第28話 グレヴァンの有名人
本作品のスピンオフ。『愛華のチャンネル』の投稿を開始しました。
今後、不定期(週一ペース?)で投稿予定です。
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「おい、あの子じゃないか?」
「え? どの子?」
「ほら、あそこにいる黒髪の……」
辺境伯領最大の冒険者都市、グレヴァン。
彼女は既に、この街では有名人だった。
聞こえてる。
全部、聞こえてる。
りそなは聞こえないふりをして、通りを歩いていた。
辺境伯家で起きた暗殺未遂事件以来、ずっとこんな調子だ。
「あの子が?」
「ああ。辺境伯様とお嬢様を救ったっていう――」
りそなは少しだけ歩調を速めた。
(お願いだから、その先は言わないで……)
「近未来視の魔女」
(言った……)
あの場には大勢の貴族や商人がいたから、
事件のことが広まるのは仕方がない。
エレノアの果実水に毒が入っていることを、飲む前に言い当てた少女。
その後、料理にも毒が仕込まれていたことが分かり、辺境伯まで救った少女。
そこまでは事実だ。
問題は――
「未来が見えるらしいぞ」
「毒を盛られる前から分かってたんでしょ?」
「すごいよねぇ……」
(見えません!)
「明日の天気も分かるらしいぞ」
(分かりません!)
「私の未来の旦那様はどんな人かしら?」
(知りません!)
噂に尾ひれがついて、もはや占い師みたいになっている。
見えたのは未来ではない。
あのメイドが毒を盛ったことも、その後の計画も、
全部あの女の頭の中から読み取っただけだ。
「リソナ、おかえり!」
銀の小鹿亭の前で、掃除をしていたフィアが手を振っている。
「ただいま……」
りそなが宿に入ると、ローザがカウンターの向こうから顔を上げた。
「おかえり、近未来視の魔女さん」
「やめてよ!ローザさんまで」
「あははは! いいじゃないか。立派な二つ名だよ」
ローザの笑い声が食堂に響く。
フィアまで隣で笑っている。
「でも、リソナも有名になったよね」
「嬉しくないんだけど……」
「この前なんか、リソナが泊まってる宿はここかって聞きに来た人もいたよ」
「えっ?」
「三人も」
「教えてないでしょうね?」
「うん、でもギルドで聞いたんじゃないかな?」
(この世界の個人情報保護の概念はどうなってる!)
来たばかりの頃は、自分のことを知っている人間など誰もいなかった。
それが今では、知らない人から顔を見られる。
たまに声まで掛けられる。
(リュミエラの思惑通りになってるなぁ……)
自分を有名にする。
そして、この世界にいるプレーヤーに見つけてもらう。
それがリュミエラの目的だった。
(でも、こんな有名になり方じゃなくても……)
「そういえば、今度はいつ行くの?」
「?」
「エレノア様のところ」
「ああ……まだ決めてない」
あの事件以来、エレノアからは何度もお茶会に誘われていた。
りそなもすでに何度か辺境伯邸を訪れている。
最初こそ、貴族のお茶会という言葉だけで緊張していたが、
実際にはエレノアや、彼女と親しい貴族令嬢数人と
お菓子を食べながら話をするだけだった。
みんな、りそなの冒険者話を興味津々で聞いてくれる。
最近では、りそなもそれほど緊張しなくなっていた。
それだけではない。
エレノアが大森林へ行く時には、護衛の依頼を受けることもあった。
もちろんガルドとボーノも一緒だ。
薬草を採りに行ったり、森を歩いたり。
これまでにも何度か四人で大森林の浅層へ入っていた。
「この前は森にも行ってたよね?」
「うん。エレノアがまた薬草を採りたいって」
「貴族のお嬢様なのに、変わってるよね」
「それは私も思う」
あの事件以来、辺境伯家との関係は思っていた以上に続いている。
エレノアとは、貴族と平民というより、
普通の友達に近い関係になっていた。
「いいなぁ……」
「何が?」
「リソナって、いろんなところに行けるじゃない」
「まあ、冒険者だからね」
「……ねえ」
「ん?」
「冒険者の仕事って、どう思う?」
突然の質問に、りそなはフィアを見る。
「どうって?」
「私も冒険者になろうかなって、ちょっと考えてて」
「フィアが?」
「うん、回復魔法くらいなら、私も使えるんだよ」
りそなは思わずローザを見た。
「私は反対だよ」
「お母さんには聞いてない!」
「聞かなくたって反対だよ。危ない仕事なんだから」
「分かってるって」
フィアが少し不満そうに口を尖らせる。
「ずっとここで働くのも悪くないけど……私も何かやってみたいなって」
「冒険者を?」
「うん。リソナを見てたら、ちょっと楽しそうだなって思って」
「楽しいことばっかりじゃないよ?」
フィアは少し考えてから続けた。
「だから、まだなろうって決めたわけじゃないよ。ちょっと考えてるだけ」
「そっか……」
りそなには、簡単に勧めることも、止めることもできなかった。
自分だって、冒険者になってまだそれほど長くない。
「ボーノに聞いてみたら?」
「えー……」
「なんで?」
「だって、怖いもん」
「怖くないよ」
「リソナはね」
そんな話をしていると、宿の扉が開いた。
「リソナ」
低い声に振り返る。
「あ、ボーノ」
いつもの格好。
いつもの無愛想な顔。
フィアが一歩下がった。
「ほら、怖い」
「聞こえてるぞ」
「げっ!?」
フィアが固まる。
「リソナ、ギルド行くぞ」
「今?」
「ああ」
「何かあったの?」
「前に報告したゴブリンの件だ」
「ゴブリン?」
「調査隊が戻ったらしい」
りそなは一瞬考えて思い出した。
エレノアたちと出会った日、
浅層と中層の境界付近で遭遇した、ホブゴブリンを含む
ゴブリンの集団。
近くに集落がある可能性が高い。
そう判断したギルドが、後日、調査隊を出していた。
「結果が出たんだ」
「ああ」
「どうだったの?」
「俺もまだ聞いてない」
「そっか」
りそなは立ち上がった。
「じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい」
「気をつけてね、近未来視の魔女さん」
「ローザさん!」
笑い声を背中に聞きながら、りそなはボーノと宿を出た。
外へ出ると、通りの向こうにいた男がこちらを見た。
二人がそろって、りそなを見ながら
なにやらボソボソと話をしている。
「……ねえ、ボーノ」
「なんだ」
「私、そんなに有名になってる?」
「ああ」
「即答かい!」
ボーノは何も答えず歩いていく。
「ちょっと待ってよ!」
りそなは、その背中を追いかけた。
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