ありがとう婚約破棄。こんにちは異世界。
婚約者が婚約破棄を訴えかけてきた。伯爵令嬢マロンは反論し、無事相手の有責での婚約破棄が決まった。マロンは呆れた。呆れたから見限った。全部。元婚約者も、元婚約者のお相手も、父も、母も。そうしてマロンは家を出た。マロンが向かうのは――異世界だ。美味しい匂いの包まれるお店で、丹沢栗花と名前を変えて日々過ごしていた彼女の元に、一人の男性が客として現れた。
※細かいことは気にせず読んでください。
※以前投稿していたものを誤って消してしまったため再掲です。
すべてがスピード解決した。私はご満悦である。
「ま、マロン、すまなかった。だ、だから家を出ていくなんてやめてくれ……」
実父である伯爵が私に懇願している。けれども私はにっこり笑ってそれを無視した。
私は先日婚約を破棄した。婚約者が婚約破棄を、大衆の前で宣言したのだ。それに対して私はチクチクと、自分の欲のために婚約を破棄しようとする大馬鹿者である婚約者のただれた性生活(相手は男爵令嬢だ)を暴露。婚約者の実家が没落寸前であることも、男爵令嬢の実家が借金を抱えていて婚約者以外の男とも売春していたことも調査資料を突き付けた。私をおとなしい令嬢として甘く見ていたらしい婚約者は私の迎撃に、なんと王女とも関係を持っていることを勝手ににおわせてしまった。そのせいで王女の兄である王太子が激怒して乱入して婚約者を捕縛、強制連行していった。男爵令嬢もついでとばかりに連れていかれた。
私は参考人になったが、数分王太子と話をしただけで解放された。私は、自由である。
「お父様、もう私には関係のないことでしょう?」
「し、しかし」
私の父親である伯爵は、あまり統治の才がない人であった。現に私が執務を手伝うようになるまで、伯爵家が統治する土地はお世辞にもいい状態とは言えなかった。私が執事の手を借りながら手伝うようになって、だんだんと好調になっていった。さすがに父もそれには気が付いたようだが、全部自分の手柄にした。
婚約も、父が勝手に決めてきた。父の決めたことは全部悪い結果になっている。今回の婚約破棄に伴って、婚約者の実家から慰謝料が支払われたが、その慰謝料は私の手元には来なかった。どこに行ったのか。父が、その金を元手に博打を打ちに行ったのだ。ぱぁになった。
母は父を支える義務をとっくに放棄して遊びまくっており、今日もどこかのお茶会に出かけて行った。家の財政については知らないようで、うちはお金持ちだから、と何をどう見たらそう思えるのかと疑問になるようなことを言っていた。
婚約者も、婚約者の相手も、父も、母も、勝手にすればいい。私は私に関わった人間どもが、私に謝罪することを望んでいない。望むのは一つ。この先の私の行動に、一切かかわらないことだ。
今まで我慢してきたのだから、このくらいいいだろう?
「砂糖の一粒ほど残っていたとうとう愛想も付きました。私は出ていきます。準備がありますのでこれで」
「マロン!」
子供にすがっている大人のなんと醜いことか。私は父を無視して部屋を出て行き、足早に部屋に戻った。準備ができ次第家を出ていくと匂わせたが、準備自体はすでに済ませている。
本当は、婚約者と円満に婚約破棄をして、婚約者と懇意である男爵令嬢と上手くいくように願おうと思っていた。父と母も恨んでいるわけではないのだが、婚約者と男爵令嬢とその取り巻き達に私が全部悪いように言われたり、私ありきですべてを決めてしまう父にも、家のことに無関心で遊び惚けている母に愛想が尽きたのだ。とっくに尽きていた。家の使用人たちや領地の人たちがいたから今まで頑張ってきたが、もう無理だ。
伯爵家の領地はもうすぐ隣の公爵領に吸収されることが決まった。私が決めたわけではない。父の手腕が悪すぎたころから決まっていたことだ。でもなぜかそのことを張本人である父は知らなかった。本当に呆れてしまう。崖すれすれで頑張ってこれたのはひとえに使用人たちが頑張ってきたおかげだが、それも知らなかったようだ。私が公爵家にお願いし、一点集中して打ち込んだおかげで持ち直してからは吸収が見送られそうになったのに、今回の件――私の婚約破棄に実は手を貸していたことや慰謝料を博打で溶かしたのがばれてからは有無を言わせず強制執行となる。私に罪はないとあらかじめ公爵からは言われている。手紙で私が家を出ると宣言したのも効いたらしい。もうあの領地を放っておけないと。
ベッドの下から大きな旅行鞄を取り出し、私は帽子をかぶった。部屋を出て廊下に出れば、ずっとお世話をしてくれた執事や、メイドたちが出迎えた。
「お嬢様、後のことはお任せください」
「手筈通り、全て任せます」
みんなそう言って頭を下げた。外に出て、門へ向かう。門番も頭を下げ、門が開く。私は軽い足取りで門を出た。自由だ。
