010
遅くなりました、続編です。
野分流とは、元々戦時に作られた流派である。つまり、今の太平の世に広く振るわれている活人剣――殺さない剣戟――などではなく、殺人剣――実際に命を奪う戦い――の流派である。
そんな流派に、流派を守り続ける家に、十一代目当主、朽葉朱の一人娘として生を受けた楓もまた、当然のように刀を握らされた。
楓の一番古い記憶は、泣きながら父に真剣を振るう様子なのだから徹底している。
そんな楓だが、別に剣だけを握ってきたのではない。父からは無愛想ながらも確かな愛をうけていたし、母の腕に抱かれた記憶もまた、確かに存在している。
父と母は、もう居ない。
九年前、病でひっそりと息を引き取った。
逞しかった父の腕が、真っ白な母の腕が、日に日に細くなっていくのを横目に看病を続けることは、この上ない哀しみを楓に与えた。
人の死。
それは、稽古でしか人の命を奪う行為を経験してこなかった楓にとって、衝撃的な出来事だった。
それから、楓は人の命を奪う事に抵抗を感じ始めた。
不殺。
言葉にするとたったの二文字だが、そこに込められた意味は重い。
先の戦闘で、楓は二人の男を倒した。
だが、殺しては居ない。
人の死は、命は、粗末にして良い物ではない。命の灯火が消えるときと言うのは、もっと、厳かに、丁寧に扱われるべきものなのだ。
異端だ、と言う事は理解している。だが、不殺の信念は、曲げてはいない。曲げてはいけないのだ、と思っていた。
――少なくとも、今日までは。
最初は、行き倒れかと思っていた。
だけど、その考えはすぐに否定された。
倒れている人――女性だった――のそばには、普通よりも長い刀が落ちていた。そして、その女性の腰に
は、鞘。
すわ戦闘でもあったのか、と身構えたが、そういう雰囲気は感じられなかった。
とりあえず家に担ぎ込み、額を濡れた手ぬぐいで覆う。
本来の目的であった買い物を市ですませ、帰ってきても、女性は眠ったままだった。
そのまま一日が過ぎ、夕方になったとき、少女は思い至った。
どこか、怪我でもしてるのかな。
額から汗を垂らし、苦しそうにうなされている様子をみて、そう判断すると、悪いと思いながらも服を脱がせにかかる。
綺麗な身体…
自分も村では美人だと言われているが、目の前の女性の肢体はその遙か上をいっていた。
少女は、名を百合という。
倒れていた女性――水仙にやられた楓を家まで運び、看護をしている事からもわかるように、心の優しい娘として村で有名な娘であった。
怪我、少なくとも外傷は無い事を確認し、元通りに服を着せていく。
そうして、もう一度蒲団に寝かせると、百合はぬるくなってしまった桶の水を替える為、家から少し離れた井戸に水をくみに行った。
「あらゆりちゃん、元気?」と、背後から声が掛けられる。
その声から、いつもよくしてくれる八百屋さんの妻だと察しをつけた百合は、微笑みながら振り返った。
「はい、お陰様で、元気にやってます」と答え、木桶に水を入れた百合は、次にかけられた言葉にどき
りとした。
「そうそう、ご両親、そろそろ旅行から帰ってくるんじゃないの?」
そう。今でこそ女性を家に上げていられるが、両親が帰ってきた後にどうなるかはわからない。
「ええ、そうですね……では、失礼します」と、早々に会話を断ち切り、百合は家路を急いだ。
どうしよう。
歩いている間、百合の頭の中を駆け回っていたのはその一言だった。
大した結論が出ないまま、思考だけが堂々巡りを繰り返す。
まずは看病だ、と自分を無理やり納得させると、百合は家の中へと這入っていった。