家庭教師
数ヶ月前_
エレシアナは部屋のソファに腰掛け、1冊の本を読んでいた。
すると、部屋にお茶を運んで来てくれたメイドが、本を見て声をかけてきた。
「何を読まれているのですか?」
微笑みながら話しかけてくれた事が、とても嬉しかったからか、いつもよりも弾んだ声で応答した。
「これは魔法使い様の論文よ。魔法の原理と古代からのエルフ種との関係についての。」
閉ざされた部屋では、一人の時間は本を読むことが多い。そのためか、早くに文字を読めるようになった。
「お嬢様は博識でいらっしゃいますね。9歳でこれ程難しい本が読めるんですもの!」
つい褒められて、内心、舞い上がってしまう。
昔から専属メイドは付いておらず、日替わりで違うメイドが世話をしてくれる。その中でも、彼女、アリサはよく話しかけてくれる。事情を知っていても優しくしてくれる、母に近い存在だ。本当の母は、私達を産んですぐ病死したから。
数分後に本を読み終わったエレシアナは、次の本を探しに護衛とともに元々別館に取り付けられている図書館へやってきた。
「さっきの本、根拠や経験談が用いられていて他の本よりも信憑性があって面白かったわ。」
著者:リベリア・アークレイン
(この人の本、他にもないかな…。)
ずらりと並んだ本の背表紙を指でなぞりながら、本を眺めていると、著者リベリア・アークレインと記された本が目に入った。
興味津々でその本を手に取った。
題名はー
『厄災の魔女の加護が齎すもの』
(…これは!)
その題名を見た時、はっとした。まるでこの本に導かれたかのような不思議な感覚だった。
ドクンドクンと心臓が鳴り止まない。
本の角は少し削れていて、色褪せた装丁がこの本の歴史を感じさせる。
エレシアナは慌てて部屋に戻り、すぐさま本を開いた。
『厄災の魔女の加護が齎すもの』
著者:リベリア・アークレイン
帝国歴1137年 6月15日
「1000年以上前に現れた魔女、アリューベル。
その名を知らぬものはいないほどに、伝説的で、歴史に名を刻んだ人物。
私は、彼女と、彼女が100年に1人だけに授ける加護について研究したことをこの本に記す。」
という導入から始まった。
この本は50年以上前に書かれたものらしい。
エレシアナは、午前から休みを取らずひたすらに読み進め続けた。
パタンと本を閉じ、全てを読み終わったのは日が暮れ始めた頃だった。知らない言葉を辞書で調べながら読んでいたからか、随分と時間がかかってしまった。
この本には、主に厄災の魔女の加護が、授かった者にどのような影響があるのか、その加護者達が過去に世界にもたらした出来事が綴られていた。
中でも衝撃だったのが、著者リベリアはエレシアナの前の加護者に直接会っているということだ。
エレシアナは、ずっと知りたかったことが知れるかもしれないと、気分が高揚した。
それは使命についてだ。
使命とは、加護者が加護を授かった時に与えられ、その寿命の限り果たさなくてはならない役割だ。
例えば、メリシアナは、女神から与えられた、
「人々に癒しを与えよ。」という使命のもと、日々教会に通ったり、勉学に励んでいる。
一方エレシアナは、加護を授かった時に、使命を与えられていなかった。
それが一体何故なのか、未だに分からないまま悩みを抱えていた。しかし、この本の著者リベリアは何かを知っているかもしれない。そんな少しの希望が見え、エレシアナは、リベリア・アークレインについて1週間調べ尽くした。
分かったことは1つ。リベリア・アークレインは現在も生きている、ということだ。それに、この帝国で魔法師団の団員をしている、公務員だ。
(もしかしたら、直接会って話すことができるかもしれない…!)
