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13.壁ドンお兄ちゃん

 



 皆さん、『壁ドン』という言葉をご存知でしょうか。


 我が家――正確には少年宅ですが、そこにも壁ドンがあるんです。

 それでは、どうぞご覧ください。



 ドンッ!!



「ぬぉっ――!?」


 当然響いた轟音に、俺はベッドに横たえていた身を跳ね起こした。

 初めは何かと思っていたこの怪音。

 もしや心霊現象かとも考えたのだが、実はそうではない。

 音の鳴る方向を鑑みれば一目瞭然。


 ――そう、魔王の部屋だ。


 部屋の北側の壁一枚を隔て、俺の部屋と魔王の部屋は隣接している。

 従って、その壁に衝撃が走るとこうして直に聞こえてくるのだ。

 謎の儀式でも行っているのか、それとも蹴りの特訓でも積んでいるのか。どちらにせよはた迷惑な話だ。

 かと言って、二晩を過ごして分かったのだが、この姉弟内での少年の立場は恐ろしく低い。

 意見などしようものなら、即座に制裁が飛んでくるのは間違いなし。


「ふーむ……どうしたものよ……」


 顎を指で摘まんで考え込んでいると、本日二度目となる衝撃が走った。

 クリティカルヒットをしたのか、本棚までもがグラグラと揺れている。


「おっと!」


 落ちてきた薄い本を受け止める。

 一応は捨てずにとっておいた成人指定のそれ。

 妹ものというチョイスが俺のハートをくすぐる。


「……これも何かの縁だな」


 後学のためにも、少しくらい拝見してバチは当たらないだろう。

 中を開くと、既に折り目の癖がついていたのかとあるページが開かれた。

 知りたくもない少年のおかずシーン発見だろうか。

 嘆息していると、紙の癖ではないことが分かった。


 どうやら、栞代わりに一枚の用紙が挟まれていた。

 本を傷めないための代案か。

 悪くはない考えだが、事実に代わりはない。

 俺は、おそらく少年お気に入りの薄い本をそっ閉じしようとしたのだが、


 ドンッ!!


 三度目の壁ドンに驚き、うっかり本を落としてしまった。

 用紙が裏返り、ひらひらと舞い落ちる。


「…………これは?」


 拾い上げたのは、ただの用紙ではなかった。

 光沢の写真用紙。そこに印刷されていたのは……


「結衣の写真じゃないか」


 思わぬところで愛妹のブロマイドをゲットしてしまった。

 スマホも失い、脳裏以外で確認することのできなかった我が妹の愛くるしき御姿。

 一寸たがわずイメージできることは除いても、これは嬉しい誤算だ。

 気分がいいから壁ドンの三発くらい許してやろう。

 夕食も少し豪勢にしてもいいかもしれない。




 ◇




 夕食を終え、片付けを済ませる。

 今夜は母親も在宅で、俺が用意した夕食は大好評だった。

 これまで妹しか視野になかったが、こういう他人の評価というのも時には悪くはない。

 しかし、母親は妙齢の美女。

 その遺伝子から何故このような少年が生まれ出でたのだろうか。まさにミステリー。

 父親か? まだ見ぬ父親なのか?

