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5.お兄ちゃん出撃!

 



「道に迷った少年を導くにはどうしたらいいか――だと?」


 相談を持ち掛けた相手は、友人のミツヤ。

 問い掛けるのは、もちろんのこと俺だ。


「そんなもの。妹ゲーに染めてしま――」

「没」


 切り返しの一言で、男二人による協議は虚しく終わった。

 ミツヤにも妹萌え属性は多分にあるのだが、基本彼はフレッシュ未満なら何でもいい素晴らしきかな鬼畜紳士である。



「……いきなり手詰まりだな」


 ふぅ、と息をついているのは高校の屋上でのこと。

 放課後ということで、とりあえずは顔を出してみたのだが相変わらず誰もいない。


「ふぅ……こんなことならすぐに確認しておけば良かったな」


 疑いたくはないが、もし意図して今の状況を作ったとすれば、手紙の主はかなり巧妙な使い手だと思う。

 俺の性格を見事に突いていると評価できよう。

 肺から深く空気を搾り出すが、いまひとつ気持ちが晴れ切らない。


「普段なら、こうしてゆっくり考えごとができる時間を設けられるのは、とても有り難く思うのだが……」


 空を見上げると、青空の中に肥え太った黒い鳥が飛んでいる。

 ……なんとなく馬鹿にされたような気がするのは人間の勝手な思い込みか。


「……あいつらにも悩みはあるんだろうか――って、こっちに向かってきて……うわっ、まさか俺を狙っての白濁射撃だと――!? くっ、猪口才(ちょこざい)な総排泄腔め……こっちからは手が出せないと思って油断しているな。だが、人の英知を思い知るといい!」


 コンパクトミラーを開いて、太陽光を反射してやった。


「ふっ……効果覿面(てきめん)だ……なっ――馬鹿な、増援だと――!?」


 けたたましく泣き叫んだカラスを中心に、仲間が集まってくる。

 その数は、既に十を越え、今なお増え続けている。

 このままでは多勢に無勢だ、やられる前にやるしかない!


 ――などと、単騎敵と戦闘を繰り広げていると、


「……ぷっ……くっ……くく…………」


 何やら、後方から堪えたような笑い声が聞こえる。


「…………?」


 振り返ってみると、昇降口付近に女生徒が立っていた。

 薄茶の髪に垢抜けた顔、おそらくは化粧っ気も少なからずあるのだろう。

 元が良いせいか控えめに施されているようだが、そのどちらもが入念な手入れをされている様子が伺える。

 上着は身に着けておらず、第二ボタンまで開いたシャツから胸元が覗き、あり余った質量をこれでもかと存分にアピールしていた。

 膝上のスカートは間違いなく校則違反だが、あの会長なら諸手を上げて喜ぶだろう。


 ――結論、ちょっと遊んでる感はあるが、美人の印を押して反対意見は出るまい。そんな人物像。


「ふむ」


 観察終了。記憶に無いので間違いなく初対面だ。

 そうして視線を空に戻し、再度思考に耽った。

 カラス共は、敵意を失った自分に関心を失ったのか、既に散った後のようだ。

 今頃は勝ち(どき)でも上げているか、向こうもただの暇つぶし程度だったのか――のどちらかだろう。


「今日も空が青いな」

「――って、ちょっとちょっと! 全身眺めた挙句、サラっと自分の世界に戻られるとさすがにわたしも傷つくんだけど!」


 歩み寄ってきた女生徒が、片手を出して何かを制しつつ、こちらに話しかけてくる。

 つまり、思考をやめて構って欲しいということだろう。


「……そうか。それはすまなかった」


 ここで、ふと思い至ることができる。


「君が、手紙の?」

「なっ! ……ち、ち、違うわよ!」


 この反応が既に『わたしです』と自白しているようなものなのだが、本人が違うと言ってるのだからわざわざ指摘するまでもなさそうだ。


「人違いか……ならば用はない。さて……」

「――って、だからまた自分の世界に入り込もうとするのを止めてってば!」

「……困った人物だな、君は」

「どっちがよ!」


 空を見上げようとすると、すぐに引き戻された。


「では、もう一度尋ねるが……君と手紙の主とは、人違い――なのだろう?」

「え……えぇ。人違いよ」


 この質問に何の疑問も抱かない時点で、こちらとしては突っ込みどころが満載なのだが。

 逡巡した結果、他に用事があるのかもしれない――という結論に達した。


「……なら、他に何か用事が?」

「と、特に……ないわ」


 ……自分がおかしいわけではないと思うのだが、言っていることが支離滅裂ではなかろうか。

 こうなったら素直に疑問を投げ掛けてみることにした。


「…………俺にどうしろと?」

「べ、別に、ただひとりで愉快な行動してるなぁ、なんて思っただけよ!」


 指摘され、先の自分を振り返る。


 ――屋上でひとりカラスと戯れる男子生徒。


 ……なるほど、正に彼女の言う通りかもしれない。

 そういう事なら、用事は無くとも悪戯(いたずら)に関心を引くこともあるだろう。


「……正鵠(せいこく)だ。どうも見苦しいものを見せたようだな」

「そ、そこまで居直らなくても……」

「そういうことならば普通にさせてもらうが」


 ここで思いついたことがある。

 初対面ではあるが、この女生徒に先の悩みを聞いてもらってみたらどうだろうか?

