ツンツン彼女の至福の時
「あい、お昼にしよう」
体育の後のお弁当はとっても有難い存在。
これで大嫌いな物理だったら絶対に泣いてる。
「で、喧嘩の元の宿題は終わったの?」
「ちゃんと休み時間を使って終わらせましたから」
私は少しムッとしながらおかずのハンバーグをお箸にさして口に入れる。
「あい、お行儀悪い」
「まゆちゃんがムッとすること言うから」
「あー、はいはい。帰るときにはまあくんに謝れる?八つ当たりだったんだから」
「…分かってるよ」
「…で、まあくんもまあくんよね。クラスでマスコットになってるのにあいに張り付くんだもの」
「…でしょう?私はもう少しだけ…距離を取りたい。まあくんがいるからって事で他の男の子と話すことないんだもの」
「そこは不満なんだ?」
「もちろん、井の中の蛙みたいじゃない?私はもっと広い世界の中にいたいんだけど…な」
私はそう言って、自販機で買ったジュースを飲んだ。
「それじゃあ、私図書委員の仕事に行ってくるね」
私はお弁当を食べてから、特別等にある図書室に向かう。
特別等の屋上1フロアにある図書室は、市の図書館並みに本がある。
図書館がちょっと遠い距離にあるから、学校の図書室を地域の人に後悔しているし、
ボランティア部が土曜日解放の時に子供達の読み聞かせをしたり、
演劇部が人形劇をやったりして、かなり活発に交流している。
「遅くなりました」
私は図書室に置いてあるエプロンを手早くつける。
エプロンは個人のものなので、何を使ってもいいんだけども、私はカウンターの時はギャルソンエプロンを使っている。
書庫の本の整理の時は、もちろんちゃんとしたエプロンを使う。
「それじゃあ、カウンターお願いね。先生食事してくるから」
「分かりました。何かしておく事ありますか?」
「返却の本をまとめておいてくれる?後で戻すから」
「はーい」
私は本が好きだ。
本に熱中しすぎて一晩読み明かした事が何度もある。
それで、昨日の様に宿題をやらないってことも…たまに。
「本の返却お願いします」
「はい、お預かりします」
私は本の返却にくる人、借りに来る人を適切に案内をしていく。
昼休みでもまだ早いこの時間はあんまり人が来ないから、先生に頼まれた事がない限り私は読書をして過ごす。
今、私が呼んでいるのは、自分達の学校に在学中にデビューして今でも活動している作家さん。
デビューが高校1年だというから、よっぽど才能があったんだろうなって思う。
私が呼んでいるのは、まさにそのデビュー作だ。高校在学中はティーンズ作家で活動して、今は一般書籍も出版している。
噂だと、この図書室にも訪れていると言う。覆面作家さんなので、素顔を知る人はいない。
そのミステリアスさが私の好奇心を更に増幅させるのだった。
「すみません、司書の先生いらっしゃいますか?」
「先生はお昼に行ってますが、職員室にいますよ」
「職員室か。面倒だからここで待たせてもらってもいいかい?」
「構いませんよ。待ち合わせですか?」
「そんなところです。ありがとう」
私に問い合わせをした人は、そう言うと、テーブルに座ってノートパソコンを開いた。
小気味よく聞こえるキーボードの入力の音。
仕事途中のサラリーマンなのかな?でも…スーツというよりカジュアルだし、まだ学生さんなのかな?