 赴任先で一体何をしているのだろうか。


「んあ゛~~~~……っ」


 さらに夜のトレーニングでたっぷり汗を絞り、熱湯コマーシャル。

 温泉やら熱いお湯に浸かると妙な声が出てしまうのはド●フの影響か。

 ほどよく真っ赤に染まったところで退場。

 脱衣所全裸待機で鏡を見やる。


「さすがに三日じゃ効果は表れないか……」


 映るのは、気持ちおっぱいのある男子少年。

 逆三角の身体が懐かしいが、悲観するにはまだまだ早い。

 普段であればこのタイミングで結衣がやって来るのだが、悲しきかなこの家に妹はいなかった。

 その現実が何よりも寂しさを感じさせる。


「うおぉぉぉぉぉっ! 結衣ぃぃぃぃぃーーーっ!」


 なんて堪らずに叫んでしまうと、ただの変質者だ。

 何事かと驚いた両親が駆け付けてきてしまうのでやめておこう。

 あ。ほら、もう駆け付けてきた。エスパー過ぎるぞ。


 そうして、すっきりさっぱりしたところで部屋に戻り金策開始。

 まずはヒロユキの資産運用から。

 うむ。順調に増えていってるな。これで結衣が突然「ハソウッドに別荘が欲しい!」なんて言い出しても笑って叶えることができるだろう。

 だが、金は大いに越したことはない。今後もさらに増やしていかねば。


 同時に、少年の方の金策だ。

 マルチディスプレイということで、自室ほどではないが割と捗る。

 口座はというと、母親に工面してもらった。


『何に使うの?』

『社会経験と将来設計のため。バイトを考えてる』


 受験生という立場上、渋られるかと思ったがあっさりと母親の方からOKサインが出た。

 どうにもこの家は男よりも女の方が権力が強いようだ。

 もしかしたら、少年の進学は既に諦められているのかもしれない。

 バイトという単語にも語弊はあるが、金稼ぎという意味では同じだ。問題なかろう。

 資本は意外に中身のある少年の財布。

 長い目で見れば、1万円スタートでも十分だろう。何せルートは既に構築済み。

 ヒロユキがプラスなのだから、同じものに被せるだけでプラスになる。ちょろいものだ。


 こうして考えてみると、身体が変わってもやることと言えば大して変わらないな。

 妹が隣に居ないのが耐え難いほどに空虚なだけで。むしろ、その一点のみが俺の屋台骨を揺るがすというのだから我ながら兄馬鹿だ。

 少し距離を置くのに良い機会なのかもしれない。


「結衣の方はどうしてるだろうか……」


 ちゃんと飯は食べているのか。

 歯はしっかり磨いているのか。

 きちんとトイレには行っているのだろうか。

 部屋の掃除、服の洗濯は誰がしているのか。


「心配だ……」


 ふと思ったのだが、これまで海士坂家の家事は一手に俺がやり上げてきたのだ。

 両親が赴任しているのだから家長である兄が担当するのは至極当然のこと。

 しかし、今やそのヒロユキはここに居るわけで、妹の傍にいるのは例の飛び降り少年……。


「……考えてみれば、非常に危ういのではないか?」


 年頃の可憐な美少女と、悩める青少年。

 もし妹の魅力に負けて、少年が妹を口説いてみろ。

 普段なら絶対に傾くことのない妹だが、何せ少年の見た目は卓越した好青年である俺。そして、妹にとって最愛の兄。


「ま、まさか……」


 一線を越えたりはしないだろうな? しないよな?

 いくら妹とて、それくらいの分別はついているはずだ。

 うん、ない。しないよ。


「ははは。さすがに悪い方に考えすぎたな」


 だが、妹の風呂を覗いたり、トイレを覗いたり、下着を被ったり――その辺りの事案は生じるかもしれん。

 それが許されているのはこの世界で俺のみ。


 ――先に弁明しておくと未遂だぞ? 無論のこと。


 ともあれ、間違いがあってからでは遅い。

 その時は、例え俺は俺の身体であろうと車輪轢きの刑に処してしまうだろう。

 うーむ……どこかの特戦隊を思い出してしまうな。


「まあこうしていても埒が明かない」


 心配ならばいっそ妹の様子を見に行ってしまおう。

 そうだ。それがいい。




 ◇




 少年と俺の学区が同じということで、住んでいる家も同じ町内にある。

 時刻は既に21時を回っていたが、夜の散歩と思えばどうということはないのだ。


「夜はまだ冷えるな」


 暖かくなってきたとはいえ、梅雨入りもしていない五月。

 薄着で来たのは失敗だったかもしれない。

 しかし、これから妹に会えると思えば心も体もポカポカと暖かい。

 アーケード街の近くを通り、いざ懐かしき我が家へ。


 そういえば、この辺りで高校生に絡まれていた少年を助けたのだったか。

 思えば、アレが全ての始まりだったのかも。


「まさかまた揉め事が起こったりはしないだろう」


 などと笑っていると、


 ガシャアン!


