人のお母さんに不信感を抱かれる前に下車できて幸運だった。






 ある日のこと。大学の学食で、好子を含めた複数の友だちと昼食をとっていた時のこと。


「でさー、こんど××大のサークルのメンバーと合コンするんだ」

「へー。どう、イケメンいそう?」

「うーんどうだろ」

「私はバイト先でさぁ」


 なんて、女子同士たわいもないお喋りをしていた。で、いつの間にかサークルの話からバイト先のイケてる先輩、今とっている講義の話などを経て実習とかの話になった。


「そういえば、好子はもう実習終わったんだっけ?」

「うん、ついこないだ終わったとこ」

「え、何の実習行ってたの?」


 ちなみに私たちは、一回生の時の教養クラスが一緒だった面子だ。それぞれ違う専攻に進んだので、進級するごとに専門性が増して互いのとっている単位だのに違いが出てくるので、お互い細かいところはあまり把握していなかったのだ。

 ちなみに、話を振られるまで好子はひたすらおかずの春巻きを咀嚼することに集中していた。自分に話の矛先が回ってきたことに気づいた好子は、春巻きを急いで飲み込みつつ答える。


「幼稚園実習行ってたんだぁ」

「そういえばそう言ってたね。二週間だっけ?」

「うんそう」

「どうだったの?」

「幼稚園児って三歳とか五歳とかでしょ。ぶっちゃけ言葉は通じるの?」


 私は話の流れが好子の幼稚園実習になった時点で、ちょっとヤバい気がした。そして、案の定。


「そうそう二週間××幼稚園に実習に行ってたの。子ども達もうめっちゃ可愛いマジ天使。三歳児とか何言ってるかわからんけどなんか一生懸命うにゃうにゃ喋りかけてきて可愛い。しきりに「仮面ラ○ダーがな」「ダブルがな」「フォースがな」「ベルトが」「××フォームがな」とか言っててでも聞き取れないからとりあえず「ふーん」「へー」「ほー」「すごいねー」を繰り返してたらなんかそれで満足してるの意味わからんくて可愛い。先生先生って寄ってくるの可愛い。いつの間にか本人も無自覚の中に私の指握ってなんか本能的に手を繋ぐ習性可愛い。しかもお手々小さすぎて私の人差し指握るのがデフォルトとか可愛い。指短くて爪なんかこんな小っちゃくてふくふくマシュマロお手々可愛い。さりげなく膝の上に乗せても全然違和感感じず当たり前のようにそのまま座ってるの可愛い。最初なんか頑張って一人称俺にしようとしてる五歳の男の子が気づけば一人称「ヒロくん」とか自分の名前に君付けの愛称呼びになってるの可愛い。ご飯食べるとき全部綺麗に食べ切ったって米粒一つ残ってない皿をドヤ顔で見せに来るその口周りがご飯粒だらけなの可愛い。「みっちゃん字読めるのー」とかドヤ顔で絵本読み聞かせしに来てくれてるけど全然読めてなくてでも本人読めてる気満々なの可愛い。なぜか部屋の隅で段ボールに詰まって何人かでギュウギュウしてるの可愛い。なんか怒ってるアピールでほっぺ膨らませてたから両側から手の平柔らかタッチで潰してやったらツボったらしくて何回も膨らませては私が潰してのエンドレス攻防戦を繰り広げた末何怒ってたのか本人もわからんくなったうえに転げまわって笑ってるの可愛い。おもらししちゃって足元にお池作っちゃって呆然と突っ立っちゃってるの可哀想可愛い微笑ましい。なんか牛乳パックとか折り紙とかいろいろ切って貼って謎の作品を作り上げてドヤ顔で自慢しに来るの(以下略)」


 好子がひたすら幼稚園児がいかに可愛かったかを喋っている間に、私たちは昼食を食べ終えてしまった。むしろ、食後のお茶がもうすぐ二杯目に突入しそうな子もいる。ちなみに私は月に一度の贅沢である学食特別パフェ(ミニver.)を食べていたので今から食後のコーヒーを飲むところだ。


「好子。あんた、女で良かったね」

「うん? うん、別に男になりたいと思ったことはないね」

「うんうん、女で良かったよ」

「あんたの趣味嗜好でも、アウトにはならないもんね」

「女なら、『子ども好きなのね』って微笑ましく見てもらえるもんなぁ」

「好子のレベルで男だったら即アウトだ。ロリコンとか犯罪者予備軍とか変態とかのレッテルを張られかねない。ってか確実に張られる」

「今更だよ、好子のこの性癖」

「性癖言うな」

「本当に好子は女で良かったよ」


 どうやら、私の好子に対する認識は間違っていなかったらしい。少なくともこの場にいる友だちは私と概ね同意見だった。

 ジェンダー問題とかについて真剣にとりくんでいる人とかは問題視するかもしれないけど。現代日本社会では、子どもを大好きすぎる成人男性は危険視問題視される一方、女性にはそういう見方がほとんど適用されない風潮だろう。少なくとも、私の認識している範囲では。

 ほんと、好子が女の子で良かった。少なくとも、これさえなければいい子なんだ、好子。

 ちなみに。私たち友人一同が好子が女の子であることの幸運について再確認している間、好子はデザートのゴマ団子を味わうのに全力過ぎて、いつの間にやらカヤの外だった。私たちも、別に好子に聞かせたくて話していたわけでもないので放置しておいた。いろいろと幸せな奴め。




 そんな好子は、今度の春から幼稚園の先生になる。まさに天職だろう。良かった。好子はその若干ビョーキ気味な嗜好を合法的に満たせる道を歩むことが出来そうである。

 ただし、唐突に「ペロペロしたい」とかいうショッキングかつ意味不明な発言をしないようにだけ、今のうちから言い聞かせておこうと思う。せめて口に出すな、心の中に秘めておけ、と。 





 拙い作品をよんでいただきありがとうございました。

 ちなみにこの話、作者の身近であった一部ノンフィクションを含んでいます。

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