その不思議な人を私はぼんやりと眺めていた。
「御苦労さま。何かあった?」
「あちらの男性が先生をお待ちですよ」
「あら…早く着たのに…諒」
先生が男性を呼ぶ。呼ばれた男性はパソコンを閉じた。
「お久しぶりです。頼まれたもののデザインとかできましたよ」
「奥さんは元気?」
「元気ですよ。もうすぐ…二人ともきますよ。子供付きで」
人当たりの良さそうなその人は更に眼が優しくなった。
「あい、うちの卒業生の田中君。文芸部のOBね」
「この子はあい。文芸部の書評担当。学校で一番の読書家だね」
「はじめまして。書評を書く子は少ないでしょう?」
「そうですね。田中さんは何を書いていたんですか?」
「僕はファンタジーが専門だったよ。奥さんはそれに合わせた絵を描いてた」
「素敵ですね。今度過去の会報読んでみます」
「ねぇ、あい。そろそろ小説書いてみなよ?」
「私には経験値がないんで…」
「だから、書けるんだよ。思ったままに書いて御覧?」
先生達は文芸部でも作家さんだからそうやって言えるんだと思う。
私が書くとしたら…エッセイが限界なんだけど…。
「だったら…書きたい分を書いて御覧よ。僕が見てあげるよ」
「そうだね。諒が指導してくれるんだったら私も助かるわ。はい、決まり。顧問には伝えておくから」
「とりあえず、彼女が書いた書評を見せてもらえますか?」
「確か、この中に入っているはず。図書室用だけど」
田中さんはノートパソコンに先生から借りたUSBメモリーを差し込む。
「ふぅん、個性のある文章を書くんだね。これだけ書ければ大丈夫。書いてみようね」
もう…私には拒否を選択する道は…ないみたい。嫌だなぁ…。
でも、諦めるしかないか。
「あい、予鈴がなってるわよ。そろそろ教室に戻りなさい」
「分かりました。放課後もきますね」
「放課後は修復頼むからよろしくね。そういえば、まあくんと喧嘩したんだって?」
「…違う。八つ当たり。私が悪いの」
「分かってるならいいのよ。この子たちもどこかのバカップルみたいなのよ」
「あぁ…あの二人ですか?まさか最後が双子だなんて…びっくりですけど」
「本当に笑っちゃうくらいに計画通りよね。本人達は楽しんでますね。諒達は?」
「うちは…まだ結婚して2年になった所ですよ。俺の仕事がもう少しセーブして育児休暇取りたいんで、いろんなところにお願いしている所です」
「だから…最近、忙しいの?」
「そんなところですね。とりあえずストックを増やしてますよ」
「体壊さないでよ?ところでりおは?」
「今日はその双子の検診のアシスタントですよ。絵の仕事と共に夢に向かってますよ」
田中さんは相当忙しい仕事をしているようだ。どんな仕事しているんだろう?
「あいちゃんは僕の仕事が気になるのかな?僕はねクリエーターなんだ。これ以上はごめんね」
「サラリーマンってカンジではないのは分かりましたけど。田中さんの夢はなんですか?」
「僕は…喫茶店の経営が夢。できれば学校の側で。今は用地を探しているんだ?」
「本職は…どうするんですか?」
「そんなの…携帯とPCさえあればどこでもできるから、喫茶店しながらでも大丈夫だよ」
「その為に、飲食系の資格取ってあるんだもの…ね?」
「そうですね。調理師・栄養士・管理栄養士・今の夜学でパティシエコース行ってるしね」
そんな時に私の携帯がなる。まゆちゃんからだ。
「ごめんなさい。何?今図書室だけど…分かった。じゃあ私5時間目までここにいる」
「どうしたの?」
「次の時間は課題なしの自習だそうですので、ここで作業を手伝いますよ」
「あいはサボる子じゃないからいいわよ。諒、久しぶりに授業になったらお茶入れてよ」
「わかりましたよ。あいちゃんは紅茶は好き?」
「大好きです」
「じゃあ、入れてあげるね」
そう言って、田中さんは図書室から出て行った。どこに行くんだろう?
「先生…図書室には給湯室はないですよ?」
「そうね、でもこのフロアのもう一つにはあるのよ」
「…生徒会室?」
「諒は生徒会室も学生時代から出入りしているから、大丈夫よ。それにあの二人も着いたころでしょう」
先生は腕時計をチラリと見た。ロッカーから、ブランケットを取りだした。
「ごめん、これをキッズのカーペットの上に敷いておいて」
「はーい」
私は先生に言われた通りブランケットを敷く。
丁度その時、昼休みが終わるチャイムがなった。