 とけたたましい音が静まり返った商店街に響いたのだった。

 本気で曰くつきじゃないか、この辺り。

 何か起きたと気付いてしまった以上は、放置するわけにもいくまい。

 ここは実家の付近。もしこれが犯罪に繋がる手前だとすれば、妹が巻き込まれる危険性もあるのだ。

 そうなる前に確実に悪の芽は摘んでおかねばならない。そう、悪は許さん。妹に近付く悪は。


「この方向……またあの袋小路か」


 嘆息である。

 なにゆえこの現代世界に袋小路なんてものが存在するのだろうか。

 袋小路や路地裏などがあるから少年犯罪が蔓延るのだ。

 踏み込んだ先が必ず少年犯罪に繋がるわけではないが。むしろ、大人相手だと困る。

 気配を殺し、路地の先を覗き込む。


 ……ほう。これはこれは。


 居るのは男が四人。おそらくはその全員が学生だ。

 構図を見ると、三人の男が一人の男を取り囲んでいるようにも見える。


「ふむ。あの三人は……」


 暗がりではあるが、風貌に見覚えがある。

 前にこの場所で遭遇した白鳳鵬の一年生どもだろう。まだこんな場所にたむろしていたとは、お玖が据え足りなかったと見える。

 相手側は奥ゆえにきちんと見取ることができない。

 背は随分と高そうだが……。


「こっちは三人だぞ?」

「態度がデカいんじゃないか?」

「中坊がイキがってんじゃねーぞ! あぁ?」


 ……なんということでしょう。

 彼らは、この少年だけに懲りず、またも中学生一人相手に三人で囲んでいるのです。

 どれだけモブ属性なんだよ。勉強はできるのだろうが、あまり白鳳鵬の質を落とさないでくれ給え。


「……言いたいことはそれだけか?」


 相手の中学生らしき男子が低い声で呟いた。

 低い。本当に低い。むしろ高校生どもの方が子どもに感じるくらいに野太いぞ。


 それに威圧をされたのだろう。

 三人組はわずかに竦んだようだった。

 チャンスである。


「待て待て待て」


 ここで本命――俺登場だ。

 前のように颯爽と間に立ち入り、三人組を睨み付ける。


「お前ら、前回は見逃してやったが、さすがに今回はそうもいかないぞ?」


 二度あることは三度ある。

 今回はきっちり懲らしめてやらなければなるまい。

 ストレッチを兼ねて首と指の骨をパキパキと鳴らしておく。


「な、なんだぁ――!?」


 突然の乱入者に驚いたのだろう。

 三人組が慌て出す。

 しかし、こちらの顔を見るや否や、


「……あん?」

「……って、おんやあ?」

「おーおー。なんだ、数馬ちゃんじゃねぇか」


 ……あ。


 しまった、今の俺は少年数馬くんじゃないか!