 我ながら名案――と、掻い摘んで彼女に説明をしてみる。


「――と、いうことなんだが」


 説明の内容は、ミツヤにしたものとほぼ同じだ。


「えーと……つまり、自分を見失ってる少年――ってこと?」

「そういう解釈でいい」


 いきなりで不躾かとも思ったが、女生徒は「そうね」と言うと、快く相談に応じてくれた。

 そうして、彼女はしばらく真剣な表情で間を取った後、口を開いた。


「わたし……の知ってるケースに当て嵌めていいのか分からないけど、やっぱり自分で見つけるしかないんじゃないかしら? 誰かがそうしたわけじゃないんでしょ?」


 あまり深く聞いたわけではないが、先日の一件のように、間接的にそういう状況に追い込まれたのだとしても、本質的には少年自身の悩みが大きいのだろう。

 単純にイジメや暴力による相談なら、もっと違う形を取るはずだ。

 例えば、仕返しをしたい――といった、もっと後ろ暗いものだとか。


「おそらくは、本人の悩みだ」

「なら、それが一番だと思うけど……」


 自分で無くしたものは自分で探すしかない――か。

 言い方としては厳しいが、裏を返せばそれは“自分で立ち直れる”と信頼しているとも受け取れる考え方だ。

 少年と自分にそこまでの関係があるかはともかくとして、


「……とても参考になる意見だった。ありがとう」

「い、いえ……どういたしまして。こ、これくらいで海士坂くんの役に――」


≪キーンコーンカーンコーン……≫


 ちょうど鳴り響いた予鈴で、女生徒の言葉は遮られてしまった。

 自分の名前を知っていたことを尋ねる前に、ばつが悪くなったのか彼女はそそくさと去ってしまった。


「自分で……か」


 それができる人間ならばそうしているだろう。

 できないから、こんな誰とも知らない自分に想いをぶつけてきたはずだ。


「最終的に、彼が立ち直る切っ掛けを掴むまで手助けをするくらいが、俺にできる限度――か」


 具体案はともかく、方針としてはこれでいいだろう。

 少年の持つコンプレックス――おそらくには、他人に対して無意識に抱いている劣等感だと推測しているが、少年と親密になることで彼が持っている長所を探していけばいい。

 むしろ、そういう風に自分を追い詰めるということは、周りや自分を客観的に捉えられているとも言える。

 周囲に配慮できない人間ならばそういった懸念は持たないし、きっと少年の本質は優しいはずだ。


「よし」


 とりあえず、手紙の主についての目星もついたし、今後屋上で待ち受ける必要もなくなったのだが……。


「名前……聞いてなかったな。時間がある時は、そうだな。また屋上に顔を出そう」


 何となくだが、また会える予感がしていた。





 ◇





 そうして、色々と考えてはみたのだが……。

 少年とは音沙汰がないまま数日が過ぎた。



 前に空き地で再会した時に、少年とは連絡先を交換してある。

 携帯を眺めるが、届くのは妹とミツヤのメールと如何わしいサイトの案内文だけだ。

 こちらからの連絡に反応はない。


 何かあったのだろうか、と例の三人組を探し出して問い質したりはしたものの、知らぬ存ぜぬの一点張りだ。

 それについては、少し強めに尋ねたので間違いはないだろう。


「どうしたの? お兄ちゃん」

「ん? いや、何でもない」


 腰に抱きついているのは妹だ。

 そうして当たるのは、柔らかな二つの膨らみ。

 あの不良女子と比較すると小ぶりだが、相手は至高の妹だ。質では問題になるまい。

 高ぶる鼓動を平静に、落ち着いて。落ち着いて。

 そう――ミツヤ自慢の“幼天使おっぱいマウスパッド”だと思えばどうということはないのだ。

 これは母ちゃんのおっぱい、母ちゃんのおっぱい! などと時代錯誤な呪文は不要。持つべきものは親友か。


「えへへ……やっぱり、エプロン姿のお兄ちゃん、かっこいい……」


 すりすりと頬ずりをしてくる場所が背中なのでエプロンの守備範囲外なのだが、基本、妹は化粧などしないので問題はない。

 不精――というわけではく、妹はまるで生まれたての赤子のようなファンデーション要らずのハイスペック素肌なのだ!