「……さぁて、行きましょうかね」
私はにんまりと笑って馬車には乗らないで日が出づる方向へと歩き出した。
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――。
*****
「プレーンをみっつお願いします」
「はぁい」
あれから、数年経った。私は20歳になっていた。
「プレーン三つで390円です」
「バーコード決済使えるようになったんですね、じゃあこれで」
「はい。いつもありがとうございます」
私は、念願の夢をかなえていた。それが――異世界に渡るというものだった。
実は、私の世界と異世界であるこの場所はつながっている。つながってはいるものの、門は一か所にとどまらない。
「栗花さん、次の期間限定何にするんですか?」
「時期的にやっぱり栗か芋かなって思っています」
「わ、楽しみ!また来ます!」
門を探すのは至難の業だ。探しまくる人の前には現れず、何もしていない人の前に現れる気まぐれさんなのだ。しかし私には関係ない。なぜなら私には、とあるスキルを持っていたからだ。
「こんにちは」
「はぁい、いらっしゃいませ」
それが<門の創造>と言うスキルだ。私はこれを使って、異世界への門を作ったのである。
「わ、美味しそう!SNSで見てからずっと来たかったんですよ!」
「来てくださってありがとうございます!はじめてならまずはプレーンを召し上がってみてください」
「そうします!後は……ダブルチョコと……うーん、悩みますね」
「さっぱり系も人気です。夏限定のはちみつレモンとかどうでしょう?」
「いいですね!ではその三つを包んでください!」
「ご自宅用ですか?」
「はい!」
門をくぐり、私は異世界に来た。なお、私のスキルは人には話していない。父も母も知らないし、元婚約者にも話していない。なので、私はまだあの世界にいると思われているはずだ。異世界に行くなんて普通なら考えられないだろうし。
そして私は向こうの世界とこの世界を繋ぐ関門である役所に向かい、この世界での戸籍を手に入れ、この世界で生きているのである。
こじんまりとした店舗。持ち帰りだけの簡単なシステム。私は異世界の焼き菓子屋で働いている。元々はこの店の主人に雇われた側だったのだが、去年主人が結婚し、旦那さんと外国に引っ越すことになってしまって店を受け継いだのである。メインはパウンドケーキ。多種多様のクッキーやスコーンなどが店内に並べられている。なお、小麦粉ではなく米粉を使うのが前の主人のこだわりだ。私はその思いも受け継いだ。
「あ!お店の前でひとつ食べてもいいですか?」
「どうぞ。そちらにコーヒーのセルフサービスもあるので是非合わせてください」
「わ、嬉しい!」
お客さんはお金を支払って、うきうきしながらお店を一度出て、手荷物を店の前にあるベンチに置いてからまた戻ってきた。紙コップにコーヒーを注いでからまた戻っていった。その時の足取りが、あの家を出たときの自分と一緒だと思って、思わずくすりと笑ってしまった。
今の生活は、大変だけれどもとても楽しいものだ。美味しいパウンドケーキを焼いて、たまに失敗する。前の世界じゃ周りに舐められまくっていた私だが、今じゃ褒められまくりなので大変心地よい。
さて、次の期間限定を栗か芋かと言った手前出せるように練らないといけない。去年のレシピや前の主人が遺してくれたレシピを見ながら今年はどうしようかと考えだした。
からんころんと、来客を告げるベルが鳴った。
「いらっしゃいま――」
せ、と続けようとしたところ、止まってしまった。その理由が、来た人だ。
「お久しぶりだね、マロン嬢」
「お……王太子殿下……?」
私は思わず周りを見渡した。ここは異世界。向こうの世界とは違う場所。それなのになんでこの人がいるのだろうか。
「私がここにいてびっくりしたかな?いや、いや、偶然が重なったんだ」
にこにこしている王太子はすんと鼻を動かした。美味しい匂いに誘われてきた腹ペコみたいだった。
「よ、よければそちらの椅子にどうぞ。座り心地はよくないですが」
「失礼して」
よいしょ、と座った王太子はにこにこを崩さないまま店内を見回した。
「えっと、何があったかお聞きしても?」
「ああ。実は私の部屋に門が出現したんだ」
「お部屋に!?」
王太子が住む王宮は、安全のために移動に関する魔法が使えないような陣が張られている。それなのに異世界の門は現れた。私はあの門は魔法ではないのか、と思いつつ、ではそれを作れる私は何なのかと首を傾げた。
「面白そうで、飛び込んでしまった」
「お、面白そうで……ですが跡継ぎはどうするおつもりで……」
「私がいなければ弟がなる。弟ならあと三人いるからね」
「しかしすでに立太子はお済でしたでしょうに」
