009
「それで、失せ物とは何なのですか?」
「…刀、です」
「刀?」
「はい。…父上の、形見の刀です」
「それは…」
「父上が病死した後、お家の物は粗方が、幕府や他の藩の方々、または盗人等に持って行かれてしまいました。わたくしは、それを否定したりはしません。持って行かれた方々にも、それなりの理由があったでしょうから。…でも、あの刀だけは別物なのです」
「別物、とは?」
「あれは、父上が自分で鉄を打って造られた刀なのです。わたくしは、それを誰よりもそばで見ていました。だからこそ、今、何処の馬の骨ともしれない匹夫があの刀を持っているのが堪らなく悔しいのです」
「御父上の、御父上との、思い出の品、なのですね…」
「はい。……ですから、楓」
「はい」
きっ、と半ば楓を睨み付けるように見上げる葵。本人は否定するかもしれないが、その目尻には涙の粒が光っていた。
そして、楓もその気持ちが痛いほどに理解できるからこそ、余計な言葉は言わない。
必要最低限の返答だけをして、主からの拝命を待つ。
「必ず、父上の刀を我が元へ持ってきなさい。……お願いします」
「委細承知」
常とは口調も、声の高さも変え、努めて「主」らしく振る舞おうとする葵の様子に、内心、ほほえましい気持ちを覚えながらも、楓は頭を垂れ、主からの命を承ける。
「それで、持ち主などの手がかり等はあるのですか?」
「はい。わたくしの予想だと、ここから北に二里程の平原に陣を構える、藍鉄葵追討軍の首領――」
「立待水仙が怪しいと思います、ってか? ひどいねぇ姫さん。あんなにお世話してあげたのに」
「っ!?」
「何奴っ!」
二人の会話に滑り込むように、背後からかけられた男の声。
葵は身体を硬直させ、楓はいつでも刀を抜けるように左腰の刀の柄に手を掛け、振り向く。
「いやだなあ、おねぇちゃん。この超絶かっこよくて超絶強くて超絶もてもてで超絶いかしてる水仙様はこっちだぜ? しっかりしてくれよ」
「!?」
楓が振り向いた先には誰も居らず、そのかわり、今度もまた、楓の背後から声がかけられた。
「立待、水仙――」
「やあやあ姫さん、お久しぶり。元気してたー?」
「誰、が!」
親しげに葵に話しかける男。しかし、葵の眉間には皺が寄り、いかにも不倶戴天の敵とまみえた、と言った様子であった。
「追っ手に出した二人が帰って来ないと見に来たら…まさか姫さんに会うとはねぇー」
男は、しのび装束を改造したようなものを着ていた。
黒い上下、下は袴、上は袖で指が隠れるほどに長く、かつ、袖の中頃が不自然に大きく、しかも重そうに垂れ下がっている。
全身の急所を守るように、鉄で出来た帯が巻かれ、髪の毛は一本残らず右を向いてとがっている。
「貴様――何者」
主がそんな態度で接する相手に、楓が友好的に接する事などあり得ず、よって楓の詰問もまた、語気は荒かった。
「さっき聞いたんじゃーなかったのかい? まあいいや。俺様が、超絶かっこよくて超絶強くて超絶もてもてで超絶いかしてる、藍鉄葵追討軍が首領、立待水仙さまだ。覚えなくていいぜ。どうせおねぇちゃんはすぐに――」
死ぬからさ。
呟かれたその言葉は、本人の掴み所のない性格と合わさって、凄く不気味に聞こえた。
「冗談を抜かせ。貴様なんぞに殺される程、柔に鍛えてはいない」
「ふーん……へーぇ……ほーぅ……」
「何だ、下郎」
全身をなめ回すような水仙の視線は、しかし、すぐに断ち切られた。・文字通り、両人の間を刃が通り、まるで見えない視線という糸を斬るかのように楓が刀を振ったからだった。
「おねぇちゃん、それ――本気で言ってる?」
「…何が言いたい」
「いやー、自分と相手との力量を見抜けるようにならないと、長生き、できないよ?」
ぎいん!