 まぁ、こうしたスキンシップによっていくらか調理の手にも影響は出るのだが、まず何に置いても優先順位は妹にある。

 よって、妹によってもたらされる全て副次は、まさに自然の摂理によってもたらされた愛の福音と言えよう。アーメン。


「つまり、この状態でもたらされる最大の機能こそが俺の最善で全力なのだ」

「うんうん。よく分からないけど、お兄ちゃんはやっぱりお兄ちゃんだよね!」


 世の兄妹を象徴する我が家は、今日も平和だった。

 さすがに、一緒にお風呂イベントだけは、俺も遠慮被ったが……。

 バッタリイベント(何故か俺が先に脱いでいるところに乱入)だけはしょっちゅうあるので如何とも言い難い。



 そうして、妹も寝静まった夜――。


 俺の元に、一通のメールが届いた。

 発信元は、(くだん)の少年だ。

 俺は、妹による緊急時の呼び出しに備え、登録アドレスからの着信は常時全て音声をオンにしてある。

 たまに、深夜ハイになった某友人の、


『フハハハハ……! とうとう、難度Sの妹を攻略したぞ、我が同胞よ!!』


 ……無論、モニター世界の話である。

 こうした稀によくある謎の連絡には、黒い衝動を抱くこともしばしば。

 凡人には、IQ200を誇るシナプス構造はよくわからん。


 ――さて、本題に戻ろう。


 一通のメールに呼び出された俺は、部屋着のまま急いで指定された住宅街へとやってきた。

 町営住宅の建ち並ぶ通りも、深夜ゆえに人の気配は一切なく、皆が寝静まっている。

 先の謎回想は、呼び出した本人が現れる気配までもが一向にないせいだ。

 いい加減しびれを切らしかけたところ、再び携帯が鳴り響いた。


『上を見て』


 書かれているのは、それだけだった。


「上……?」


 指示に従って上を見上げる。

 今向いている方角を見上げても、月夜しか見ることができない。

 ここで『うむ、綺麗な月だな』なんて返信をしても、少年が満足しないのは『実は天然なのか?』など、大変遺憾な指摘を受けたこともある俺にもよく分かる。

 つまり、俺はとても空気が読めるのだ。


 周囲を見渡すと、ここから上が見える“建物”は、背後にあるやや古びたマンションのみ。

 目を凝らしてさらに上を見上げるが、高さもあることから月明かり程度ではよく見通せない。

 それでも、さらに集中して視線を凝らすと、チカっと小さく光るものが見えたような気がする。


「あれは…………」


 薄く、小さく、そして淡い白色の光。


「携帯の……明かりか?」


 上の光を見ていると、再び携帯が鳴り出した。


『こちらからも、海士坂さんの“ライト”が見えますよ』


 ――間違いない。

 やはり、あの小さな明かりは少年の携帯のものだ。

 握り締めた携帯がバイブによって震え始めたので、音が鳴る前にボタンを押す。


『それでは、ゲームを始めましょう』


 ゲーム……?

 少年は、俺とゲームをする為に、わざわざこんな深夜に呼び出したとでもいうのか。


「いや、それにしてはおかしい……」


 二人の立ち位置は、到底“想像しているゲーム”を行う環境からは掛け離れている。

 ならば、少年の言うゲームとは一体……。

 続きのある文章に、スクロールさせて先を表示させていく。


『ゲームの内容は簡単です』


『今から僕が行うことを、貴方は全力で阻止してください』


『この難題を無事乗り越えたならば、僕は、貴方の言うことを認めようと思います』


『もし、僕の言うことが気に入らなければ、無視してここから立ち去っても構いません』


『仮に貴方がそうしても、僕がこれから行うことに変わりはありませんし、それを恨んだりもしません』


 ……読み進める度に徐々に五感を支配する嫌な感触に、次第に意識は携帯へと引き込まれていった。

 汗ばんだ指が、ただ無心に携帯を操作する。


『それでは、ゲームスタートです』


「――なっ!」


 ここでスタートだと――!?

 読み進める為の親指が、かつてないほどの焦りにもどかしいまでの苦悶を生む。


『今からきっかり五分後に、僕はここから飛び降ります』


『貴方の“走れる距離”を、ここで僕に証明してみせてください』


 聞き覚えがあるのもそはず。

 その言葉は先日、俺が少年に向けて言ったものだ。


 ――スタート地点に個人差があるのは認めるが、走れる距離は当人の努力次第だ。


 目を疑う内容に、ほんの一瞬だろう――我を失い掛けた。

 それを引き戻したのは、ふいに放たれた


 ガシャンっ!


 という何かが砕けるような物音。


「っ!!」


 思わず音の方を振り返るが、自分を狙ったものではない。

 地面に落ちているのは、砕かれた電子機器――少年の携帯だ。


「く……そっ……!」


 俺は、すぐに駆け出した。

 砕けた携帯が、不吉にも少年のすぐ未来を暗示しているかのようだった。

 携帯をポケットに仕舞うのももどかしかったので、このまま放り投げてしまいたいくらいだったが――何かの役に立つかもしれない。

 確か、最後のリダイヤルはミツヤになっている。

 それを右手に握り締めたまま走り続けた。


 与えられた制限時間は五分。

 もし、少年の指示通りにカウントダウンが始まっているとなると、走り始めた段階で五分を切っている可能性の方が高い。

 自分がどこまで読み進めたのか、それを判断するのは全て少年の匙加減だが、一度カウントを始めればきっかり五分で飛び降りる覚悟を、メールの文面から受け取った。

 兎にも角にも、一刻も早く、少年の元へとたどり着かなければ――


 そして、このゲームを……間違っても、少年のデスゲームにしてはならない。



 兄道心得――。


 ゲームとは……楽しいからこそゲームである!!



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