祝勝会5
「……わかりました。残念ですが貴方を護衛にする件は諦めます」
「悪いな」
本当に残念そうに護衛の話を諦めると言ったアマリーに、ガルーはどこかバツが悪そうにそう答えた。
「………」
「………」
二人の会話はそこで止まり、それを機にガルーがその場を去ろうとする。
「……じゃあな」
「あっ……」
(行ってしまう……)
ガルーの遠ざかる背中を見て思わず、手を伸ばしかけるアマリー。
だが、その手は中途半端な位置で止まりガルーの背中には遠く届かない。
このままガルーが足を進めれば、声も届かなくなるだろう。
(あぁ……)
アマリーの視界から、一歩一歩ガルーの背中が徐々に遠くなる。
ふと気がつけば、もう手の届く距離に背中はない。
言葉ならまだ届くだろうが、アマリーの口は堅く閉じたままだ。
一歩、また一歩と、ガルーの背中が遠くなる。
「……っ」
しかし、アマリーは口を堅く閉ざして別れの言葉口にしようとしない。
──彼女は自分で理解しているのだ。
口を開けば別れの挨拶ではなく引き止める言葉を言ってしまう事を。
だから、口を閉ざして何も言おうとしない。
ただじっと、ガルーの遠く離れていく背中を目で追い続ける。
(……出来るなら、もう少しだけ一緒に)
そんな思いを抱きながらじっとガルーの背中を目で追っていると、突然アマリーの背後から声が響いた。
「お待ちくださいガルー様!」
「ん?」
名前を呼ばれ足を止めたガルーは自分のことを呼んだ人物の方を見た。
それはずっとアマリーの後方で控えていた侍従のリースだった。
「まだ何か用か?」
「はい。多少お聞きしたい事がありまして」
「仕事の話じゃねぇよな」
「違います。それとは全くの別件です」
「ふーん。まぁ、なら別にいいか。じゃあ何を聞きたいのかさっさと言ってくれ」
引き止めたことを警戒していたガルーだったが、仕事関係ではないと聞いて安心した。
アマリーとリースのそばまで歩いて戻り、そのまま「何を聞きたいのか言え」と促した。
「先ほど言っていた『目的』という物を叶えた後、貴方はどうするのですか?」
「あー、考えた事ないが多分暇になる。で、それがどうした?」
「ではその『目的』が終わった後、お時間がありましたら私の主人の屋敷にいらしてください。是非ともお嬢様を助けて頂いたお礼をさせてください」
「……招いてくれるのはいいけどよ。……そこで護衛の勧誘とかしねぇよな」
「私にそのつもりはありません。私は単なる『お礼』がしたいだけです」
「……まぁ、わかった。信用する。でもあんたらの屋敷ってどこだ? 俺場所知らねぇぞ」
「では、今住所を書いた紙を渡します。少々お待ちください」
侍従服のポケットから紙とペンを取り出し、そこにスラスラと住所らしきものを書いたリースはその書いた紙をガルーに手渡した。
「これがそうか。じゃあ、目的を叶えたら行くわ」
ガルーはその紙を受け取りそれをしばらく眺めた後、手を軽く振って冗談まじりに別れの挨拶をした。
「はい。お越しになるのをお待ちしております」
それに対しリースは固めの挨拶を返した。
ガルーはリースの横を横切り、そのままアマリーの横を通り過ぎようとした時。
「じゃあ、『またな』」
アマリーに向かって『再会』の挨拶をした。
「!?」
それまで二人のやりとりをただ見ているだけだったアマリーは、そこでリースがガルーを引き止めた本当の理由を理解した。
つまり、リースはガルーが目的を果たした後、お礼をするという名目で家に招いてそこで勧誘する機会をつくってくれたのだ。
姉のような存在であるリースが与えてくれたこのチャンス。
──アマリーは彼女の行動を無駄にしない為、最善の行動をとった。
それは満面の笑顔による『再開』の挨拶。
「は、はい! 『また』会いましょう!」
そして、その声は目の前にいるガルーにすぐに届いた。
「おう」
さらにガルーがそれに答えたことにより、何もなかった二人の間に「約束」という繋がりが出来た。
──それは他人からはクモの糸のように細く頼りない物に見えるかも知れないが、アマリーにとってはどんな物よりも強固に出来た「約束」という名の糸だった。