「ほう…話の途中に斬りかかってくるような奴にだけは言われたくない台詞第一位だ、な!」
いきなり、金属音が響いた。
水仙が目にもとまらぬ早さで背中から一振りの忍者刀を抜き取り、楓に斬りかかり、それを楓が防ぎ、今度は楓が力を込めて水仙の刀を押しのけたのだった。
「楓!」
「下がっていてください!」
「わ、わかった…」
思わず、と言った感じで叫んだ葵に、楓は一言叫び、再び意識を水仙へと戻した。
「そら!」
意識を戻した瞬間、水仙が刀を持っていない左手を振った。
袖口から一斉に飛び出したのは、細い針のようなもの。
千本と呼ばれる、暗器の一種であった。
すべてが楓の全身の急所を狙って投げられていて、その数なんと四十五本!
「野分流『鶯』!」
叫び、楓が刀を振る。
一息の間に五度、振るわれたその斬撃は、四十五本の千本を一本残らず叩き落とした。
「背後がお留守じゃぁないかい?」
ぎん! ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃん!
背後から聞こえた声に迷わず反応し、即座に振り下ろされた忍者刀を受け止め、反撃し、打ち合う。
おおよそ剣の達人と達人の試合であっても、ここまでの剣劇は見る事は出来ないだろう。
「野分流――『鶺鴒』」
右腰に差していた、葵から貰った太刀を抜き、右の打刀、左の太刀の二刀流で斬りかかる。
左右対称に振られた袈裟懸けを、忍者刀と左袖から飛び出した苦無で受け止めんとする水仙。
きゅん!
「くっ――」
間一髪、後ろに跳んで切っ先から逃れた水仙。
その左手に握られていたのは、真ん中から先が無くなった苦無。
鉄をも切り裂く楓の斬撃が、無理な体勢で受け止めた苦無を一刀両断したのだった。
「ひゅう、危ないあぶない。もうちょっとで、俺様の超絶かっこいい顔がすっぱりいくところだったぜ」
「次は斬る」
「こわいねぇ、おねぇちゃん」
ききん!
楓の後ろに、二本の苦無が飛んでいく。
言葉と共に放たれ、楓が弾いたものだった。
「けどさ、俺様にばかりかまけて、大切な事、忘れてないかい?」
「大切な事――?」
思わず、戦闘中だというのに首を傾げる楓。
その時、彼女の耳に叫び声が飛び込んできた。
「何をする、貴様ら、いや、離して!」
「葵様!」
とっさに振り返った楓の眼に映ったのは、葵が三人の男に押さえつけられ、両手を縛られている所――
そこまで認識した段階で、楓の足はそちらへ駆けつけようと、持ち上がった。
が、その足が再び地につくのは、駆け出す為ではなく、身体を支える為だった。
いきなり首筋に走った衝撃。
ふらつき、倒れる視界に映ったのは、主の姿ではなく、手刀を振り下ろした姿勢の水仙。
その口が動く。
その動きさえ、今の楓にはとても緩慢なものに思えた。
身体が地面に倒れ伏す。
が、視線だけは水仙から外さない。
その口が、舌が、喉が動き、空気を振るわせ、声として楓に届く。
「すぐには殺さない。助けたかったら、俺様達の陣まで来い。それまで姫さんは預かる」
言葉は、ひどくぼやけて聞こえて。
視界も、霞がかかっているように見え辛い。
意識は朦朧としていて、意味を咀嚼し、理解するまでに一拍が必要だった。
意味を理解し、沸き上がってきた怒りの感情を、動きにくい喉に乗せて叫ぶ。
「たち、まち…………すいせえええええええぇぇぇぇぇん!」
絶叫。
力の限り、叫ぶ。
それを水仙は嗤って聞き流し、楓に手を振った。
それに益々怒りが沸き、もう一度叫ぼうとしたところで――
楓の意識は、
ゆっくりと、
闇に、
墜ちていった。
カオス。
感想、批評なぞがありましたらお気軽に。
誤字脱字でもかまいません。




