私の将来
「まずはちょっと早いのですが、報告です。来年の春に母になります」
家庭科の時間。恵美ちゃん先生の第一声はそれだった。
恵美ちゃん先生も結婚しているから問題はない。
「タイムリーかどうか分からないけど…暫くは家庭分野にします。調理実習じゃなくて良かったわ」
「先生。つわりがあるの?」
「ま…それなりにね。やっぱり嫌でしょう?気分の悪い顔した先生がいたら…さ」
「まずは、今日の授業は…このプリントに書き込んでね」
先生からプリントを渡される。
「今日の授業は、私の未来予想図。これから自分がどうありたいか書き込んでみな?」
「恥ずかしいけど、私と真美先生が学生時代に書いたものを回覧で回します。参考にしてね」
そう言うと、先生は椅子に座って授業の資料を作り始めるようだ。
私の未来。その前に将来何になりたいんだろう?
まずはそこから考えないといけないなぁ…それよりも家庭科というのは奥が深い。
「あい…将来の夢は?決まってるの?」
「う~ん、私はあるはあるんだけども…難しいかも」
「何になりたいの?」
「図書館司書。まずは国語の教育免許もあった方がいいのかな。先生じゃなければ本屋の店員とか教科書の出版会社でもいいな」
漠然とした私の夢は本に関わる何かをしたかった。
それだけは昔から変わらない。
「ふぅん、あいはそっちに向かうんだ。新聞社かと思ったわ」
私の夢をまとめるために出したルーズリーフに書きこんだものを見て恵美ちゃん先生が言う。
「なんで?」
「あいの書評は的確でおもしろいからさ。日曜日の書評欄は絶対に読んで、図書室で借りているでしょう?」
「そうですね。作家の方が進めているって事が私の興味の対象ですもの」
「ゆる~い気持ちで書きなさい。まぁ、真美のように未来予想図通りに生きている几帳面な人もいるけど」
「真美先生って…この通りに生きてるの?」
「嘘でしょう?」
皆一斉にそのことに食いついた。
その通りに生きているって事は、この授業があった時にはてっちゃん先生と付き合っていたって事か。
さっき図書室で聞いた時は高2の冬から付き合い始めたって事はそれよりも後にこの授業があったんだ。
「私達がこの授業を受けたのは高2の3学期。皆より少し遅いんだけど…ね」
「恵美ちゃん先生はやっぱり…違うの?」
「私は結婚と出産がちょっと早い位かな」
「恵美ちゃん先生、旦那さんは妊娠の事は知ってるの?」
「うーん、さっきメールは送ったよ。あっちに赴任したばかりだから別居だけどね」
「えぇ…。可哀想」
「浮気とか大丈夫?」
「大丈夫。うちはそんなに脆くはないわよ。ウフフ…」
先生はそれ以上は答えてはくれなかった。
始めての妊娠と出産って不安じゃないのかな?他人事ながら気になってしまう。
「だって、真美って言うママの先輩もいるからね。なるべく早く復職する予定だから」
「どうして?」
「来年で卒業するんでしょ?あなたたち?」
「そっか。どんなママになるのかな?」
「絶対にベビー服を作ってそう」
私達は作業をしながら、雑談をしながら作業を続けたのだった。
私の将来。夢は決まっている。けれども…そこから先は誰と歩むんだろう?
これから先も本当に彼と一緒にいられるんだろうか?
ほんの少しだけ…私は不安になった。