魔女の子
1000年以上前、大陸図の東にある、大国を2カ国、
小国を8カ国滅ぼし、その地を魔物の巣窟へと変えた
魔女がいた。
人々は彼女をこう呼ぶ____
厄災の魔女、と。
◇ ◇ ◇
城下町のとある伯爵家で双子の娘が誕生した。
アルセリア伯爵家だ。
バリンッーー
静まり返った伯爵家の屋敷に、ガラスの割れる音が響き渡った。
まだ生まれて間もない赤子、エレシアナの寝室だった。
黒いマントの影が、ゆっくりと近づいた。
黒い影は赤子を見下ろし、低く呟いた。
「…ついに魔女の子が生まれたか。」
この世界には、神々や魔女から与えられる加護が存在する。
双子の姉、メリシアナは女神フィーリエの加護を授かった次期聖女と呼ばれ、世界に名が広まった。
一方、妹のエレシアナは、厄災の魔女、
アリューベルの加護を授かった少女だった。
また、彼女の与える加護は100年に1人とされ、過去に加護を授かったもの達は皆、世界に大きな影響を与えたと記されている。
しかしそれは決して、良い影響とは言い難いものばかりだった。
「エレシアナ様!どうなさいましたか!」
護衛騎士とメイドが音に駆けつけてきた。
黒い影は一枚の紙を残し、姿を消した。
「魔女の子の暗殺 警戒せよ」
_紙にはそう書かれていた。
影の残した紙の通り、1ヶ月もせず暗殺者がアルセリアの屋敷を襲撃した。
黒い影の侵入事件以降、警戒を強めていた為大事には至らなかったものの、それから毎月のように暗殺が仕向けられた。
それにより、伯爵家本邸と渡り廊下で繋がった別邸に隔離され、閉ざされた部屋で日々を過ごした。
加護を受けた者は神々からの使命を授かる。
世界を救うため、より良くするためのものだ。
「加護を授かるものは世界を救い、平和を齎す」
創造神ゼノディアスが世界に残した「創世の書」にそう記されていたことから、加護を授かった者は世界に尊ばれた。
しかし、エレシアナは自由に屋敷を出ることが許されてはいなかった。そうして、同じような日々が続いて4年が経過していた。
4歳になったエレシアナは部屋にある1つだけの窓から外を眺めて黄昏ていた。
(…まるで自由を許されていないかのよう。
私はどうしたらこの部屋から出られるの?)
まだ4歳の幼い少女でも自分が自由ではないことがわかっていた。
部屋に出入りするメイドとは、たまに話す程度で親しいわけではない。
だが、唯一、エレシアナの事を見捨てなかった人がいる。それが姉、メリシアナである。
毎日のようにエレシアナの部屋を訪れ、本を読んだり、外の話をしてくれる。
「ねえねえ聞いてエレ!今日ね、刺繍を習ったのよ。これよ、可愛くできたの!」
明るく弾んだ声でエレシアナに寄って刺繍の入ったハンカチを見せてくれた。
「かわいい…!流石ですメリィ姉様!」
エレシアナとメリシアナは、顔を見合わせて微笑んだ。二人の時間はいつも笑顔が絶えない。それは、エレシアナの孤独の心を支えていた。
(…姉様の幸せは、私の幸せ。何にも汚させたくない。私が絶対に守ってみせる。)
エレシアナにとっては今の生活は退屈だが、不幸ではない。メリシアナは、エレシアナにとって唯一無二の存在となっていた。
2人は双子でありながら、容姿はどことなく異なっていた。美しい銀髪は似ているが、瞳の色が対照的だ。メリシアナの瞳は澄んだ空のような淡い青。一方、エレシアナの瞳は、炎を思わせる深紅に染まっていた。
3年後_
本格的に夏が始まり、空気が熱を帯びた頃だった。
「誕生日パーティ…?」
エレシアナが首を傾げた。
「そうなの!再来週私たちの誕生日でしょ?