 助けに入ったつもりが、三人組にとっては獲物が一人増えたに過ぎない。

 つまり、カモネギが一羽から二羽に。何て美味しそうな。


「どうしちゃったのかなぁ、こんな夜に? ねぇ、数馬ちゃん?」

「お兄さんたちにお小遣い持ってきてくれたんでちゅかねー?」

「ひゃひゃひゃ……!」


 うわぁ……。


 ドン引きである。彼ら、中学生を前にいつもこんな台詞を吐いていたのか。中学生が高校生三人に絡まれてこれでは怖かろう。

 それも、やり取りから察するにこれは常習犯。少年の財布の中身が潤っていた理由の一端がここにあるのかもしれない。

 つまるところ、人身御供。


 これでは前回のように穏便には済みそうにない。少し血を見てもらおう。

 このブニボディでどこまでやれるのかは知らないが。


「あー。後ろの君。危ないから逃げてくれ。こっちは自分で何とかするから」


 告げて、俺は三人組と対峙した。

 余裕なさげだった彼らも、少年ウサギを前にしてハーゼンヤークト状態。

 弱きを前に気を大きくするなど、人間として最低だな。

 まだ向こうは油断をしている。

 負けるにしても、一人くらいは必ずや刺し違えてくれようぞ。

 とりあえず、妹向けに用意しておいたこれを使うか。


「必殺――ガラムマサラ!」


 粉末スパイスである。

 瓶の中身を握り締め、それを真ん中の男――仮称Aの顔面狙って投げつける。

 何でこんなものを持ち歩いているのかというと、妹は俺が作るカレーが大好物なのだ。


「ぶわっ! げほがほっ、なんじゃこりゃ――!?」


 そのまま先手必勝。

 普段は後の先スタイルなのだが、事後のために。

 今回は、中学生な上に三対一なのだが悠長に構えていたらふるぼっこにされてしまう。


「そぉい!」


 驚きに困惑している別の男――仮称Bに渾身のドロップキックを決める。

 ここで何故に目潰しを決めた相手を狙わないかと言うと、その方が反撃の危険が減るためだ。

 意識をそいで、万全なヤツから潰す。


「ほぶへっ――!?」


 体重およそ65キロの全力ドロップだ。

 直撃すればもはや立ち上がれまい。体重とはこう使うのだよ、チミィ。


「て、テメェっ!!」


 万全なひとり、目潰しを受けていない方の男――仮称Cが怒りを露わにした。

 暗くて分からないが、きっとこめかみ辺りがピクピクと痙攣を起こしているだろう。

 だが、すぐに反撃は飛んでこない。

 間には目潰しされたAがもんどりうっていてCの行動を邪魔している。

 つまり、絶賛必殺技硬直中である俺をCが攻撃することはできないのだ。


 ――ここで颯爽と猪木アリスタイル発動!


「かかってきんしゃい!」


 ドロップキックからそのまま地面に寝そべり、足を相手に向けて行動を誘う。

 ふはは、迂闊に近付くようであれば、膝の皿を割ってくれよう。マウントやグラウンドを取りに来ようものなら、そのまま三角締めだ。

 さあ! さあ! さあ!


「…………え?」


 逆上しているはずのCの意外にも冷静沈着な行動に、俺はつい目を見開いてしまった。


「あ。いや、ちょっと? それは反則では……」


 俺の寝そべり体勢を見るや否や、Cはくるりと背を向け、近くに乱雑に積まれていた粗大ゴミを持ち上げた。

 しかも…………32インチを越えるブラウン管テレビときたもんだ。

 狂気に満ちた笑みを浮かべるC。


 こっ、殺す気か――!?


