005
「すみませんね。 なにしろ、早朝に鍛錬をするものですから、どうしても朝食の時間が遅くなってしまうんですよ」
「いえいえ、それは私がこんな時間に訪ねてきてしまった事が悪いのですから」
お気になさらないでください、と葵と名乗った女性が言う。
いい人だ、と楓は感じた。
目の前で食事をされて、いやがる人もいる。それを、自分のせいにして相手を立てるとは、中々人間が出来ている。と、そこまで考えたところで、葵の言葉で楓の思考は遮られた。
「それで、頼みのことなのですが――」
「ええ。 まずは大まかな内容をお願いします。 受けるかどうかは、それからと言うことで」
「わかりました。 依頼というのは、用心棒をして頂きたいのです」
「用心棒――」
「はい。 大体…二週間ぐらいでしょうか」
「二週間ですか…」
「その、どうでしょうか…?」
心配そうに楓を見やる葵。
「あいわかりました。 お引き受け致しましょう」
「本当ですか!」
「ええ。 それに――」
何か事情があるようですし。
その言葉は、口から出さずに飲み込んだ。
「では、概要を説明します」
「お願いします」
「まず、私は追われています」
「…誰に、とは、わからないのですか?」
「いえ、犯人の目星はついているのです。 私は――」
一息、まるで覚悟を決めているかのような間を置いた後、葵は再度、口を開いた。
「私は、いえ、わたくしは、先の大反乱、その首謀者である、藍鉄紫紺――その、実の娘です」
「あい、てつ…?」
「…はい」
少し、昔の話をしよう。
今から二十年前、正保一年のことである。
一人の領主が、天下を治める幕府――真朱幕府へ反旗を翻した。
その反乱は、瞬く間に秋津島全土に広がり、各地の反幕府勢力をも飲み込み、あっという間に巨大な軍勢と化した。
反乱軍の首領、その名前が、藍鉄紫紺。
先ほどの葵の言葉を信じるなら、葵の父親である。
藍鉄家は元々、九州の大名であった。
武芸に長け、そんじょそこらの平和ボケした大名達では抑えられないほどの力を持っていた。
その藍鉄家が反乱の首領である。
話を聞いた時の幕府の慌てようと言ったら無かった。
そして、その隙を突くように反乱軍は北上。
途中に位置する国を次々と打ち破り、遂には幕府のお膝元である近江までたどり着いた。
して、さあ幕府を叩かん、と言ったところで首謀者である藍鉄紫紺が病死。
有能な司令官を喪った反乱軍は空中分解、反乱は集結へと向かっていった。
それで終わりなら良かったのだが、日頃から重用していた紫紺に裏切られたと感じた、真朱幕府が五代将軍、真朱安房の行動は止まらなかった。
秋津島全土に未だ潜み、再起の時を虎視眈々と狙っていた反幕府勢力を根絶やしにするため、安房は全国各地に軍隊を派遣、これを完全に撲滅し、ゆきすぎた太平の世を取り戻したのだった。
さて、さっきの葵の話を本当だとするのなら、葵は真朱幕府始まって以来の大罪人、藍鉄紫紺の娘である。
当然、幕府に見つかればただでは済まないだろう。
そして、身分を明かすという危険を冒してまで、楓に頼みたい事とは、一体――。
カオス。
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