007
「では、楓にはこれを渡しておきます」
言葉と共に楓に渡されたのは、一振りの刀。
拵えに納められた、刃渡り二尺二寸程の刀で、刃文は細い直刃、刀身には根元から中程まで龍の彫り物がされている。
見ただけで、業物とわかる一刀であった。
「これは…?」
「剣士、と聞き及んでいましたので、主人からの最初の御恩です。 この刀で、しっかりと私を守ってくださいね?」
「承知、しました!」
自分は何といい主を持ったのか。
まさか、ここまで自分の事を考えてくれているとは――
「では、早速向かいましょうか。 目的のために」
「目的、とは――?」
「失せ物探しです。 父上との、思い出の品の」
「居たぞ!」
「こっちだ、早く!」
尾張、とある街角、その商店街。
あれから、楓の家を出て、町へ――葵の言うところの、失せ物探しへと出かけた二人。
いつ何時襲われるのかわからない、と言う事で、楓の腰には先ほどの太刀に加え、刀と脇差しがぶら下がり、更に着流しから黒の袴に白の羽織へと着替えている。
そして、平時であれば慎重すぎる程の考え方である楓の「常在戦場」の心構えは、このときばかりは良い方に働いた。
襲ってきたのである。
皆一様に刀を携え、徒党を組んで、葵の身を狙う奴らが。
一対一ならば、楓に負ける気はない――いや、たとえ十人一度に襲いかかって来たとしても、楓は葵を無傷で守り抜く自信がある。
ならば、何故刀を抜いて応戦しないのか。
(町人に被害が出るかもしれない――!)
そういうことであった。
勿論、本当に追いつめられればその通りではないが、まだ余裕がある段階では、なるべく被害は最小限に留めておきたい。
そう思うからこそ、葵と楓の二人はまだ朝露が地面に残る尾張の町を駆け回っているのだった。
「いつ、まで、はしっ、走るんですか!?」
「この近くに、河原があります。 そこで迎え撃ちましょう」
息が弾んでいる――ついでに胸も弾んでいる葵に比べて、楓の顔は至って平然としている。
胸の方は、まあ、言及はしないでおこう。
「見えた――」
水の流れる音が前から、追っ手の足音が後ろから聞こえてくる。
じゃりっ、と河原の砂利を二人の草履が滑る音がした後、楓は後ろを振り返った。
「やっと追いつめたぜ…」
「藍鉄葵! 逆賊の容疑により、その命、もらい受ける!」
「誰の命を貰うって?」
刹那。
二人と追っ手との間には、少なくとも二十歩は下らない程の距離があった。
しかし、今楓は二人の追っ手の目の前に立っている。
「き、貴様、何時の間に――」
「邪魔をするな! 我らは、逆賊である――」
「五月蠅い」
たった四文字、その言葉にすべての感情が込められていた。
それ即ち、剣気、それに殺気。
巫山戯た事を抜かす口を閉じろ、叩っ斬るぞ――と。
それを本能的に察した二人は後ろに飛び退き、刀を抜いて構える。
「邪魔だてするのなら、貴様も斬る!」
「そうか、ならこれは正当防衛になるのかな?」
柳に風、と言った感じで追っ手二人の言葉を受け流しながら、さっき主から授かった太刀の柄へと手を掛ける。
ゆらり、と鞘から抜かれた刀身は午前の日光を受けてその銀色を惜しげもなく晒し、見る物に感動と恐怖とを同時に感じさせた。
「く、うううう……覚悟!」
「でやああああああああああぁぁぁぁ!」
二人同時に斬りかかってきた追っ手を見ても、楓は眉一つ動かさない。
ただ切っ先を地に向けたまま太刀を握り、冷静に二人の剣の軌道を見つめる。
「か、楓!?」
葵が楓の身を案じて叫ぶが、まだ楓は動かない。
そして、追っ手二人の刀の切っ先が楓を切り裂かんと迫り、楓の肌に触れようとしたその刹那―――
楓の身体が沈み込み、ぽつりと呟かれた言葉が追っ手と葵の耳小骨を揺すった。
「野分流、『川蝉』――」
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