「いいんだよ、その直前にひと騒動あったのだし――おっと、これ以上は長くなる。時間を作ってもらわねば」
「……うーん」
向こうの世界に何があったのか。気にならないと言われればうそになる。けれども知ったところで私が向こうに戻ることはないし、懇願される様子でもない。まぁ、聞くぐらいならいいか、と思った。
「何か食べますか?味は保証します」
「この店は君の?」
「はい、店主です。今は丹沢栗花と名乗っています」
「私は今は五百川はるかと名乗ってる」
「……栗と芋……」
「たぶん偶然じゃないよ、名前を決めてくれる人が『そろそろ秋ですね、なら芋にしましょ』と言っていたからね。苗字を決めるのは大変らしい」
「は、はぁ……言われてみれば私がこっちに来たのも秋でしたね」
「だろう?まぁ君の場合は元の前関連かもしれないが」
安直だがそういうものか。けれども私はこの世界にこれたこと、この世界の戸籍をもらえたことがうれしくて疑問に思わなかった。
「では……抹茶、抹茶がいいな」
「抹茶?いきなり抹茶ですか?」
「実は役所で頂いたお菓子に抹茶を使ったものがあって、それから抹茶を求めているんだよ」
「それ大丈夫な葉っぱです?」
「うん?どういう意味だい?」
「無視してくださぁい」
私は抹茶のパウンドケーキを取り出して皿に乗せた。通常なら外のベンチを勧める場面だが、外にはすでにおひとりいるのでそのまま食べてもらうことにした。フォークを渡そうとしたら、彼はそれを受け取らず、そのまま手でつかんで食べ始めた。
「おや、ワイルドですね」
「外の女性がこうして食べていた。これが作法なのでは?」
「フォークを使う人もいますよ」
「でもこれでいい。……いや、これがいい、と言っておこうか」
むしゃり、と食べ進めていた王太子の近くにコーヒーを置くと、彼はそれにも手を付けた。随分と美味しそうに平らげるので、私は思わず笑ってしまった。
「これからどうなさるんですか?」
「この世界で生きるには仕事に付かないといけないというのは役所で聞いたよ。だから職探しをしようと思ってね。君はどうしてこの店を?」
「もともとはアルバイト……時間給の仕事で雇っていただいたんですが、当時の店主がお付き合いしている人と結婚して、そのお相手が外国へ出張になった関係でついていくことになったんです。店主からこの店を譲り受けて、経営しています」
「君なら一つの店を回すことくらい簡単だろう」
「そうもいきません。お客が来ない日もありますし、嫌な奴が来るときもあります。でも楽しいの方が圧倒的に多いので今は満足いく結果ではありますね――あ、そうだ」
「うん?」
「殿下、よければうちで働きませんか?先ほども言いましたが嫌な奴が来ることもありますし、女一人の店だからと好き勝手する人もいるんです。男一人いたら話が変わると思って」
「君がよいならそうさせてもらおうかな?」
店の経営はよい具合なので、そろそろ別のこともしてみたいと思っていたのだ。それがネットショッピング。ECモールにお店を出店し、遠方の人や、先ほどのお客さんのようになかなかお店にこれない人向けの商売をしようと思っているのだ。そうなると一人ではきつい。しかし店番を頼める人が短時間でも一人いたら挑戦できると思ったのだ。
王太子殿下も乗り気なようだ。しかしさすがの私もこの世界の雇用については知らない。なので前の店主に連絡を取るか、近隣の仲のいいお店にどうしたらいいかを聞きに行こうと思った。
――そうして始まる元伯爵令嬢と元王太子の焼き菓子屋経営、大変美味しい焼き上がりになることは間違いないのでした。
最後までご覧いただきありがとうございます。
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余談
・向こうの世界の住人のほとんどがスキル持ち。だけど普通の人は自分のスキルを人に話したりしないので、親でも子供のスキルを知らない場合が多い。
・マロン/栗花のスキル<門の創造>は異世界に通じる門を作るもの。ただし使えるのは生涯一回のみ。
・門をくぐった先には向こうの世界と異世界のはざまにある役所につながっており、そこで異世界の世界観の勉強、戸籍を入手してから異世界に降りる。問題を起こしたら速攻役所の人がやってきて向こうの世界に連れ帰り、向こうの世界で罰せられる。
・王太子/はるかは向こうの世界で弟支持派から暗殺未遂を受けてしまって大変ぼろぼろであり、元々の価値観は普通の人と変わりないので無責任にも逃げようとしていたところ部屋に門が現れて幸運とばかりにくぐってきた。数年前にマロン/栗花が消えたと聞いていたのでおそらく門をくぐったと思っており、役所にお願いして調べてもらったところ店にたどり着いた。
・恋愛的感情はお互い無い。今のところは友情の方が強い。