それでお父様に聞いたら、開いてもいいって!もちろんあなたも参加していいのよエレ。」
メリシアナが目を輝かせ、エレシアナの手を優しく包んだ。
「…誕生日パーティを開くのはいいと思います。
でも、私はもう何年も公の場に出てませんから、友達もいないですし、メリィ姉様から祝って貰えるならそれで十分です。それに…」
(暗殺者が来ないとも限らない……)
エレシアナの不安がメリシアナに伝わったのか、穏やかな表情で柔らかい声で話しかけた。
「エレシアナ…暗殺については安心して。
お父様が国の護衛軍を呼んでくれたわ。
それに、私は貴女と一緒に誕生日を過ごしたい。お願い…」
メリシアナの上目遣いがあまりにも可愛すぎてエレシアナは断ることが出来なかった。
「……わかりました、姉様。
良いパーティにしましょう。」
エレシアナは小さく微笑んだ。
パーティ当日_
煌びやかな装飾、華々しいドレスを身にまとった令嬢が曲に合わせたダンスを踊って、パーティを盛り上げている。普段の伯爵家とは、雰囲気が一変した装飾が施されていた。
主役の双子はペアのドレスを身にまとい、会場に姿を見せた。周囲の視線が1点に集中した。
「誕生日おめでとうございます!
メリシアナ嬢。」
周囲の人々は次期聖女、メリシアナの誕生日を心から祝福した。
一方、もう1人の主役、エレシアナというと…メリシアナの背後で、気配を完全に消し、場の空気に溶け込んでいた。
メリシアナは、エレシアナの不安気な顔を見て、慌てて声をかけた。
「エレ…!大丈夫?顔色が悪いわ。(ボソッ)」
(うぅ、気まずい…。メリィ姉様がいれば何とかなると思ったけど隣に並ぶなんて分不相応よ。)
「…あれが噂のエレシアナ嬢?」
「え、それって厄災の魔女の…」
周りからの冷たい視線と共に聞こえてくる声。
(…やっぱり幼少からの噂は絶えないのね。
厄災の魔女の加護者は、いつの時代も受け入れられないのか。居心地が悪いわ。少し外に出よう)
「メリィ姉様、少し緊張しているようです。外の空気を吸ってきます。姉様はパーティを楽しんでください。」
姉様を安心させるための下手な笑顔を見せてそう言った。
「あら、ほんとに?無理しないでね…?
何かあったら言ってちょうだい。」
姉様の優しい言葉に癒され、会場の外へ出た。
賑やかで騒がしい会場とはまるで正反対の静けさを纏った廊下、冷たい視線もなく心が落ち着いてきた。
カツン、カツンと歩く音が廊下に響く。
「はぁ、やっぱり1人は落ち着くなぁ。」
「暗殺者に狙われるとは思わないのか?」
ぼんやりと呟いていた時、不意に男の声が耳に届いた。驚いて振り返ると、少年がこちらを鋭い目つきで見つめていた。エレシアナと同い年くらいだろうか。
黄金色の髪が差し込む陽光を受け、宝石のように輝いている。深い青の瞳は、晴れた夜空を閉じ込めているかのようだった。
(綺麗な人……。それより、誰?)
思わず見とれてしまう端正な顔立ち。
身にまとったタキシードはきめ細かい刺繍も施されているから、上流貴族のようだ。
(でもとりあえず、タキシードを着ているし、パーティの参加者なのだろう。)
「…ご機嫌よう。心配ありがとうございます。
しかし、護衛は十分にいると聞きました。なので、大丈夫かと。」
戸惑いながらそう答えた。
「…そうか。誕生日おめでとうございます。エレシアナ嬢。良い1日を。」
少年は会釈をして歩いていった。
(誰かわからなかった…)
「やっぱり社交界は苦手。何を考えているのかまるで掴めないわ…」
その後、エレシアナは会場に戻らなかった。
パーティは日が暮れる頃にお開きになったそうだ。
その後、エレシアナは廊下を早歩きで歩いていた。直接会って話したい相手の元へ向かったからだ。
執務室_
「お待たせ致しました、父上。」
そう、父親_セドリック伯爵に話があったからだ。
「よく来た、エレシアナ。
そして、誕生日おめでとう。」
父上と話すのは、去年の誕生日以来だ。
「…ありがとうございます。」
正直、父との会話は落ち着かない。
この人は私をどう思っているのか、表情からは全く読めない。私を別邸に移したのは、紛れもない父だ。別に恨んではない。けれども会いに来るのが、毎年の誕生日だけなのは、どうしてなのだろう。
「…それで、話というのは?」
エレシアナは、父を揺るぎない瞳で見つめた。




