恩返し開始
ゆっくり、じっくりと開始する予定。
祝勝会から帰ったガルーは金貨の大量に入った袋を同居人であるルースに放り投げた。
といっても、ルースは寝床で熟睡していたのでまともに受け取れるはずが無い。
……なので当然。
「ゴフッ!!」
腹部に金貨の入った袋を落とされたルースは口から空気を全部吐き出して悶絶した。
「ごっ! ごふっ! な、なんですか一体!?」
「うるせぇ。それ受け取ってさっさとテレサの家に向かえコラ」
「……寝ていた人間に物を投げつけて起こし、その挙句に脅す。……貴方はどこのマフィアの方ですか?」
「いいから、それ持って早くテレサの実家に行け。ついでに二度と帰ってくるな」
「……えー」
「うるせぇ」
「でも、そんな事すると凄くめんどくさい事になりますよ」
「あ? なんでだよ?」
「だって、この金貨ってテレサさんの家の借金を返すために使うんでしょ?」
そう言ってとルースが寝床から出てきた。──その手には金貨の入った袋を持っている。
「あぁ、そのつもりだ。で、それがどうした?」
ガルーが不思議そうに聞くと、ルースの奴が寝癖のついた髪を指でいじりながら困ったようにこう言った。
「あー、私がこれ持ってテレサさんの家に行った場合、高確率で『とある誤解』をされます」
「とある誤解? なんだそれ?」
「結婚の申し込み、です」
「は?」
「金貨を詰まった袋を持った若い男が『コレをどうぞ使ってください』と言って、若い娘がいる貴族の家にそれを渡すんですよ? プロポーズの一つだと思われてもおかしくないと思いますが」
「………」
ガルーはそこで少し考えた。
そして、一番最初に浮かんだ対処方法をルースに告げた。
「じゃあ、渡したら即効で帰れ」
「そんな怪しい人間が持ってきたお金なんて怖くて誰も使えませんよ」
「……ちっ」
もっともなルースの意見にガルーは舌打ちを打った。
「……くそ。本人に渡すしかないのか」
「というか、なんで最初にそうしなかったんですか? 知り合いなんですから普通に本人に渡せばいいでしょう」
「ちっ!」
ガルーは二度目の舌打ちを打った。今度のは最初のよりも大きい。
その理由は……、
「……あー、もしかして『お礼を言われるのが照れくさい』とかそんな理由ですか?」
ルースのあくび交じりに言ったその一言に、ガルーは顔を横に思いっきりに背けた。
「……そんなんじゃねぇよ」
実際はその通りだったが、「そうだ」と肯定するわけにはいかなかった。
これは単純な男のプライドとも見えたが、実はもう一つ──。
テレサに直接渡すのを避けた理由があった。
おそらく、ガルーがテレサに金貨の入った袋渡せばテレサはガルーに感謝の言葉をかけるだろう。
しかし、それはガルーが望むことではない。
ガルーにとってこれは恩返し以前の問題であって感謝されるような事ではないのだ。
その為、ガルーはテレサに直接渡すことを避けようとしていた。
そしてルースを使ってテレサの実家に金を送ることが出来なくなった今、金を渡す方法は本人に手渡すしかない。
だが、ガルーの頭の中では必死にまだ何か策がないか考えていた。
(そうだ。ルースの野郎からテレサに渡してもらえば……!)
「な──」
「なら、渡すのは私じゃなくても大丈夫ですね。でしたら、これは返します」
「…………」
思いついた台詞は先ほど自分が言った言葉のせいで潰され、続けられなくなった。
「はいどうぞ」
『ジャラッ』
そしてルースから返される金貨の入った袋。
「…………」
ルースから金貨の入った袋を返されたガルーはその重みを確かめた。
「……重」
──金貨の入った袋はずっしりと重く、まるで今のガルーの心のようだった。