 ハンマー投げの要領で全力投球された家電を咄嗟にローリング回避。

 何とか落下ポイント――死地を免れる。

 だが、下手をこいて時間を稼がれてしまった。だって一度やってみたかったんですもの。猪木アリ。

 目潰しを受けていたAが復活してしまった模様でござい。


「やってくれたなぁ……数馬ちゃあん?」

「へっへっへ……これで二対一だぜ?」


 数馬って誰だあ! ……はい、俺でした。

 中坊相手に人数有利をひけらかすなど男の風上にもおけないチキンハートを惜しみなく発揮する高校生どもであるが、この場において数ほど有利なものはない。

 であれば、俺はこの局地を頭脳戦で華麗に回避しようではないか。


「あっ」


 俺は突然、相手の後方を指差す。


「は?」


 緊張高まる最中に突然放たれた間の抜けた声。

 二人が反応し、真後ろを振り返った。


「隙あり――妹直伝デンドロビウム!(今命名)」

「どぶふぅっ――!?」


 妹の必殺技、両手を広げての全身投球。通称“お兄ちゃん大好きアタック”がAに決まる。

 ドロップキックほどの威力は得られないが、65キロの冷蔵庫をぶつけられてみろ。とても立っていられないぞ。

 妹にされても可愛いだけだがな。


「ひっ、卑怯なあっ!」

「どっちがだ、この! クミンパウダー!」

「ぶはっ!」


 迂闊に拳を振り上げたCの顔面に別のスパイスをボフる。

 こういうこともあろうかと、反対側の手に握り込んでおいたのだ。

 一撃必殺は得られない大好きアタックだが、その後の硬直が少ないのが利点。


「からの、大好きアタ――じゃなかったデンドロビウム!」

「げほげほっ……ごはぁ――!?」

「デンドロビウム!」

「ぶほぉ!」

「デンドロビウム! からの壁ドン!」


 魔王直伝、と言いたいところではあったが、よくよく考えれば伝承された記憶がない。

 即興の技名ゆえについ間違えてしまったが――ふっ、決まった。

 これでワンツースリー、いや、ABCフィニッシュだ。他愛のない。

 そして、やればできるではないか65キロよ。

 では、そそくさと引き上げよう。ご近所さんに通報されては堪ったものではない。


「……むっ?」


 逃げようと思ったのだが、足が動かない。

 その理由はすぐに判明する。


「しっ、しまったあ――!」


 俺の顔が恐怖に包まれる。

 倒れていたBが意識を取り戻し、こちらのズボンの裾を握り込んでいた。

 なりふり構わぬ壮絶な笑みがB級ホラーのようで怖い。BだけにB級とはやりおるわ。

 なんちゃって――と続けたいが、現実はそう上手くいかない。

 慌て振り払おうとするが間に合わず、そのまま足首までも掴まれてしまう。

 反対側の足を振り上げ、掴んでいる手を踏みつけようとするが、


「のあっ!」


 片足になったところを思い切り引っ張られ、地面に引きずり倒されてしまう。

 何とか頭部は守ったものの、マズイ。これはマズイぞ……!

 足を掴まれていたら猪木アリどころではないし、そもそも多対一で使える防御技ではないのだ。

 掴んでいる手を離そうと懸命に足を暴れさせるが、この辺りはさすが高校生。かなりの握力だ。モブキャラじゃないのかい。


「よくも……やってくれたなぁ、数馬ぁ……!」


 呼び名からちゃん付けが消えるほどに怒心頭である。

 当然か。全力で蹴り飛ばしたんだし。

 これは、最悪の場合このまま少年の人生ピリオドかな。


「ば、万事休すか……!」


 逆転した立場。そして、言ってみたかった台詞Part2。

 だが現場はそれどころではない。

 このプニ腹のど真ん中に汚い靴裏を叩き込もうと足を大きく振り上げていた。

 1秒後には、色々危ないものがはみ出てしまうであろうことは請け合い。

 できれば吐しゃ物止まりにして欲しい。脱腸とかは勘弁してください。


 歯を食いしばり、しかし目は相手の顔を睨み付ける。

 口の端を吊り上げ、勝利を確信した――その直後。


「がっ!」


 はて、何が起きたのやら。


 Bの身体が盛大に吹き飛んでいくではないか。


「ぎっ! ぐっ! げっ!」


 二転、三転、まだ止まらない。


「ごっ!」


 ゴロゴロゴロゴロと転がり、壁にぶつかったところでようやく止まった。

 見るからにドロップキック以上の威力。直撃を受けたであろうBは指先ひとつとて動かない。

 当事者ながら目に気の毒なほどの惨状だ。


「………………え?」


 そしていつの間にやら蘇生をしたらしいA。

 やはり、デンドロ一発では火力が足りなかったか。

 たっぷりと溜められた間、何が起きたのかAが理由を把握していないのだろう。

 攻撃したのは、彼らが初めに取り囲んでいた中学生君だ。


 まぁこれはゲームオーバーだろう。相手が悪い(・・・・・)

 俺もこの身で一度味わっているし蹴りの威力はお墨付き。


「べるぼとむっ!」


 予想通りAも吹き飛ばされ、三人仲良く並んでお寝んねした。

 微動だにしないのはさすがに心配になるレベルだ。念のため、救急車くらい手配しておくべきか。

 考えつつ、俺はその蹴りを放った人物を見やる。


「やあ、どうも。お隣さん」

「…………」


 お隣さん――つまり、隣の席のペケ男くんだ。

 彼は相変わらず無言だった。寡黙が過ぎるほどに。


「…………」


 うん。

 そういえば、中学生だったね。君。

 助け要らなかったじゃん……。




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