エレシアナの期待は膨れ上がった。
そして現在に至る。
「はい、話と言うのは、誕生日のプレゼントの件です。私…家庭教師をつけて頂きたいのです。」
エレシアナは強い意志を込めて言った。
エレシアナはこれまでの誕生日では、1度も欲しいものを口にしたことがなかったことで、父は驚いた表情を見せた。
「家庭教師、か。理由を聞いてもいいか?」
そう尋ねられたエレシアナは、迷いなく堂々と答えた。
「この身は、加護によって常に命を狙われています。私は、守られるだけでは嫌なのです。自分で自分を守れるように、強くなりたいと、そう思いました。」
その真っ直ぐで嘘のない言葉に、父は胸を打たれた。
エレシアナは続けて言った。
「私は、魔法を習いたいと思っています。
そして、家庭教師に、帝国魔法師団のリベリア・アークレイン様をつけて頂きたいのです。」
父は顎に手を添え、少しばかり考えたあとに言った。
「良かろう。明日手紙を送ってみる。返事が来たら報告しよう。」
父の迅速な対応は、少し驚いたが、了承してくれて安心した。
「ありがとうございます。父上。では、失礼します。」
エレシアナは深く一礼し、部屋を出た。
部屋の扉が閉まった途端に、緊張が解ける感覚がした。
本邸から別邸までの廊下を、護衛と戻っていると、背後から名前を呼ぶ高らかな声が、足音とともに響いた。
「エレー!」
(姉様の声だ。)
満天の笑みで振り返ると、メリシアナが1つの箱を持って走ってきた。両手に持った箱は紅色と、金色の装飾が施されたものだった。
「夜遅くにどうしましたか?メリィ姉様。」
首を傾げて問うと、姉様は箱を私に差し出した。
「これは…なんでしょうか」
丁寧に受け取り、姉様に尋ねた。
姉様はニコッと笑って言った。
「開けてみて!」
そっと箱を開けると、中には銀色の輪にルビーがあしらわれたブレスレットが入っていた。
(…これは?)
曇りのない艶やかな銀色が、光を反射させ輝いている。ルビーの深い赤が、程よいアクセントになっている。
見とれているエレシアナを見て、
メリシアナは穏やかに笑みを浮かべている。
「これは、私からの贈り物よ。誕生日おめでとうエレ。このブレスレットには、保護魔法がかかってるそうよ。エレを守ってくれるの。」
ブレスレットを手に取ったエレシアナの手を、両手で優しく包んで笑いかけた。
エレシアナは心の底から喜びが溢れてくるように、柔らかく微笑み返した。
「ありがとうございます、メリィ姉様。
大切にします…!」
それは、私にとって胸が熱くなり涙が滲むほどに、特別な贈り物になった。
◇ ◇ ◇
暑かった日々も過ぎ、涼しさの混ざった風が吹き始めた頃、リベリアが屋敷にやってきた。
「初めまして!エレシアナ嬢、お会いできて光栄でございます。リベリア・アークレインと申します。」
彼女は、瞳と髪が青深く、麗しい顔立ちだった。
深々と一礼したリベリアは、顔を上げるなり目を輝かせ、エレシアナに勢いよく距離を詰めた。
「あなたが噂の、厄災の魔女の加護者ね!
会いたかったわ!この日を待ち望んだんですもの!
本当に、美しい赤い瞳ね…!」
キラキラと輝かせた瞳でエレシアナを見つめ、
勢いよく握手をした。
私の深紅の瞳は、不吉で気味悪がれてるって聞いたのだけれど……。
(…いや、それよりも、この人は、一体何歳なんだ…?)
彼女の容姿は、16歳くらいのように見える…。
リベリアの書いた本は、50年以上も前に記されたものだったはずだ。エレシアナは驚きと困惑を隠すことができず、眉間に皺を寄せた。
すると、そんな表情を見たリベリアが「はははっ!」と突然笑いだした。
「な…な、なんですか?」
「驚いたかしら?あの本は50年以上前のものだからね。……でも、詳しいことは、秘密だよ」
リベリアはにこりと笑った。
不思議な人だけれど、悪意は感じられない。
エレシアナも、深く一礼した。
「改めて、よろしくお願いします」
彼女は微笑み、「それで、」と会話を続けた。
「貴女は、厄災の魔女についての話を聞くために、私をここに呼んだのよね?」
「はい。しかし、それだけではありません。
本気で魔法を学びたいとも思っています。」
「……そう、じゃあまずは、お茶でもしながら魔女について話しましょうか」
奇妙な沈黙の後、2人は椅子に腰掛け紅茶を嗜んだ。




